百ノ五十八話 とある喫茶店で・・・
俺は前回、アライさんの紹介で来た喫茶店にいた。この店特製ブレンドコーヒーをゆっくりと一口飲み味わいながら、とある人物を待っていた。まぁ〜、分かりきっている人物であるが。
呆然としながら、過ぎている時間を見て少し焦ってはいた。もしかして時間をミスってしまったのかという焦りが、俺を焦燥感に駆り立てる。流石に一時間過ぎたりなんかしたら、帰る事にするが。ここに来て、指定した時間から数十分間は確実に経過していた。
コーヒーを啜りながら、天井に吊るされているプロペラを眺めてそんな事を思っていた。テーブルにぐでぇ〜と横たわりながら、だらしない格好を俺はしていた。
「すまんな。待たせてしまった」
そう言いながら赤髪の、綺麗な女性騎士が来た。というよりトーラス騎士団団長アライ・ルナクだった。三年前の亜神、又は亜人戦争の大英雄であり、太陽の王妃という異名が伝わるこの国最強であり、最高の騎士である。実際その身に迸る魔力は、普通の人間を軽く凌駕しており、何ならそれは龍神様達にすら匹敵する程の異常な魔力の集合体であった。
「いいえ、騎士団長様ですから。お忙しいでしょう」
彼女がいるからには、人類の守護ははっきり言って約束されているようなものである。それ程彼女の強さは異常である。俺なんて軽く一捻りで、轢き潰されそうだしな。何なら魔力の圧だけで、今にも轢き潰されそうだし。
「それにしても、よく気づいたな。まっ気づかなかったら、それまでの人物だったというだけであるが」
そう感心するような笑みを、アライさんは浮かべていた。確かに分かりにくい仕掛けだったけど、難しい訳ではなかったからそれは助かった。
ただ俺が驚いたのは別にあった。
「あの手紙って国王からの個人的な手紙だった筈ですけど、よく仕掛けられましたね」
あれにはビックリした。まさか国王からの書状に、魔術的な仕掛けが施されている事に。それもアライさんからの直々の手紙である。内容は、『今日、夕刻過ぎにあの喫茶店に集合」という内容であった。それも隠の魔法的技術により、極限まで魔力を隠されている魔力的書状だ。言われないと恐らく、確実に気づかれないだろうその仕掛けに俺は驚愕するしかなかった。
それに材質まで魔力を通しやすい紙から、普通の紙に変質していたし。よくもあんな、大掛かりな魔力仕掛けを行えたものである。俺も少し違和感が感じて、魔力を探ったら分かったレベルだから相当高等な魔法技術である。
「あれか。トーラス王から私に手紙を寄越してきてな。それを拝見した後に、私が魔術的な仕掛けを施したという訳だ。後は使いの騎士にお願いして、お前に伝わったという訳だ」
何ともまぁ〜、大掛かりな道筋を通っているな。むしろそれでよく気付かれずに、通っているな。怖くなかったのだろうか。いや俺だけが気づくという、何かしらの確信があったと思える。
「何か俺にあるんですか?」
俺は怪訝な不信感を強めて、アライさんを睨む。つまり俺について、何か知っている可能性があるという事だ。俺でも知らない、俺の知らない事を。俺が記憶がないという事も、顔が固定されない呪いにも、恐らく原因があり、以前の俺に何かあったからだ。
それをこの騎士団長は知っている可能性があるのかもしれない。俺はこのアライという人物について、探りを入れないといけないような気がするな。
「いいや、君の事は知らないし何があるかも分からない。ただ君と同じような人に、一度助けられてね。あの手紙の偽装は、その人に教わったものだからさ」
成る程、俺と同じような面影がある存在を知っているのか。それについて、詳しく聞きたいものである。俺と何か関連性が出てくる可能性だってあるかも知れないからな。情報を収集するに越した事はないだろう。
ていうかあんな高度な魔術的仕掛けを教えるって、その人は情報戦のプロか何かですかね。怖いんですけど。
「その人について、教えて貰ってもいいですか?」
そう俺が聞くと、アライさんは警戒心を極限まで強める。何か墓穴を掘ってしまったような気がするな。それでも俺という存在を探れる可能性があるから、聞いておきたい。記憶を失う前の自分というのを、俺は知らなきゃいけない。知らないと、俺が何者にもなれない気がするから。
「何故、それを聞く」
