百ノ七十三話 闘技大会参加者・・・
闘技大会選手控え室――そう書かれた部屋に、トーラス国の騎士に通された。そこは大広間のような広い空間であり、訓練場にこんな部屋があった事に驚きがあった。確かに異様な広い敷地を誇っているのは確かであるが、俺が知る限りの部屋なんて、二、三割くらいなんだろうなと思い始めた。
そして既に大勢の選手が、その大広間のような空間へと集まっていた。各々色々な方々がいた。騎士のような風貌の立ち振る舞いの人物、旅をしているのだろうと分かるような服装の人物、ポーチなどを腰に携えており、警戒心が強めな冒険者であろう人物、剣術の師範であろうかという達人のような出たちだったりなどなど挙げたらキリがないようなものである。
そしてそんな中でも、学院生の身分である自分は底はかとなく疎外感を覚えてしまう。俺に視認する人物はそれなりにいて、苦笑混じりに舐めているのか笑っている人物が数人は確認出来た。
笑っていた人物の顔、覚えたからな。背後に気をつけろよ。マジで。
俺は怒りを募らせながら、大広間の端の方に立っていた。椅子などはなく、豪華な装飾や壁紙、大きすぎるシャンデリアが部屋を照らしており、上流階級のような気分になってしまう。なってしまうと錯覚するだけであるが。
そんな大広間に俺はいるが、選手による開会式みたいなものが始まるようであった。それが闘技大会の始まりを表しており、訓練場でも同様の開会式のようなものを行うらしい。
それにしても面倒な事この上ない。ただでさえこんな空間にいるだけで、疲れるというのに、この賑わい具合である。皆が皆、優勝という名の名声と栄誉が欲しいが為にここに立っている。その熱気というのは計り知れない事だろう。
別に俺は何か目的があり、ここに参加している訳ではない。むしろ強制参加に近い形であるので、嫌々ながらの参加で本当にこの参加者達には申し訳ないとは思う。
「ん? ムディナじゃないか? そういえば、参加していたか」
茶髪のボーイッシュな髪型をしており、筋肉質な学院の制服を着用している男性だった。そして俺の住んでいる寮の生徒会長に代わり、実質的なホワイト区画管理を任されているアデリ・スレイ先輩であった。
声を掛けられて驚いてしまったが、顔見知りがいるだけで何となくホッと胸を撫で下ろす。やはりアデリ先輩の兄貴のような背中は、何というか安心感を与えてくれるな。寮でも頼られている男性No. 1である。その理由にも納得がいく話だ。
「アデリ先輩も、選手として参加するんですね。知らなかったです」
選手として決まってからの二日間は、それなりに用事が重なり、顔を合わせるような事が少なかったからな。だからアデリ先輩が、選手であり、結構強い事は知らなかった。
「まぁ〜な。俺には分布不相応な場所であるが、選ばれたからには根気と根性を込めて全力で戦うつもりだ」
その心意気は、流石としか言わざるを得ないな。俺にはそんな考え方は出来ないな。むしろ今にも逃走という二文字がずっと脳裏に思い浮かべている自分がいるからな。
アデリ先輩の熱血的なありがたい言葉を聞き、俺も少し考えを変えないといけないな。初戦敗退を視野に入れて、ここに立っていたが頑張る事にしようかね。
「流石、アデリ先輩ですね………………」
アデリ先輩は拳を強く握りながら、ガッツポーズをしていた。本当にやる気満々じゃねえか。この筋肉ゴリラは。と口が悪くなってしまった。
尊敬している人に、そんな悪口を考えてはいけないな。いや熱血的な部分は俺は好きではあるが、逆に熱気が強すぎて眩しすぎて、俺の怠惰な部分まで照らされてしまうからそこだけはあまり好きではない。
「それにしてもムディナが参加するとなったら、今年は本当に荒そうだな」
