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あきれた日暮くん!

作者: ヨッシー@

「あきれた日暮くん!」


ハハハハハ、

小学生が、漫画を読んで笑っている。

楽しそうな笑顔だ。

皆んなで笑っている。

公園で漫画を囲んで笑っている。

漫画の表紙には月刊ポンポコと書いてある…


「おい田村、」

「お前、明日から小向先生の担当だからな」

突然の辞令だった。

秋元編集長からの辞令だ。

小向先生?

誰だっけ?

ああ、「あきれた、日暮くん!」の作者だ。

月刊ポンポコの最後のページに載っている四コマ漫画だ。

忘れていた。

人気は無い。

大した漫画じゃない。

読者がほとんど飛ばしてしまう漫画。

それが、「あきれた、日暮くん!」だ。

私も漫画好きが高じて、この業界に入ったが、記憶に薄い作品だ。

小向正人?私が生まれる前の漫画家?

思い浮かばない。

他に、どんな作品を描いていた人なんだろう?

ネットで調べてみる。

手塚賞、日本漫画クラブ大賞、

ええっ!凄い経歴だ。

一時、一世を風靡した漫画家らしい。

ストーリー漫画だったが、いつからか四コマ漫画に転身したそうだ。

この出版社での連載は長いらしい。

読んでみる。


「あきれた 日暮くん! 第125話」


日暮くんがご飯を食べている。

急いで食べたので、ご飯が鼻に詰まってしまった。

ブッーブッー

いくら、頑張っても出てこない。

仕方がないので、そのまま生活することにした。

すると、鼻から稲が生えてきた。

びっくりしたが、大事に育てる。

水をやり、世話をする。

秋、

見事にお米が実った。

それを稲刈りし、再びご飯を炊いて食べる。

おいしい!


ハハハハハ、

バカバカしい、

よく、こんなバカなことを考えられる。

漫画家はおかしな人が多いが、この人は本当におかしい。脳みそが常人じゃない。

ナンセンスギャグ、そう言うジャンルだ。

しかし、

今の若者、しかも、子供には解らないんじゃないのかな、

合ってないと言うか、この雑誌には、もっと直接的なストレートギャグが欲しい。

人気が出ないのは解る。

この漫画の面白さは40歳以上、昭和生まれのシニア世代の懐かしギャグだ。「月刊ポンポコ」の子供読者には理解できないだろう。

違う雑誌の方がいいんじゃないのかな、ターゲットが合っていない。

私は新人編集マンだが、これは却下作品だ。

何故、使う?理解できない。

納得できないまま、担当になった。


今日は原稿を受け取りに行く日だ。

今時、漫画はパソコンで描くのが主流だが、この作家はまだ、手描きで描いている。

しかも、手渡しで受け取り?

何なんだ、

四コマ漫画なんか、宅配便でもいいんじゃないのか、

電車を乗り継ぎ道を進む。

遠いな、

駅を降りる。

静かな町だが活気が無い。駅前はシャッター街だ。

そこを抜けると古いお寺があり、その後ろが小向先生の自宅だ。

道を進む。

あった、

瓦屋根の古い日本家屋。

松の木があり、庭があり、引き戸の扉。

教わった通りの家だ。

「こんにちは〜」

……

「こんにちは〜」

……

留守か?

ガラ、

中から、しかめ面の神経質そうな男性が出て来た。

「小向先生ですか?」

「ああ、」

「私、月刊ポンポコの田村です」

「ああ、秋元から聞いている」

「担当が変わったんだろう、」

「そうです」

「ちょっと、待っててくれ、まだ、できていないんだ」

ええっ、まだ、はるばる来たのに、

ほんの四コマの漫画が、まだ、出来ていない?

廊下を通り仕事場に案内される。

机に原稿があった。

何だ、出来ているんじゃないか、脅かすなよ。

「描き直すから、」机に座る小向。

サッ、サッ、

真剣だ。

シュッ、シュッ、

上手い、

さすが、ベテランだ。ペン入れに迷いが無い。

シュッ、シュッ、

サーッ、サッ、

あっという間に出来上がった。

「どうかな?」

原稿を渡される。

「いいですよ」

「セリフも効いています」

「そうかな」

渋い顔の小向。

「今の子供たちには、面白くないんじゃないのか」

ギク、

えっ、何故、私が思っている事が解る?

