久々の我が家にて④
俺はこれからくる玄人の馬鹿行動に身構えたはずであったが、馬鹿は留まる事を知らない破壊力を持っていた。
「待ってください。良純さんは僕がキスを知りたいって言ったから、かわちゃんを帰して淳平君を泊まらせようとしてくれているのですよね。でも、大丈夫です。してみて気持ちよくなかったらがっかりすると思うので、僕はまだこのままの関係でいいです。」
立ち上がっていた俺は、襖に頭をガンガン打ち付けたい気になった。
壁に頭をぶつけたら本気で痛くて俺が可哀相だから、襖だ。
どうしてこの子はこんなに馬鹿なんだろう。
大きく溜息をついて振り返ったら、山口が俺に対して土下座していた。
「おい、どうした。」
ゆっくり顔を上げた山口は涙目だった。
だから、どうした?
「いえ、すいません。俺は百目鬼さん、いえ、良純さんを誤解していました。本気で俺とクロトを祝福していたんだなって。でも、クロト特製のお花しいたけを、俺が最後に味わおうと思っていたしいたけを奪ったのは、別に意地悪では無いのですよね。」
「お前はしいたけが嫌いで残していたんじゃないのか?」
「いえ、あの、そんなに好きじゃないけど、あの、クロトがお花にしたから。」
「安心しろ。俺が野菜を切って出汁も取り、調味料も事前に俺が計って用意したものだ。クロは俺に言われたとおりに鍋で煮たに過ぎない。」
「ちびは煮ただけかよ!」
楊は腹を抱えて笑い転げて、バラされた玄人は頬をぷくっと膨らませた。
「もう。でも、でも初めて最初から最後まで一人で作ったのです。」
「最初から最後まで百目鬼つきっきりでしょう!もう、この小学生。」
「もう!かわちゃんが酷い事を言う。もう作りません!」
俺は割合と面倒だった作業から以後は開放される喜びと、なぜか少々の詰まらなさを感じながら山口を振り返ると、彼は眉根を顰めて小首を傾げているではないか。
「どうした?」
「え、あの。百目鬼さんが俺に他意があったわけではないのならば、じゃあ、あの女物のハンカチは?あれも実は悪意があって俺のポケットに入れたわけじゃないのですよね。」
「女物のハンカチ?なんだ?それ。」
山口が「え?」と俺の顔をぽけっと見返した。
「え?だって、俺のスーツに女物のハンカチが入ってましたよ。凄い可愛い奴。」
俺が目線を玄人に向けると、奴は夜中であるのにアンズを籠から出してあやしてごまかしていた。
俺は山口にわかるように玄人を大きく指差してやった。
恋人に酷い目に遭った事を知ったばかりの男は、半音高い裏声を出した。
「どうしてそんなことをしたの?」
「だって、淳平君が、涙脆いのにハンカチを忘れているから。……新品のあれしかなくて。」
ぶっと吹き出した楊がちゃぶ台に突っ伏して小刻みに震え、そして山口は、最愛の恋人に踏んだりけったりな自分を哀れむように胸に手を当てていた。
「馬鹿どもが。」
俺は奴らを置いて自室に向かった。
二階への階段を上がりながら「俺の子供はなんて馬鹿だ。」と大笑いする。馬鹿で毎日笑わせられて、――あいつがいなくなったら、俺はどうなるんだろうな。(終)




