百ノ三十四話 ジェイの剣術
ジェイの剣術というのは、刺突武器であるレイピアに起因する技が多かった。それは師匠である聖女アレクシアの剣術が、レイピアを主とした技を扱っているからである。
そして聖女が剣術を扱う所を見たものは、神々しい、美しい、言葉を失うなどと言った事が噂では伝わっている。それほど可憐で、優雅で、尚且つこの世のものではないような剣を振るうという。俺も一度は見てみたい気がする。しかしそれに比べてみても、ジェイの剣術は圧倒されるものがあった。自然と一体化しているような、あの剣術は一体何なんだろうか。
そしてジェイとアリテリス先生が対峙する。剣術の授業は四授業目まで続いていて、今は四授業目の中盤くらいであった。
ジェイはビクビクと震えながら、レイピアを抜く。綺麗な蒼色の刀身がそこにはあった。それが精霊の力が纏われているのか、光り輝いていた。
精霊術師というのは、結構珍しい事である。精霊自体をそもそも人間種で、認識出来るものすら少ないのに、精霊を使役出来るというのはもっと少ない。契約する方法、使役する技術、その他諸々と魔法士に比べて、より難易度が高くなる。
そして精霊術師の最大の特徴は、精霊と仲良くしないといけないという点である。精霊とは、人と比べてもはるかに超常的で、常識の通じない存在である。自然の体現者の一翼であるが故に、人とそれなりに関わりのある龍種より、よっぽど気難しい存在であるらしい。
しかしどうにもジェイの大精霊ウンディーネは、俺ですら今まで存在を感知出来なかったのは不思議なくらいだ。大精霊レベルになると、存在が結構濃く出る筈なのだが。それが一切なかった。それが俺には、何が特別な物があるのではないかと踏んでいる。
「君は全力で来てもいいよ」
そうアリテリス先生は、真剣な眼差しでそう言った。それはアリテリス先生が、初めて言った言葉である。
『全力で来い』つまり魔力も、気力も、全て出し切ってアリテリス先生と戦えという事である。それをジェイは理解したのだろう。
息を呑みながら、それの意図を必死に探る。しかし情報が少ないのか、それの意図が分からずにいた。しかしそれを聞いて、ジェイは唇を噛む。
どうやら自分だけ、実力的に劣っているからそんな事を言われたという風に考えていた。舐められたのが、歯痒く感じていた。苦虫を噛むような不快感が、そこにはあった。
「私も全力で行く」
その言葉に呼応するかのように、魔剣に力が流れて輝きを増す。時の流れが、アリテリス先生の周囲だけが遅くなっているような錯覚を覚える。いや実際に遅くなっているのだった。そしてアリテリス先生のその眼は、舐めているような眼ではなかった。それが真剣にガチで獲物を狙う眼をしていた。
「剣の本質というのを、知っているかい? ぶっちゃけるとね。こんなもんは、ただの道具だ。ただね。騎士という生きものわね。この剣に、何か曲がらない信念を乗っけないといけない。それを乗っけるのと、乗っけないのとではまるっきり話が変わってくる。乗っけた奴はね、剣が真っ直ぐで、決して剣が折れないんだよ。それは形容しているわけではなく、事実だ。剣が折れてしまったというのはね、そいつの信念が、相手の信念に負けたという事になるんだ。剣とは、その者の心を映す鏡だと形容する者もいるのはそういう事だ。ジェイも覚えておきたまえ」
アリテリス先生の眼が光る。魔眼持ちかよ。ていうかアリテリス先生が、ガチで本気になるというのはそれはそれで凄いな。訓練場全体が、濃密な圧迫感に包まれる。そしてそれを放っている中心を見ずにいられなかった。
「第二魔法回路、解放――――――いざ、参る」
あ〜、アリテリス先生って第二魔法回路の発現者だったか。それは誰も勝てねぇよ。生物は基本的に、第一魔法回路というのしか持っていない。それは何故かというと、生物は第一回路で魔法を行使するのしか身体が耐えれないからである。それ以上の行使をする事を、生物は許されないのである。
