百ノ四十三話 死の体現者・・・
俺は龍種という生物の強さを、よく知っている。何なら実感すらある。あれらは産まれた時から、自然としての格として上位であり、産まれながらの強者である。本来人という生物が、簡単に渡り合ってはいけない代物である。
動き一つで地面は割れ、叫び一つで、大気は大きく震わせ、咆哮一つで、天変地異を引き起こす。そんな超常的な存在として、確立されているのが龍種という生物なのだ。
そしてその中でも龍種として、地位が確実に存在している。下位の龍種ですら人が太刀打ちするなんて出来る訳がない。軽く一捻りで、ミンチになる事が確定事項になるほどである。その龍種として最上位であるとされている、龍種としてではなく龍の神として定義している龍の最高位である龍神とは全人類、全生命体が、喧嘩など売ってはいけないものだ。彼等が一度、怒れば世界など簡単に焦土へと姿を変えるだろう。
そのような存在が、俺の親である事がそれなりに誇らしい部分が確かにある。尊敬をしていて、目指す先の目標であり、今も俺の事を大切に思ってくれている。そんな最強の存在である龍神様達が、俺の親代わりである。
そんな憧れの存在が、今目の前で倒れていた。
「九つの龍神ごときが、俺に勝てる訳ないだろ」
緑髪の男は漆黒の鎌を携えて地面にミーニャを投げ捨てながら、そう心底うんざりと言った様子でいた。その男の眼は冷たい物だった。いや冷たいどころか、もっと冷酷な何かである。
普通ではない何か。人として度を超えた何か。何処までの絶望が有れば、あんな顔になるのか定かじゃない。異常であり、非常である。
「すみません――炎神龍様、遅れました」
俺はすぐさま急行して、応戦しようとする。炎のような燃える色をしている髪をしている男性に向かい、俺はそう言った。男はやっと俺が来た事に安堵した。
本当に苦戦している現状だと言うなら、あの白衣の男は相当やばいという事になる。それも九龍が揃っているのに、ミーニャの奪還すら難しいとか強さの桁が違うんだろうか。
「本当に随分遅かったな………………」
炎の龍は息を切らしながら、親心のような感じだった。だいぶ遅れた事に関しては本当に申し訳ないと思っている。割と生徒会長が強かったからな。
それにしても息を切らしているのか。魔力も気力も相当失っている。本来ならあり得ない程に減ってる。何か緑髪の男の力による物なのだろうか。
「すまんな………………お主の願いを聞き届けられなくて………………龍として不甲斐ない………………」
そんな事はない。そんな事がある筈もない。俺の憧れの先の龍達が、不甲斐ないなんてある筈がないからだ。逆に龍神達に頼らないといけない自分がより不甲斐ないと言ったというのに。
その為にも故郷である龍界を飛び出して、旅をしていたが結局頼るしか道がなかったからな。本当に申し訳ない。
「そんな事はないですよ。何なら少し休んでてください」
むしろ龍神様がいてくれたから、未だミーニャが無事なのだ。緑髪の男が、龍神達に戦うリソースを割いてくれたから俺はそれで大分助かっている。
俺は強く剣の塚を握り、ゆっくりと龍剣を鞘から引き抜く。龍剣は黄金の輝きを放っており、それが神々しく感じてしまう。龍剣をとは、決して壊れない剣である。それでありながら、龍と共に生きる証として様々な能力がある。
そうして緑髪の男に近づいていく。ゆっくりと一歩ずつ距離を詰めるように、歩いていく。
「何故、こんな事をするんだ?」
この緑髪の男が、何故生徒会長にあんな命令をしたのか。何故ミーニャを傷つけるのか。何故騎士達をあんなに殺したのか。俺にはこいつの目的も理由も分からない。
こんな惨劇を作り出した理由が、あるとは到底思いたくなかった。そんな清々しいような顔をしているような光景ではない筈なのに。
