二百ノ一話 叛逆の狼・・・
デビスと名乗った男は、ただの人間である。ただの人間でありながら、底知れないような強さを秘めていた。それは前回戦ったような異質的な悪なる力の悪魔王によるではなく、ただ単純に底が無いようなそんな異質さであった。
グレイは渾身の一撃を放った拳を振り払い、バックステップで距離を取る。男は余裕の表情を浮かべている。さっきの狂気的な言動が、彼にとってそれが普通の感覚なのだろう。
「おやおや…………逃げる狼とは珍しいものですね。狩られても文句ないですよね」
デビスはあり得ない速度で、紫色の魔力のオーラに包まれていく。そして一瞬にして、グレイの懐まで近づく。デビスはそのまま拳に紫の魔力を込めていく。
『グラビタ』
グレイはそのまま回避しようとした。しかしグレイは回避すら出来ずに、そのまま拳に引き寄せされていく。引力の力をデビスは発揮して、グレイを引き寄せていたのだ。グレイは受け止めようと身構えていく。
デビスはそのまま拳に力を込めて、グレイの胴体目掛けて殴っていく。グレイは身構えていたが、確実に手の骨は骨折しておりそのまま後方に吹き飛んでいく。
グレイは咳き込みながら、何とか立ち上がる。両腕の方はぶらんとぶら下がっており、使い物にならなくなっていた。しかしグレイの眼にはまだ闘気があった。戦う意志がそこにはあった。子供達を殺した無念と責務を、このデビスというクソ野郎を殺す事で果たさないといけないからだ。
こんなところで諦めていたら、それこそ自身が死んだ方がいい。役目すら果たせぬまま、後悔の毎日を生きるかより、ここできちんと役目を果たす事が役割なのだった。グレイの信念がそう告げているのだ。
その意志の強さが呼応したのだろう。魂から直接力が湧き上がるような感覚に襲われる。黄金の雷の力が、グレイの身を包み込んでいく。さっきの雷の魔力とは確実に違ったものであった。
その眼はデビスという男の『先』を見ていた。力を発揮した影響であろうか。治癒力が格段に向上しており、腕を完全に治していく。それは治癒という概念を超えて、再生という名の領域へと足を踏み込んでいた。
幻狼族の力の一端を扱っていた時から闇神龍様は考えていた事であるが、やはりグレイにはある力の素質があった。それは魔の者や神といった力を扱う者、龍という概念的な存在さえ消し飛ばす叛逆の力と形容される幻狼族の長だけが扱ったとされる黄金の叛逆の雷の力を、グレイは持っていた。
その力は時に弱きものを救い、支配者や暴君と化した存在を消しとばした弱きものを救い、暴れる暴君を叛逆として粛正した正しき力であった。
バチバチとした黄金の雷は指向性を持つ。それは黄金の雷で形作られた狼であった。それが二匹付き従うかのように、グレイの側にいた。
「驚きましたね〜。まさか幻狼族の先祖返りですか。それも御伽噺の話にしかなかった叛逆の力を扱うなんて」
グレイは手を床につき、四足歩行の形態に戦闘スタイルを変える。重力魔法の力を扱うデビスは構える。さっきとはまるで違う狼人族である彼女に警戒を示す。
闇神龍様は何かあった時の為に身構えていく。しかし手助けはしない。それはグレイの決意を全て否定するような行為に他ならないからだ。ただでさえ誇りを大切にする龍種の一角である。狼人族である彼女のポリシーがよく分かっているからであった。
「こっから本気で行くぞ!?」
そしてグレイは姿を消していく。文字通りに姿が消えたのだ。デビスはその異常な現象に驚きが隠せずにいた。まさか肉体そのものの完全な速度跳躍。物理法則とかチャチなもんを超えている事であった。
いつの間にかデビスに痛みが走り、そのまま後方に吹き飛んでいく。何が起こったかすら理解すら出来ずに、デビスは血を吐き出していく。
「どう…………いう…………事だ………………」
意味すら分からないその現象がそこにはあった。デビスが目の前を視認すると、そこにグレイは確かにいた。黄金の雷を身に纏っている彼女が確かにそこにいたのだ。
