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八千職をマスターした凡人が異世界で生活しなくてはいけなくなりました・・・  作者: 秋紅
第六章 闘技大会の選手になってしまいました・・・
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二百ノ七話 救済者・・・

「最期に貴方のような後輩に会えたのは、私は嬉しかったよ」






 その眼は何処かすっきりとしていて、死ぬ事の覚悟を決めたような清々しさがあった。それには俺は見覚えがあった。それは生徒会長が死ぬ時も同じような顔をしていた事を思い出す。






 ヒョウカさんは手をしっかりと握り締める。その手は震えており、死ぬ事への恐怖はあるのだろうとは分かる。しかし後輩の手前、情けないところはもう見せられないのだろう。死にたくないと口にしたら、それそそ自身の信念を曲げてしまうからかもしれない。






「一つ、お願いしてもいいか?」






 ヒョウカさんは笑顔で、俺に問いかけてきた。普通ならそんな笑顔も出来るんだよなと、素直に感心出来るところである。そこにはある種、形容するとすれば絶氷の艶女。氷のように凍える顔の中で魅せる妖艶な笑顔がそこにある。






 俺はそれに当てられながら、少し眼を逸らしてしまう。こんな美人にそんなに間近で視認されながら、笑顔を魅せられたらたまったものじゃない。






「いいですよ」と俺は恥ずかしくなりながら答えた。それを口にしたら、より力強く俺の手に力が篭っていったのが分かる。そのお願いというのが大体、予想出来るような内容だった。






「私の手をしっかりと握っててくれないか?」






 予想通りな内容であった。死ぬ事は怖いのだ。それは当たり前の事で、当たり前過ぎて生物として当然の感覚である。誰だって終わりは怖い。自身の命が潰えるのが怖くない存在なんて、殆ど存在しない。だからこそ彼女は怖いのだ。誰かがいないと、一人悲しく命を終えてしまうからだ。孤独というのが、もうヒョウカさんは嫌なのだ。生徒会長に置いて行かれてしまったヒョウカさんは、もう『一人』にはなりたくないのだ。






 俺はその意図をきちんと汲む。だからこそ俺も力強くヒョウカさんの手を、両手で添える様にして握りしめた。それにヒョウカさんは驚きながらも、それをきちんと受け入れる様にした。






「お安い御用です。その願い、きちんと聞き届けます」






 俺は真正面から、真面目な顔をしてヒョウカさんの申し出を受け入れる。もうヒョウカさんを一人にはしない。もう目の前のヒョウカさんを孤独になんかさせない。だってそうしないと、生徒会長に怒られそうだしな。






「ありがとう。君はこんなにも優しいのに、私はなんて愚行を犯したんだろうね」






 俺は別に優しい訳ではない。やるべきだと思ったからしているだけだ。優しさ以前に、俺の誇りが、信念が、ヒョウカさんを放って置けないだけである。だからそこに優しいというものはないとは言える。





 結局は自分が気持ちいいからしているだけだ。俺の自己満足であり、自己中心的なだけだ。そこに『優しさ』というものはありはしない。それはヒョウカさんが勝手に定義した優しさなだけだ。







「貴方の大切な人を殺したのは事実です。だからあれは、仕方のない事です。気に病む事はありません」






 恐らく密輸組織辺りから唆されたのだろう。ムディナ・アステーナは、生徒会長を惨殺した忌むべき相手だと。それを知った彼女が血相を変えて、激昂してしまうのも俺は仕方のない事だ。むしろ唆した組織に対して、俺は殺意を芽生えさせてしまうしな。






「でも貴方をこうやって………………きちんと話していれば、会話という舞台に立てば、未来は変わっていたのにね」







 それは結局は、かもしれないという仮定に過ぎない話である。そんな『もしも』は正直、どうでもいい話だしな。それに殺意を抱いた相手に対して、会話をしようとはしない。それは人類が長年示した歴史に他ならない。






そこに害意があるから。そこに敵意があるから。そこに殺意があるから。そこに嫉妬があるから。様々な負の感情が、負の感覚があるのに、会話をしようというまどろっこしい事をするだけの精神的な余裕などない。






 それは当たり前の事である。人間はそんなに優しく出来てはいない。だからこそ人は争いをしてしまうのだから。俺はだからこそヒョウカさんに対して、仕方ないとしか思えない。







