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その1 序章

ノベル大賞 2022 一次

 TNR――野良猫を捕獲して不妊処置を施し、元の場所に還す保護活動の略称で、正式にはトラップ・ニューター・リターンと呼ばれている。

 保護団体が減らしても減らしても野良猫がいなくなることはなく、ふと気づけば道路の隅に潜んでいて、愛らしくにゃあと咽喉を鳴らしている。

 犬とは違い、猫は年に二・三度の妊娠することがあるし、その都度、五匹前後の仔猫を出産するので絶対数が多く、計算上でいうと、一年で二十匹以上に増え、二年後には百匹近くにのぼり、三年後には二千匹を超える可能性もある。

 去勢の済んでいない猫が外界に放たれた途端、増殖の連鎖がスタート。多くの哺乳類が定期的な排卵システムによって受精するのに対し、猫は交尾の刺激で排卵するため、ほぼ確実に受精する仕組みになっていた。

一年中、いつでも。

交尾すれば猫はすぐに妊娠する。

 ただし過酷な外界で野良猫が生き抜く術は少なく、特に仔猫の場合は生後数ヵ月で栄養失調になり、そのほとんどが息絶える。運よく人間から餌を恵まれた猫だけが、別の野良猫と交尾をして新たな生命を増やしてゆく。

 まるでたくましい雑草だ。雑草の中には一株で数万の種を作るものや、種の寿命が数十年にのぼるものもある。あらゆる所に種が潜んでいて環境が整えば発芽し、刈っても刈っても季節が巡ればまた生えてくる。

 ありのままが良いと甘い考えで放置すれば瞬く間に地球は圧倒されてしまうだろう。

人為的なコントロールが必要だ。

 保護した子猫たちには、毎朝毎晩、新鮮な水やミルクや餌を与えて、室内とその身の清潔さを保つよう心掛ける。世話にかかりきりになるので自分自身のために使う時間が足りなくなる、この行いが崇高なものだと信じて尽くすしかない。

 開けた缶詰の裏側をトントンと叩いて汁気の多い餌を皿に落とすと、柔弱なそれは掌で握り潰すようにぐにゃりと崩れた。子猫たちが待ちきれない様子で腕に飛びついてくる。皿の縁から漏れた餌を中に戻すと指先にべっとりとついてしまった。

「食べる?」

「にゃあ」

 猫が手についた餌をぺろぺろと舌で舐めとる。その生命力に興奮した。自分の左手に新しい缶詰の中身を丸ごと乗せて猫に差し出すと、一心不乱に餌に食いつき、一滴の汁も残すまいと掌を舐めつくした。

「お利口さんだ」

「にゃあにゃあ」

 猫の顎先を指で掻いてやると腕に頭を摺り寄せてきた。その小さな顔を両手に挟んでまじまじと眺める。潤んだ眼球が生々しく、毛並の良さが一際目を惹いた。

 なんと美猫だろう。

 子供が生まれたらその子も美猫に違いないと思うと処置するのが惜しい気もするが、いちいち気にしていてはこの活動の意義を失ってしまうことになる。

 本人に意思確認したわけでもないのに去勢するのは、少しだけ罪悪感が湧くけれどそれも猫の為だ。人の為だ。地域の為だ。他に我々が共存する最良の方法があるなら教えてほしい。

 不妊処置が済んだ猫を区別するため、その耳には目印となる証を残す。

 耳の端をほんの僅か桜型にカットしたり、小さなピアスをつけることもあった。

 この猫の処置は終わっているので、近く、元いた場所に返す予定になっている。

明日からはこの愛らしさを武器に自力で生きていかなければならない。大丈夫。生命は強い。これだけ綺麗なのだから、誰かに愛され、幸せを掴めるだろう。


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