「…面白いですよ!」

「大笑いですよ!」

「そうかな」

「はい」

……

……

私は原稿を受け取り、会社に戻った。

秋元編集長に渡す。

「どうだった?」

「はい…」

「小向先生は、もっと愉快な人かと思っていましたよ」ポリポリ、頭をかく田村。

「お前は、まだまだだな」

「えっ」

「ギャグ漫画を描く作家はな、ああいう風に神経質で偏屈なんだよ」

「そうですか」

「昔は、もっと酷かったぞ。お前なんか泣かされっぱなしだぞ」

「ええっ、」

焦る田村。

「あ〜、お前だけに言うが、小向先生はもうすぐ、終わりだ」

「えっ、」

「連載終了ですか」

「そうだ」

……


翌月、

再び、原稿を受け取りに行った。

電車の中、

編集長は何故、小向先生を使い続けていたのだろう?

昔は、人気があったのだろうが、厳しい業界だ。今、現在、面白くなければ、連載は切られるはずだ。

何故…


小向宅、仕事場。

原稿を受け取り、お茶を飲んでいる田村。

「先生の『暁の足軽』最高ですよ」

「…だいぶ前の作品だな」

「信長に家族を殺された男が、偶然にも光秀の家来になり謀反に加担する。手負いの信長を最後の最後に殺すところは素晴らしいですよ」


炎に包まれる本能寺、

光秀方軍勢が、雄叫びを上げる。

エイエイオー

エイエイオー

皆、興奮ままならず、殺気立っていた。

血と煙の臭いが舞い、雑兵たちは異様な興奮状態だった。

目は血走り、手は震え、遺尿している兵たちもいた。

煙が舞えば舞うほどに、歓喜と不安が複雑に絡み合い、彼らの精神を蝕んでいく。

へへへ、

へへへ、

一人の兵が、気持ちの悪い笑みを作り出した。伝染する様に皆笑い出す。

へへへ、

へへへ、

太刀を落とした兵も、座り込んでいる兵も、走り回る兵も、

笑いが木霊する。

それは異様な風景だった。


甚平、落ちている敵方の太刀を拾う。ゆらりと燃える寺の中に入って行く。

「どこへ行くんだ、甚平」

作蔵が叫ぶ、

「もう、終わったんだぞ、」

振り返らない甚平。

「甚平ーーー」

ザザッー

瓦礫と炎が入り口を塞いだ。


燃え盛る寺内、一瞬で炎が甚平の身体を包み込む。

鎧がグツグツと燃えだす、髷にも炎が燃え移る。

しかし、甚平の眼は一ヶ所を睨んでいた。纏わりつく炎を構わず歩き進む甚平。

ダダーン、

天井の柱が落ち始める。


奥の間、

見つけた、

信長の部屋だ、

切腹の準備をしている信長。

ガラッ、

「誰だ!」

信長の怒号が響き渡る。

ゆらり、ゆらりと歩き出す甚平。

その姿は、鬼気へ夜叉と化していた。

やあああー

いきなり信長に斬りかかる、甚平。

ザッ、

スッ、

片手でかわす信長、

「馬鹿者、今頃何しに来た!」

ザザッー、ヒュン、

ニノ太刀を振る、甚平。

スッ、再び交わされる。

ゴロゴロゴロ、

勢いあまって転げ落ちる甚平。

「弱い、弱過ぎる、」

よろよろと立ちすくむ信長。

甚平、立ち上がり、再び両手で強く太刀を構える。

鋭い形相で睨みつける信長。

ガザザザーーー

突然、柱が倒れてきた、

三の太刀!

