百ノ八十三話 聖女とは・・・
聖女というのは、何千年も変わらない存在とされている。しかしそれは眉唾のような話であるというのが、昨今の結論だと言われている。聖女様は神の恩恵を一心に受けているが故に、不死身であり、人の身で人を超えているという。実際に相対して分かったが、人間が許容していい気のオーラのキャパを超えているんだよな。要するに普通ではないのである。
内包魔力だって、少なくても大陸を何個も作れそうな規模の龍神様達並みなのだ。この聖女は異常なんだと感じる。それに神眼も持っているから、余計に手に負えそうになさそうだ。
「護衛の話は、お断り致します。俺は今は、トーラス国の学院生の一人であるので。聖都に所属していないので、申し訳ありません」
そもそもそんな強者だから、わざわざ護衛という存在自体が邪魔なのかもしれないしな。俺のような一学院生が、聖女を護衛するという事がそもそもおかしいのだ。
アレクシア聖女は少々残念そうな表情を一瞬の時でしていたが、すぐさま笑みに変わる。
「あら…………振られてしまいましたね。残念ですわ、貴方に護衛してもらうと、安心出来ますのに」
何でそこまで、俺に護衛を任せたいのか甚だ疑問である。俺は一学院生と何度も、豪語しているでしょうに。この人は本当に諦めが悪そうだな。
何とか弟子として言ってくれないだろうかと思って、ジェイを見ると身震いしながらに憤慨していた。何でそこまで、憤慨しているのだろうか。言ってくれるだけでいいのに。
「お師匠様は、護衛は要らないのではないですか?」
ジェイは棘のある機嫌が悪そうな言い方を、アレクシア聖女にした。一応敬意のあるような言葉遣いにはなっているが、そこには怒りが見え隠れしていた。
「あら…………私も一人の女性ですもの。殿方に護られるというのは、夢ではなくて」
アレクシア聖女もそれに反抗するように、視線をジェイと合わせる。見えないが、バチバチと敵意が迸っているように感じた。というかアレクシア聖女は、何処かの夢物語でも読んでいたのだろうか。そんな夢を俺に興味があるからと言って、お願いしないでほしいものだ。
しかしそれを聞いて、ジェイは「う〜ん」と唸りながら考え込んでしまう。おい、何とか言い返せよ。そうじゃなきゃ、俺が本当に聖女様に連れて行かれてしまうだろうに。流石にそれは勘弁願いたいものだから、ジェイ様には何とかしてほしいのだが。何かそれは分かりますといった表情を、ジェイしていた。共感してしまったようである。
あれ、俺は逃げ道が断たれてしまったような気がするな。このままにこの場を立ち去ろうかな。そうした方が、俺の精神面の負担が無くなるような気がする。
「それでもムディナ君は、私と一緒にいるんです」
あれ? 何か変な事を口走り始めたぞ。確かに俺はジェイといる事が多いが、何かその言い方だとずっといるみたいじゃないか。別にそこまでではないと思うのだが。
「あらあら……ジェイの恋人ではないのでしょう? それなら私にも権利があるではなくて?」
この聖女も何を口走ってくれているんだよ。俺は誰かの物として、なった訳じゃないんですけどね。それにしても聖女が何故に、こんなに俺の事を懇意にしているのか理解が出来ないのだが。
いやジェイをからかっているだけのようにも見える気がするが、何処か本気めいた眼もしている。何か俺にあるのだろうかと勘繰りたい所であるが、恐らくはぐらかされそうだ。
「アレクシア聖女様、ジェイを揶揄うのをやめてください」
そうアレクシア聖女の後方から、白銀の鎧に身を包んでいる騎士が歩いてくる。その背には巨大な剣が携えられており、どう見ても強者の威厳を感じてしまった。
「あら…………アール、用事は終わりましたの?」
どうやらこの騎士は、アールというらしい。きちんとやはり、聖女にも護衛がいたようだった。あの聖女、護衛がいるなんて一言も、言っていなかったのだが。いやそもそも、護衛がいないとも公言していないな。本当に意地が悪い聖女様だよな。