「未来は変わっていたかもしれません。でもその選択を後悔するのも仕方ない事です。だから今度は、後悔しない選択肢をしましょうか」







 人は後悔をしてしまう生き物だ。俺だって後悔をする事も多い。だからこそ今度は、きちんと後悔しないように学んでいくのだ。後悔しないような選択肢を増やしていき、それがより良い未来を形作るのだ。だからヒョウカさんは、後悔しないような選択肢を増やしたのだから。それは行幸を言えるのだろう。







「私はここで終わるのに?」







 そのような自暴自棄のような言葉を発する。それは終わりと決めつけるからだ。まだ終わらない。その精神があるのか、ないのかを俺は問いたい。だってそうしないと、俺はまた後悔をしてしまいそうになるからだ。







 その時、病院の危険警鐘が鳴り響く。それは特別棟に誰かが侵入したという知らせであり、その警鐘の音的に相当なレベルの危険度の警鐘である。






 そしてヒョウカさんのいる病室にドアを貫通して、ナイフが飛んでくる。すぐさまドアは勢いよく開けられると、そこに黒ずくめの服を着ている暗殺者の風貌をしている集団がそこにいた。







『無限の理――――解放――――――第三界・始動』






 俺の無限の力にはステージと呼ばれる封印のようなものが存在している。俺がジャックと戦った時のあれは、第三界と呼ばれる世界すら認識の外にするだけの異常能力と化す。







 それを解放した事で、俺の頭に痛みが走ってくる。やはり本来なら、そこまで長い時間まで解放する事すら難しいか。






 その力の影響でナイフは飛んでくる事もなく、ただ床に落ちていく。俺の膨大過ぎる力に圧倒されたのだろう。暗殺者はたじろいてしまう。






「其に一つだけ伺おう。ここで死にたいか? 生きたいか? それだけは聞かせて貰おう。このような道半ばで、本当に終わりでいいのか?」







 圧倒的な力で、神々しい俺の姿に、ヒョウカさんは言葉を失ってしまう。しかし俺の問いかけに対して、ヒョウカさんは口を絞り出そうとする。






「まだ私は生きたい!? そうしないと、生徒会長の分まできちんと生きたいし、それに貴方ともっと話していたいし、仲良くしていたい!?」






 その顔は真実の真っ直ぐな眼をしていた。それを聞き、俺は「そうか」とただ一言だけ口にして、少しだけ口角が上がる。それだけ真っ直ぐな言葉を示されたら、何もしない訳にもいかないな。






「少しじっとしていたまえ」






 俺はヒョウカさんを抱き抱える。そもそもここは病院である。こんな所で一悶着あったら、それこそ問題だからな。あの暗殺者には申し訳ないが、逃げる事にしよう。






 俺は窓を吹き飛ばして、そのまま俺は脚に力を込める。






「振り落とされるなよ」と俺はヒョウカさんに忠告すると、俺は一瞬にして、窓から飛び出した。月下の光の空に、無限の力を持つ俺は飛んでいた。






「我が無限の理にて、現実を歪ませる。その事実は虚構に、その現実は虚実に、ヒョウカ・イサミの肉体を虚実と定め、魔人となりて、それを虚構から事実として引き戻す」





 俺は右手をヒョウカさんに掲げて、詠唱する。そうすると右手が輝きを見せて、ヒョウカさんの肉体を再構成されていく。それは魔人である彼女というものと、人族という彼女を一緒にしたのだ。人族でありながら、魔族の力を得たからこそヒョウカさんの肉体は崩壊をしていた。なら最初からそれを一緒にして、再定義、再構成して安定させてしまえばいい話である。






 それそこが無限の力の本懐であり、無限の可能性を拾い上げる俺の力であるのだ。






「そういえば、きちんと名前を聞いてなかったね」






 そこにいるヒョウカさんは、生きられるという喜びに満ちていた。笑顔になりながら、俺にきちんと問いかける。






「ムディナ・アステーナ。ただの凡人の学院生ですよ。ヒョウカ先輩」






 俺はそのまま逃げれるところまで、月下の中で飛んでいた。

二百ノ七話、最後まで読んでくれてありがとうございます



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