ザク、

信長の胸を突いた。

「今のは….いい、判断だ、」

ガタ、膝をつく信長。

「……お前の、度胸が、気に入った、」

「ワシの家来になれ、」

睨みつける甚平。

ザク、深く突く、突き抜ける太刀。

ガン、額を割る。

倒れ伏す信長、

刀を抜く甚平、

「やだね、」


甚平は、信長の首を切り落とし、高く掲げていた。

炎が、甚平の全身を包み込む。

勢いよく燃え上がる炎。

甚平、ゆっくりと口を開ける。

ウオーーーン、

雄叫びを上げる。

狼の様な雄叫びだ、

ウオーーーン……


本能寺の外、

光秀の家来たちが、甚平の雄叫びにどよめき出す。

「何だ、何だ、」ざわつく雑兵たち。

さっきまでの高慢な顔が消えていた。

ざわざわと、うろたえる。


目を瞑る光秀。


ウオーーーン


崩壊する本能寺、

煙は高く、高く、

遥か高く、上がって行く…


「感動しましたよ。誰も、あんな発想は出来ませんよ!」

「先生は天才です!」

……

……

「……あれは、妻のアイデアだ」小向は、ぼそりとつぶやいた。

「えっ」

「私がスランプで悩んでいた時、妻が、『信長を殺したら、』と言ったんだ」

「大河ドラマでも、直接、信長を殺したシーンは、ないわよ、」と、

「私は、ハッと思った」

「すぐ絵が浮かんだ」

「コンテ、ネーム、ペン入れして、妻がベタを塗り、スクリーントーンを貼った」

「私がやっているのを見て覚えていたんだろう…」

「徹夜して、二人で完全させた」

「渾身の作品だ、」

「たくさんの漫画賞をもらいましたね」

「ああ、」

「妻は、決して自分が手伝ったことは話さなかった」

「すべて、私の作品として喜んでくれた」

「いつもの笑顔だった」

庭を見つめる……


翌月、

秋元編集長から呼び出された。

「『あきれた 日暮くん!』来月で連載終了だ、」

「編集長会議で決まった」

「やっぱり、」

「俺は反対したんだが、ダメだった」

「残念だ…」

「実は、俺が駆け出しの頃、小向先生の担当だったんだよ」

「えっ、」

「彼には才能があった。絵に読者を引きつける力があった」

「しかし、考え過ぎる癖があり、話が面白くなくなってしまうんだ」

「何度も、それを指摘したが聞かなかった」

「しかし、彼女…奥さんだけは、その作品を褒めた。大喜びして楽しんだ」

……

「でも…彼は…そんな奥さんを叩いた」

「ストレスだな、今で言うDVだ」

「どうしようもないストレスだった」

「奥さんは、殴られても、殴られても、彼の作品を褒めた」

「そんな姿を見て、アシスタントは次々と皆、辞めていったよ」

「最後は、小向と奥さんだけになった」

「小向は、逆上して、もっと暴れた」

「でも、奥さんは、褒め続けた」

「そして、一度だけ作品に触れた」

「それが、『暁の足軽』だよ」

「俺は、びっくりしたよ、」

「なにせ、一晩で描き上げたんだからな」

「奇跡だよ、」

「いや、奥さんの愛だ、」

「奥さんの愛が起こした奇跡だよ、」

「それから、小向は変わった」

「別人の様に描き続けた」

「しかし、奥さんは倒れて……」

リリリリリーン

秋元編集長の電話が鳴った。

「すまん、」

編集長は、部屋を出て行った。

小向先生には、そんな訳があったのか…


次の日、

小向宅 仕事場、

「小向先生、言いづらいのですが、来月で『あきれた 日暮くん』打ち切りになりました…」

「そうか、」

小向のペンの動きが止まった。

「そうだと思ったよ、」

……

……

「いいんですか?」

「別の雑誌で描ける様に頼んでみますよ」

「中高年向けの漫画雑誌は、いくらでもありますから、」

「いいんだよ」

「潮時だ」

……

「一つ聞きたかったのですが、何故、四コマ漫画、しかもギャグ漫画に転向したのですか?」

………

庭を、細く眺める小向。

「……バカなこと……面白いこと考えてないと、死んでしまうからだよ、」

「えっ、」

「妻に笑ってもらおうと、描いていた」

……

「笑ってくれなかった…」

「もう、笑うこともさえ出来なくなっていたんだよ」

「目を開けているだけ、」

「私が誰だかも解らない」

頭を抱える小向。

「私のせいだ、私が狂って、ゴミのように叩いたからだ!」

「だから病気になった……すまなかった」

原稿に涙が落ちる。

「私は、何度も謝った」

「何度も、」

「何度も…」

「でも、妻は何も言わなかった」

「ただ、目を開けているだけ…」

「10年…10年経った」

……

……

「先月、静かに目を閉じたよ」

後ろを向く小向。

……

「妻は、天国で笑ってるかな?」

「私の漫画で大笑いしてるかな?…」

私は答えることが出来なかった。


「あきれた 日暮くん!」最終回、


夜、眠っている日暮くん。

ポーン、

酔っ払いが、くわえタバコを捨てた。

タバコから日暮宅に火の手が上がる。

熱くて目が覚める日暮くん。

119番に電話するが、消防車が来ない。

日暮くん、見かねて、

水道の水を腹一杯飲み、火の手にオシッコをかける。

ジャー

みるみる火が消えていく。

しかし自宅は全焼。

わずかな荷物を持って、去って行く日暮くん。

一瞬立ち止まる。

振り返る、

再び、歩き出す。

朝日が昇る。


ハハハハハ……(奥さんの笑い声)

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