アデリ先輩は明後日の方向を見ながら、そんな考えを口にする。何で俺が参加する事が、荒そうになるという予見になるんだろうか。去年とか一昨年とかは俺は知らないから比べる事が出来ないし、何なら初参加という分類である為に勝手が分からないのであるが。
「何でみたいな顔をしているな。本当にお前は自分自身の事について、興味がないな。学院で結構な、お前の事が噂になっているぞ。国を滅ぼす災厄の対処に、学院を襲撃してきた存在、そして今回の一年生全員を相手に完封したという実績、それだけの事をお前はしているんだよ」
完全に俺が原因ではない所から、来ているんですけど。むしろ俺は被害者な一面の方が強いのだが。不可抗力というものである。それに学院での俺の評判というのは、一に敵、二に敵、三に仇、四に知り合い、五に尊敬という順番であるせいで、噂の類いを聞くのが怖くなっているのである。
「完全に俺がとばっちりじゃないですか。全部、成り行きというかそんな感じですし」
俺はあれかね。幸運がなくて、不幸を糧にしているのかね。いや確かにダンジョンでも何でも運が悪いような事が何回かあったが、考えないようにしていたしな。
「まっだから、俺の耳にも色々噂が聞こえてきて、ムディナが相当な強さを持っている人物なのだと分かっているがね。実際、その噂を聞いてからもう一度お前をマジマジと見ると、俺なんて指一本すら触れられずに倒されそうだ」
流石にそれは俺を過大評価しすぎな気がするが。俺なんてまだまだ精進しないと、いけない部分が多数あるからな。自分が最強で、強いなどとは微塵も考えていない。むしろ考えないようにしている。
俺には俺の『強み』というものがあるし、相手には相手の『強み』というものがある。だからこそ俺が一概に強いという風には考えない。
「そんな事はないですよ。ただ、そう言われると嬉しいですね。ありがとうございます」
俺は苦笑気味に笑いながら、アデリ先輩に頭を下げる。アデリ先輩にそう言われると、悪い気はしないからな。俺は俺として評価をしてくれているという訳であるし。
それにしてもやはりアデリ先輩の戦闘スタイルは、武術なのだろうか。剣の類いのないし、何か武器を持っているような雰囲気すらない。やはり己の肉体一つで、戦うような人なのだろうかという風に思うが。
「アデリ先輩って、拳一つで戦う人でしたっけ?」
日頃から鍛えているような人であるし、やはり分厚い拳で戦うファイターと言った所か。簡単に護りに入ると、突破されそうだな。見た感じの感想だと。
「まぁ〜な! 俺自身は剣の才能はなくてな。魔法もからっきしだ。だから俺に残されたのは、この拳なんだぜ」
そう言いながら、アデリ先輩は右拳を上げて強く握りしめる。まるで丸太のような上腕二頭筋が、そこにはあった。騎士になりたいのに、剣も魔法も才能がなかった時の絶望感は計り知れなかっただろう。しかしそれでも藁にも縋るような思いで、手に取ろうと努力した結果が、アデリ先輩を生んだんだろうな。
それにここにいるという事は、二年生でも上位に位置する実力者なのだと言う話である。それが意味する事は、努力の果てに辿り着いた偉業が、彼という存在をここに立たせているのだろう。
「俺にはやっぱり、真似出来ない生き方ですよ。本当に凄いですよ。先輩は」
諦めきれなくて、諦めるという選択肢もきちんと残されている事だっただろう。しかしそんな選択肢を取らず、ただひたすらに努力を重ねた。それがどれだけ凄くて、どれだけの苦難だったか俺には到底想像すら出来ないだろうな。
「ムディナだって、その眼は諦めない眼をしているぞ。やはり俺とムディナは形は違えど、何処か似ているのかもな」
このアデリ先輩は本当に、心の奥底を、人の本質を言い当ててくるんだから。やはりアデリ先輩には敵わないな。そう俺は仄かに微笑んでいた。
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