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心配しなくともいいのよ。馬鹿なだけだから。

 僕が武本物産よりも金持ちの祖母を介しての財閥関係者に孫同然に可愛がられている事と、見えないものが見えるオカルト系のためか、僕は命を良く狙われているのだ。

 そして楊は僕を弟のように思ってくれているからか、僕を傷つけないようにと配慮して、できるかぎり僕に知らせないようにと心を砕く。


 それで彼女にまた自分が狙われたのかと尋ねたのだが、彼女は答えるどころか吹き出した。

 ボッティチェリの描いたビーナスのような風貌の女性が、目じりの涙を拭っての女神の風格を捨て去ったような大笑いだ。


「違う。でも、玄人に関係あるって言えば大アリよね。」

「何ですか?」


 僕は葉子の側のいつもの一人掛けソファに座る。

 まぁ、いつものは御幣がある。

 いつもの場所に置かれた違う新品のソファに座る、だ。


 この公人スペースの応接間は、僕が以前に悪霊と対峙した時に備品ごと全てなぎ払って破壊してしまったのだ。

 しかし、流石の財力と太っ腹の松野葉子は僕に弁償のべの字もなく、それどころか我が武本物産が誇る橋場孝彦作の家具を選び、そして、この部屋の修繕には孝彦の実家である橋場建設を使ったのである。


 我が一族的には有難いの一言だが、僕が壊して僕の身内が修繕して、僕の家の商品まで売りつけて儲けるって、見ようによっては犯罪じゃないか?


 しかし、孝彦が作る家具をそれに見合った人物に売り飛ばせるのならば、僕は犯罪者となってもかまわない。

 孝彦の家具は、彼が徹底的に拘るので使用感は勿論最上だが、姿形も素晴らしいのだ。

 けれど、客の注文を受けて製作するのではなく、魂の赴くままに家具を製作する天才なので「売れない」という難点がある。


 まぁ、素晴らしすぎて手放したくないと、武本が積極的に「売らない」のだから仕方が無いが。

 だからこそ、こうして日の目を見ることが出来た家具達を見るにつけ、僕は当主としての冥利までもじっくりと感じてしまうのである。


 ソファに腰を沈め、僕はほうっとため息をついた。


 その布地の感触から漆を塗られた木の滑らかさ、そしてその全体の優美さ統一性、どれをとっても言葉が出ないほどの素晴らしさに喜んだ感嘆の吐息である。

 それから、うっとりと自分の座る椅子の木部を撫で回しながら、ゆっくりと、あの破壊の日にそれだけはと死守した絨毯へと目を落とした。


 水の中で金色の波紋が広がっているような意匠のオーバル型の大型のペルシャ絨毯であり、手に入れた武本物産が滅多な人間には売りたくないと倉庫に隠していた一品である。

 それは僕が初対面の葉子に売りつけたという、僕の戦勝品でもある。


「あぁ、ティーテーブルの天板が絨毯をいっそうと際立たせている。」


 孝彦のティーテーブルは木の根をオーバル型にした上にくりぬいてガラスを埋め込んだという代物だ。

 以前に置かれていた繊細で美しいガラステーブルも絨毯を透かして美しく輝いていたが、孝彦のガラステーブルの枠の年輪が、絨毯のメダリオンにさらに劇的な印象を与えているのである。


「葉子さんは家具選びの天才だ。家具を知っている人に出会えた家具の幸せの歌が聞こえる程です。」


「もう、おばかさん。今日は何の葉っぱがいいの?」


「アッサムで。」


 僕は紅茶友の会の人なのである。

 そんな僕の答えに年齢不詳の美女は微笑み、僕は銀色だった髪を濃い栗色に染めて一層若々しく輝いている人にうっとりとしてしまっていた。


「それで、一体何があったのでしょうか?」


 僕は葉子から紅茶のカップを受け取ると彼女に尋ねた。

 僕が知らなくても有能すぎる良純和尚が全てを片付けてくれるのは明白だが、やっぱり、知らないままなのは恐ろしいのだ。

 葉子は僕の実の祖母のような愛情深い眼差しになって、軽く僕の手の甲を叩いて僕を宥めてくれた。


「心配する事じゃないわ。ただね、勝利まさとしの部下が馬鹿すぎるってだけなのよ。」


 彼女が語り始め、終わる頃には僕は、聞かなきゃ良かった、と天井を見上げた。

 薄情でゴメン、淳平君。


「それで保健所で犬を引き取ったはいいけれど、散歩どころか餌も与えられていないという放置されていただけの犬でしょう。全く言う事を聞かないし、山口君から離れると怯えて啼き続けるしで、彼は仕事も満足に出来ないそうよ。」


 楊が良純和尚を呼び出したのは、単に自分の旅行中に山口とその愛犬のベビーシッターを押し付けようとしているだけらしいのだ。


 楊の旅行、婚約者と一緒に参加の渋谷メタルライブ遠征旅行らしいが、は、土曜日である今夜から、明後日の月曜日まで二泊となる。

 さらにその期間、楊家の隣家である相棒宅には新婚の妻側の父母が来訪して来る。その大事な時に山口の犬が隣家に粗相を仕出かしては大変だ、ということらしい。

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