しかしアリテリス先生は、世にも珍しい第二魔法回路持ちである。要するに生物の限界値を超える力を有しているのだった。第二魔法回路を使った時、まるで重力に押し潰されるような圧力を感じた。それは生物が対峙してはいけない存在を、目の当たりにしているからであろう。
観客席で観てるだけで、これだけの圧だ。対峙しているジェイは、どれだけの恐怖に打ち震えているだろうか。想像する事すら、烏滸がましいな。
「我が契約に呼び答えよ 己が願いは、望みは理解した 今やその時は来た 湖の園・海の瀑布・川のせせらぎ・水の大精霊ウンディーネの身力を我が身に体現せん」
瞳が蒼玉へと変わり、水の羽衣のようなものを全体に纏う。そこには吹っ切れたような笑みを浮かべている表情の彼女がそこにはいた。エルフの尖った耳を大胆に露出しており、自身が異種族なのだとしても、それでいいという顔だ。実にいい顔だ。やはりそっちの方が、幾分か綺麗だ。
そして魔力線が、体の中で水色の輝きを放ちながら流れているのが見えた。それは俺と模擬戦をする時とは違った感じであった。水色の絹のような髪が靡いていく。
「アリテリス先生、先生がその気なら、私も全力でお応えします」
アリテリス先生を睨みながら、挑発するような笑みを浮かべていた。しかしアリテリス先生は、それに動じずに膨大な魔力をその場で放出する。
ありゃ、俺の何十倍の魔力なんだろうか。ちょっと信じられない位な魔力だな。確かにあれは、生物の限界値を突破した魔力だな。普通の人が扱っていい魔力じゃない。
それとは対照的にジェイの魔力は穏やかでありながら、何処か荒々しさを感じていた。それは荒波を連想するようなものだった。
しかしその魔力は拮抗していた。どちらも同等でありながら、ただ睨みを効かせていた。
「アレクシア先生から教わっていた全てを、私に全力でぶつけたまえ」
あれ、アリテリス先生って聖女アレクシアと面識があるのか。いや先生という事は、師匠のような立ち位置なのだろうか。だから全力で来いと言ったのだろう。妹弟子のようなものだろうしな。気にしない方がおかしいか。
「アリテリス先生って師匠を面識があるんですね。そしたら全力で来いって言った意味、何となく理解しました」
呼吸が噛み合うかのようだった。剣の構えすら、一緒に思えた。どちらも同様の剣術を、学んでいた影響だろう。他と模擬戦した時とは、違う構えをアリテリス先生はしていた。
恐らくあれが、本来の剣術なのだろう。膨大な魔力が、一瞬にして一点の魔剣に吸い込まれる。そしてジェイも魔力を右手に集約して、水色のレイピアに魔力が纏う。
さっきのビクビクとした表情を浮かべているジェイは、もういなかった。
「やはり君は先生のようだ。その構え一つとっても、先生を連想させる。私はてんで駄目でね。だから少し独自の剣術になる事を許してくれ」
「いいえ、私も師匠のような可憐さはないので。アリテリス先生の方が、構えは美しいですよ」
そう会話をしているが、緊張が解かれる瞬間などない。それどころか構えをした時から、より濃密に圧が強まっていくこれは何なんだろうか。それがあの剣術の特徴なのだろうか。
「ジェイ・マーテラス――――アレクシア流水剣術、参る」
「アリテリス・アーマ――――アレクシア流剛剣術、参る」
どうやら流派自体は同じであるが、それぞれの特性に沿う剣術を扱うようだった。そして二人の姉妹弟子の模擬戦が、学院全体で見ても異次元の戦いが、そこに始まった。
俺は呆気に取られるしかないのであるが………………。
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