怒号のような、それに限りなく近い怒りと警戒の声を張り詰める。そしてそれは魔力にも呼応し、一種の太陽がその場にあるような錯覚を覚えてしまう。太陽が、マグマが煮えたぎるアライさんがその場にいた。
俺はそれに息を飲みながら、決死の覚悟を決めて口を開く。そうしなければいけない事情があるからだ。
「俺は十一歳より前の記憶がないんです。この国に来たのも、記憶探しをする為でして。だからこの国に何か、俺の記憶の手がかりになるような情報を探しているんです。お願いします。その人の話を聞かせてください。聞いても意味がないかもしれないけど、聞いておきたいんです」
俺は必死に、アライさんの『あの人』という情報を話して欲しいとお願いした。俺は知りたいから。何で突然、龍界に自分が いたのか。転移した訳でも、転生した訳でもない。ただ龍界に自分がいた理由が知りたいだけだし、昔の自分という存在を知りたいんだ。俺には親がいたのか。俺に友達がいたのか。俺が普通の人族なのか。
「ふむ、自らの記憶がないと来たか…………。確かにそのような理由なら、話しても差して問題はないだろうか」
そうアライさんは警戒心を緩めて、考え込むようにしていた。そして「うむ」と頷き、考え込んで決めたようだ。
「私はね………………一回、死んでるの………………」
そう辛い過去を話すように、しんみりとした雰囲気を出してアライさんは話し始めた。ただ聞いてはいけない何かを聞いた気がするが。
「死んでるって………………本当ですか?」
今はトーラス国最強の騎士とされる程の強者なのに。それより死んでて今ここにいるという事は、死者蘇生されているということか。蘇生魔法なんて御伽噺の類いだろうって。死者の蘇りは、禁忌の対象である。魂の循環を確実に壊しかねない異業の罪である。魔術書において必ずと言っていい程に、死者蘇生の秘術の研究は害悪だと記されている。
と言ってもそもそも魂の観測、魂の情報収集などなど工程が多すぎて、まともに死者蘇生のメカニズムを理解する事など生物には不可能だけどな。
「そう…………でもね。その人は転生者だった。転生者だったからなのか、それとも別の何かがあったのか知らないけど、私は生き返った。この人に抱っこされながら。それからはその人の相棒として遺跡の町まで行ったんだけど、その後は行方知れずなんだ。ただその人は間違いなく、異次元の強さだった。あらゆる生物、生命が彼に勝てるとは到底思えなかった。それ程の強さだった。相棒だった私ですら、その人の実力の奥底までは分からなかった。それだけが悔いかな。ただね、その人の残滓というの? それだけは私の中にずっと残っていてね。それが私を永遠に成長させてくれる。永遠に共に強くしてくれる。それがあの人の側にいるからのような気がするんだ………………とあまり中身がないでしょう? その人とは短い付き合いだったからさ。あまり語れるような事がないんだ」
充分過ぎる程の情報である。アライさんを蘇らせた謎の人物か。アライさんの話を聞く限り、表舞台、若しくは交友があったのが数週間程度と仮定すると、あまりにも短過ぎる。それにアライさんが言うのだ。『強すぎる』と、つまり確実に生存している可能性が極めて高いと推測出来る。
いや一人だけ、同様の強すぎる存在がいた。転生者ヨハネを回収した『勇者』と呼ばれている男の存在だ。あの人も底が知れない強さだった。その人なら或いは…………と憶測で物を語っては駄目だな。とりあえず情報が収集出来ただけでも、いいだろう。
「そういえばムディナ君、君に一つ質問をいいかな?」
突然話を振られて困惑しながら、「何ですか?」と少し大きめの声で言ってしまった。
「【スキル】って言葉、知っているか?」
何だろう。スキルという単語自体、聞いた事すらない。何かの能力だろうか。気になる話であるが、アライさんの眼は先程の警戒する眼である。それが何を意味するか容易に想像出来る。尋問に近いものだろう。
「知らないです」とただ、一言だけ言った。それについて、触れないようにした。恐らく触れても何も言ってくれないだろうしな。あの感じだと。
「そうか………………分かった。ありがとう」
アライさんはそう言いながら、話をひと段落させて喫茶店のメニューを吟味し始めた。
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