百ノ十三話 酒屋・テンガイ・・・
俺とミーニャは学院の試験の帰りに来た商店街にいた。昼間、夕方には活気のあった出店が無く、夜の静かな世界がそこには広がっていた。
外の活気の無さは昼間や夕方が嘘のように感じてしまう。しかしそれは外の話だ。建物の中は窓の光が外に溢れていて、建物の中には外の喧騒のようなものが、建物内から外に響いていた。
俺はとりあえず目的の場所へと足を運んでいた。それはアマリの串焼きを無料でくれた店の所に俺達は向かっていた。あの優しい店主の店に行ってみたかった。
というよりこんな夜の中、知らない店に行ける勇気が俺にはなかっただけであるが。
「ムディナ様は、何方に向かわれるのですか?」
ミーニャはそう首を傾げながら、可愛い顔をこちらに見せてきた。そういえばミーニャには説明していなかったっけか。いいや、ここは説明しない方が期待させた方が面白いだろう。
「ん? 俺が一回世話になった食事する店屋だよ。楽しみにしていてくれよ」
そう俺は悪戯っぽく笑いながら、ミーニャの問いに曖昧に答えた。それを聞いたミーニャは、眼を無邪気に輝かせながらワクワクと体を震わしていた。
「それを聞くと私、結構楽しみになってきました」
ミーニャはそう言ってくれて、俺は嬉しい限りだ。やはり地獄のような環境にいたとしても、根っこの部分は幼い子供のままか。これから先、肉体的な成長はないにしろ、精神面的に大きく成長してくれる事を祈るばかりだな。
これが親という名の生物の心境なのだろうか。いや俺はまだ学院生の10代なんだけどさ。何か他の同級生より精神的に一段と、成長しているような気がしないでもない。
「そうか。それなら俺も、教える価値があるってもんだな」
俺はそんな風にミーニャと話で、打ち解けながら目的の場所へと辿り着いた。そこには俺が前に串焼きを買った出店がポツンと静かに佇んでおり、その後方の建物には光が付いていて賑やかな声が外まで響いていた。
「ムディナ様の言っていた場所はここでしょうか?」
「あぁ、そうだよ。中に入ろうか」
その店の看板には酒屋・テンガイと書かれていて、どうやら酒を基本的に出している店のようだ。本来なら未成年の我々が、入っていいような場所ではないだろうが、あの店主の事だ。夜に来て本来の、店主の料理を食べてくれという意向があったと思われる。
だからこそ俺は遠慮なく、酒屋の扉のドアノブに手を掛ける。そして扉を開けると、まるで別世界が広がっているような場所が、目の前に広がっていた。
老若男女問わずの様々な人達が、酒や料理を四角いテーブルと、丸いテーブルで囲んでおり、眩い程の光が建物内を照らしていた。
そしてそこには店主以外の店員が、忙しく働いていた。どうやら夜が基本的に、店の中に活気が溢れるようだ。そしてその店の制服だろうか。緑を基調とした綺麗な服がそこにはあった。
そして一人の店員が、客が入ってきたベルに気づきこちらに近づいてきた。
「いらっしゃいませ。酒屋・テンガイに。子供連れのお客様でしょうか?」
店員の女性は、和かな営業スマイルを発揮しながらハキハキとした口調で尋ねてきた。ていうか俺がそんな歳に見えるのだろうか。この店員は。
まぁ〜強ち間違っていないから深くは言えないが。
「はい、子供一人に大人一人ですね。普通のカウンター席でいいですよ」
俺は酒屋を見渡しながら、それなりに混んでいるのがすぐさま分かった。テーブル席は割と埋まっており、カウンター席がそれなりに空きがある事に気づく。
テーブル席じゃない事で、ミーニャに少し不便を掛けてしまいそうだが、仕方ないので飲み込んでおいて欲しい。待つという無駄な行為をするよりかはマシである。
「ミーニャもそれでいいよな?」
俺は念の為にミーニャに確認を取るように顔を向けた。ミーニャは何て事ないような顔をしていた。