「はい、お待ち頂きありがとうございます。そちらの方が、件のジェイが懇意にしているという方ですか?」
何処までジェイの話が、浸透しているのだろうか。あまり不用意に俺の事を、手紙とかで書き綴った気がするな。何かジェイの顔が、後悔の色で染まっている気がするし。
そう言いながら、白銀の騎士は俺の方まで歩いて兜を脱ぐ。そこには長髪の白い髪をしている女性であった。体格的に女性の様には思っていたが、こちらはキリッとした真面目そうな女性に思える。
「お初にお目に掛かります。私の名前は、アール・ルトソンと申します。以後お見知り置きを」
そう言いながら、綺麗に頭を下げて礼儀をしてきた。俺もそれに倣い、深く頭を下げて自己紹介をする。
「俺の名前は、ムディナ・アステーナです。こちらも以後お見知り置きを」
アールさんは申し訳なさそうな顔をしていた。聖女様がからかっていただろうか。
「うちの聖女が、申し訳ない。ジェイ、聖女様は久々に会えて、嬉しかっただけですよ」
確かに聖女様は、なんだかんだ言って嬉々とした顔をしていた。それはやはり、ジェイが楽しそうにしていたからであろうか。親心というのが、聖女にはあったが故である。
それはそれで何か、心に響くものがあるな。こういう関係は、悪くはない。俺は微笑ましく思ってしまった。
「アール、いきなりネタバレのような事は言わないのですよ!?」
アレクシア聖女は頬を赤く染めて、恥ずかしさのあまりに地面に俯く。やはりそのテンパり様は、アールさんの言う通りだったようだ。嬉しい部分を隠す様にしながら、からかっていたのだろうか。
アールは聖女頭を撫でながら、慰める様にしながらにジェイの方を見る。
「もう吹っ切れたのですね。精霊の魔力が、その身に多大に循環してますね」
アールさんは一眼見ただけで、水の魔力が循環しているのを見抜いた。何でこう、強者というのはすぐさま見抜けてる奴が多いのだろうか。いやそうしないと、生き残れないし、だからこその強者だからか。
「成長しているようで、私も安心出来ます。頑張りましたね」
アールさんはジェイの元まで来て、ゆっくりと頭を撫でた。それをジェイは抵抗も無く、受け入れるようにしていた。ジェイのその顔は、とても幸せそうで、認められたようで嬉しくなっていた。
「アール姉さんに褒められて、嬉しいです………………」
この関係は、とても微笑ましいものであった。ジェイがきちんと聖都で愛されているのが、この一場面を蚊帳の外から見てもよく分かってしまう。
「ムディナ君、これをどうぞ」
アールさんから、手紙のようなものを渡された。それを俺は開くと、どうやらアライさんからであった。密売組織とイコーリティの関係性ね。深くその内容が綴られており、後で詳しく読んでみることにしよう。
それにしてもどうやらアールさんは、アライさんと会っていたようだ。アールさんの実力を見る限り、聖都の聖騎士軍の聖騎士長のような立場だろう。こちらの騎士団の団長と、聖都の聖騎士長の会談か…………。何かよりきな臭く感じてしまうな。
「君の事は、騎士団長からよく聞きました。こちらも出来る限りの協力をするつもりですので、気兼ねなく言ってください」
聖騎士長が直々にそう真面目な口調でそう言った。それは聖騎士軍を味方につけたようなものであった。これは助かるな。
「それでは失礼致します。ジェイ、これからも頑張ってください。貴女の道に幸があらん事を」
「ジェイに会えて、嬉しかったわ。学院生活、頑張ってくださいね」
そしてアールさんとアレクシア聖女はその場を立ち去っていった。ジェイは少し寂しそうな顔をしていたが、すぐさまいつもの調子に戻った。
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