完全に次元を跳躍しているその速度がそこにあったのだ。それが時間すら超えて、物理法則すら確実に超えて、世界すら超えていく、それが伝承にあった全てに囚われない自由で叛逆の力であった。
「それが囚われない力の正体だ。かの幻狼族の長は、その身力を己の正義に従い力を行使した。時には人を救い、時には街を、国を救い、時には世界すら救った幻狼族の勇者が使った力だよ」
闇神龍様は、そう淡々と説明した。グレイは息を切らしながら、黄金の雷を維持するのが精一杯のようであった。恐らく体力が完全に回復してないせいと、体力消耗がその力は激しいのだろうか。後数秒もしないうちに、黄金の雷の力は限界になり使えなくなるだろう。
唇を噛み締めて、何とか気合いのみでその体は立っていた。意識は保っていた。気が抜いた瞬間に、確実に気絶するだろう。体力が異次元のグレイでさえも、その体力消耗には息を切らすしかなかったのだ。
「叛逆雷――――天烙獄」
それは空を飛ぶ神を、地面へと叩き落とした黄金の雷の技であった。それからその神は地に這いつくばる烙印を押されていくのだ。狼人族に伝わる伝説の幻狼族の勇者の御伽噺の一端の技だった。憧れて、憧れ抜いた、勇ましい狼の勇者の伝説の幼き記憶である。
突如に姿を消していく。デビスは何とか立ち上がり、何処から来るのか構えていく。
グレイはデビスの頭上にいた。そして右手に黄金の雷の力を集中する。初めて扱った力とは思えないような練度であった。それは彼女が本能で力の内容を把握していた。
デビスはそのまま斥力の力を右手に込めていく。そしてその右手を頭上に掲げて、何とか防ごうとする。
「そのまま死に絶えとけ。子供の怨みの残魂に蝕まれながら、死の世界を見よ」
グレイはは右手を下に振り翳す。黄金の雷の裁きなる一撃が、デビスを襲った。斥力の力など無意味であり、叛逆の雷はあらゆる物理法則を無視する力である為に無視出来た。
デビスはそのまま雷に直撃していく。しかし叫ぶ事なく、ただただ嬉々としてきた。
「ああ、この痛み、この苦しみ、最高ですよ!? 悪魔神様、この苦しみを貴方に捧げていきます!? 痛いねぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇえ!?」
そう絶叫していく。そのデビスという男の面影はそこにはなかった。そこには既に最初から何も居なくなっていたかのようなに痕跡が何もなかった。存在自体を消滅させる雷の裁きの一撃が、それだけの力だったようだ。
デビスという男を、最後の時まで理解すら出来なかった。理解する事すら躊躇われる程の異常で、奇妙で、理解し難い存在であった。
「本当にあれって何なんですか?」
グレイは形も何もなくなったその存在について、闇神龍様に問いかけた。闇神龍様はしばらく思案した後、口が開く。
「あれは悪魔教とかの一種だろう。今はすっかりと寂れてしまった宗教だよ。悪魔を崇拝し、悪魔を敬愛して、ただその残虐な行動を悪魔達に捧げる目的で行う狂信者の類いだよ」
古よりあるとされている悪魔信教。太古の昔から悪魔神を復活させる目的のみが、その行動原理とされている世界を脅かすやばい連中だとされる。まさかイコーリティという組織が、そんな危険因子で指示を聞かなさそうな奴らまで普通に所属しているとは、闇神龍様は思いもしなかった。
「これは収穫だよ。もしかすると悪魔信教の構成員が所属していたという情報はだいぶ大きい。ムディナに報告する種が出来たね」
そしてグレイは体力が最早、限界に近くなったのか倒れそうになるが闇神龍様は即座に駆け寄り、倒れないように抱き抱える。何とかそれでグレイは意識を飛ばさずに済んだ。
「少し休んでから、帰ろうか」
そうして闇神龍様は、創造魔法により木で作成した椅子を創り出した。そこにグレイは座った。
「本当にありがとうございます。闇神龍様のような強者になれるように、これから励んでいきたいと思います」
グレイは闇神龍様を敬った。これだけの強者でありながら、他者を見下さないその姿勢に感服するしかなかった。
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