「別に大丈夫だよ。ムディナお兄様」
打ち合わせした通りに言ってくれてありがたい限りだが、何かこう妙に来る何かが出てくるな。俺とミーニャはとりあえず人前で接する時、従姉妹という設定に逃げようかという話になった。
そうすれば歳が離れていても、何ら問題はないだろう。それに貴族という設定に逃げ込めば、融通は効くだろう。そういう事で予めに疑われないような話をしていた。
「そうか。それなら、カウンター席でお願いします」
俺は女性の店員に振り向き、カウンター席の要望を店員に言った。店員は俺達二人を見渡して、何かを察したのか頷き理解した。
「分かりました。どうぞ、こちらに」
俺達は案内されるがまま、カウンター席に辿り着く。そしてカウンターの向こう側には見慣れた人がそこにはいた。この店の店主が、料理をしていた。そしてこちらに気づいたのか、顔だけをこちらに振り向く。
「お〜、仮面の騎士じゃないか。いらっしゃい、メニューはこれだよ」
そう言いながら店主は、それなりに分厚いメニュー表を手渡してきた。俺はそれを受け取り、メニュー表をミーニャにも見えるように広げる。
「それにしても、こんな子供もうちの店に連れてきたんだね。嬢ちゃん、何でも選んでいいぞ。どうせ仮面の騎士様が、払ってくれるからよ」
そんな風に店主は和かな邪悪な笑顔で、ミーニャに言った。どうやら儲けを得る為に、俺よりミーニャに言った方が効率的だと考えたのだろう。
ていうか何をミーニャに吹き込んでいるんですかね。いや経営者として当然のような言動をしているけどさ。あまりミーニャを毒さないで欲しいものだ。
「いえ、私は小食なので」
そんな風にミーニャは遠慮がちに俺と店主を交互に見ながら言った。でもなんだかんだ言ってミーニャは、俺が広げたメニュー表を興味津々といった表情で顔が無意識に近づいていた。
ていうかそんな行動されたら、俺が甲斐性なしの子供に遠慮させるドクズ人間みたいじゃないか。この店主、それを見越してあの発言をしやがったな。
「いや遠慮する事ないぞ。金はそれなりにあるからよ。好きなだけ頼むがいいさ」
俺は冷や汗を垂らしながら、そんな事を口にした。というより状況的にされたが正しいが。
俺のその言葉を聞き、ミーニャは嬉々とした顔を浮かべて「どれがいいかな」と口走り、メニュー表をじっと眺めていた。俺はとりあえずミーニャより、店主の強面の顔を恨めしい眼を向けた。
店主はゲラゲラとこちらを見ながら笑っていた。この店主、ぜってぇ夜道に気をつけろよ。本当に。
「ムディナお兄様、辛そうな顔をなさっていますが、やはり好きなだけ頼むのはやめておきます。お兄様の負担にはなりたくないので」
ミーニャは俺の顔を見て、申し訳なさそうなをしていた。本当にこのミーニャは出来る子だし、優しすぎるいい子なんだけど。なんだ、この天使は。
「いいんだよ。別に、ミーニャの為に連れて来たようなもんだしな」
俺はため息を吐きながら、諦めたように言った。それにミーニャが喜んでくれるなら、それなりの出費で笑顔を勝ち取る事が出来るんだ。安いものだ。
「ムディナお兄様、ありがとうございます」
そんな穢れ一つない笑顔を、こちらに向けた。俺の邪智な心が、完全に浄化されていく。ていうか、そんなやりとりを聞いた客が興味深そうに、ほのぼのとしている顔をしていた。
割と目立つような風貌だからな。俺たち。美少女と、仮面の剣士という絵面がそれなりに目立つだろう。
「仲がいいんだな。お二人さん」
店主もその俺達のやり取りで、邪悪な心を打たれたのだろう。綺麗な笑顔を店主はしていた。
「大体、店主のせいでしょ」
俺は呆れたような口調で、ため息を吐いた。
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