情報が歩いてやってくる
愛犬ゴンタは俺の傍を決して離れない。
離れたら殺されると思っているのであろう。
実際危険な状況であった。
状況を一番良く知っているゴンタ自身が保健所職員に襲い掛かり逃亡を図ろうとしたがために、彼は二日待たずに殺される所だったのである。
成犬で人馴れが絶望的で攻撃的な大型犬とくれば、それは仕方が無いであろう。
だが、彼は俺に一瞬で慣れた。
俺は何もしていない。
俺は駆けつけて、職員に襲い掛かかっている犬を呼んだだけた。
「ゴンタ!」
唸っていた彼は一瞬で大人しくなり、尻尾を振って俺の傍に来たが、可愛がられた事の無い彼はどうして良いのかわからないようだった。
びくびくしながら小首を傾げるだけの哀れな彼に、俺が可哀想だと頭を軽く撫でてやると、愛情に飢えていた彼は喜びのためか、俺に撫でられながら俺の革靴が染みるほどの大量のおしっこを漏らしたのである。
そんな彼の外見は、大きい耳と配色がジャーマンシェパードなのだが、シェパードと比べ物にならない貧相さと不恰好さだ。
彼は俺が思わず叫んだ「ゴンタ」という間抜けな名前がぴったりな、貧乏臭い情け無い風情の顔と身体つきの大型の雑種犬なのである。
さて、保健所から解放されたゴンタだが、彼は躾をされるどころか庭の隅に放り出されていただけの生き物だったにもかかわらず、いまや警察署で訓練を受けた警察犬の如き顔をして、俺の足元に伏せてじっとしているのである。
そこはただ驚きでしかないが、彼のせいで署外に出ることがままならない不遇の刑事と、俺はなってしまったのだった。
しかし世界には捨てる神あれば拾う神ありとよく言ったもので、俺がゴンタを助けたと知った近隣の住人や愛犬家達が、こぞって署に押しかけてきたのである。
ただ押し掛けただけではない。
彼らはゴンタの哀れ話を次々と自主的に語り、殺人事件や小手川の行方不明の娘についても、知っている限りの情報を俺に手渡してくれたのだ。
「一軒一軒回るよりも効率が良かったね。」
髙はくすくす笑いながら俺の傍に来て、机の脇で伏せているゴンタを撫でた。
髙は上司の楊と同じくらいの背で似たような体型だが、顔貌は楊と違い一重という目元が象徴するように普通に地味だ。
にもかかわらず、彼独特の飄々とした雰囲気と、この特対課では一番の経験値を持つ男である為か、全体として見ると誰よりも様になる男である。
「あの小手川家がかなり嫌われていたのはわかりましたね。引っ越したばかりの頃は町内会にも参加していたようですが、ゴンタが虐待され始めた頃から徐々に近所の鼻つまみ者になったようです。」
外に出られない俺は情報だけを纏めて時系列に並べたり、その頃の近隣の未解決事件を暇つぶしに検索していたりもしていた。
「それで髙さん。この未解決の殺人事件なのですが、今回の殺人とよく似ていると思いませんか?」
髙に差し出した事件ファイルは、同じ町内で起こった四年前の事件だ。
現場は小手川家から歩いて行ける距離のスーパーの駐車場で、そこで主婦と見られる女性が撲殺された遺体が見つかったというものだ。
ただの撲殺ではない。
頭部が形を成していないほどの殴られ方なのである。
その執拗な攻撃を受けていることから怨恨による殺人とされ、所持品は無かったが着用していた衣服がホームウェアらしき普段着であったことと、妊娠出産の経験があったことが司法解剖にて指摘されたため「近隣の主婦」と看做された。
だが、近隣に行方不明になっている主婦は一人もいなかった。
それどころか未婚既婚問わず行方不明者はおらず、よって、被害者そのものの身元がわからないまま未解決事件となってしまった事件である。