「五月蝿いね! 害虫が!? 俺のしたい事を否定するなよ!?」
あ〜、やっぱり話が通じなさそうだな。何で俺の事を害虫呼ばわりなんですかね。酷く目障りだ。対話が成立しないなら、それはただ言葉を話す獣と然程変わらない。つまりあれは別生物として、認識した方が良さそうだ。
「そいつには死の能力があるから。気をつけて!?」
後方にいる水龍神様が、そう助言してくれた。やはりあれは死の予感という奴だったか。という事はあのオーラは、どれだけの人を死に追いやってきたのだろうか。あれだけの濃密な死を纏っているというのは、普通ではあり得ないな。
よくもまぁ〜、これだけ濃い殺気を放てるもんだ。何あれ? 死を運ぶ死神か何かですかね。
[無限の理]『加速』
俺は一気に加速する。物理限界を超えた速度を出して、緑髪の男に接近する。無限の速度は、龍神様ですら眼で追えるか怪しい程だった。俺は強く剣を握りながら、立て続けに唱える。
「万物の事象が、今解き放たれる――――――カタストロフィ」
崩壊する純粋な破壊のエネルギーが、龍剣に集束する。煌びやかな眩い光が、その剣を包み込んだ。しかしそれは剣としての物理ではなく、ただ破壊エネルギーを包んだエネルギー体であった。
それを緑髪の男に振るった。男は鎌を携えて、ただ振りかぶった。それが膨大なエネルギー同士のぶつかり合いを生む。破壊と死のエネルギーが、周囲に拡散する。龍神様達が、きちんと学院全体を空間ごと結界で覆ってくれて助かった。生徒も騎士達の計らいにより、いなかったからな。誰にも迷惑も、被害もなく、気兼ねない戦える。
そしてエネルギーが、ぶつかり合い、消失した。やはりあの程度では駄目か。結構割と真面目に、殺意を込めて本気でエネルギーを込めて振るったんだけどな。やはりこの男との戦闘での経験値が違うな。あの男は恐らく俺のエネルギーが消失するのを分かって、鎌をぶつけたんだ。それも絶妙に消えるように、込めるエネルギーを調整してだ。
そんな神がかっているような操作と調整をするのは、あの短時間で把握出来るものではない。龍神様達が苦戦する理由が、よく分かる。戦闘経験値が、今のですぐさま分かる。あれは異常だ。どれだけの戦闘を、この緑髪の男は行っていたのか怖くなる。
「すげえな!? その力な!? 害虫が、持ってて良いもんじゃねぇな!? なぁ!!!」
緑髪の男は、頭を掻きむしりながら酷く興奮していた。その眼は虚な眼から、期待する眼差しに変わっていく。男は興奮しながら、死の力を鎌に注ぎ込む。周囲に漂う死の概念が、まるで一つに集まるかのようだった。
「だから――――――――刈り取らせてくれ」
そこには冷たい眼をした何かがあった。いや半身が、半分だけ緑髪だった男が骸骨になっていた。眼もない筈なのに、きっちりと俺を捉えていた。アンデットか。いやアンデットというレベルではないな。あれは初めて見るような類いだ。
恐らく死の力を高めた影響で、アンデットと人の中間に生きているようなものなのだろうか。生物と概念を行き来しているような感じか。普通ではないな。
ドス黒い力が、鎌に集まっていた。あれは確実にやばいな。俺は龍剣を強くに握りながら、術式を構築する。
[無限の理]『虚無』
無の力が、エネルギーとして構築されていく。滅びる力などではなく、ただ“無くなる”という概念がその場に、龍剣に発生する。龍剣とはあらゆる概念を、許容する力がある。それが龍の主として、持つ事を許された龍剣の本来の能力である。
「今度は何を見せてくれるんだ!!!!!!」
緑髪の男は絶叫するように、楽しむように、ただただ興奮しながら死の鎌を振り下ろした。
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