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己の存在を侵すものがあれば、すなわち攻撃すべし(馬10)  作者: 蔵前
十二 せめて騒々しく鐘を鳴らそう
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ごめんなさい

 都美子に無かったのは医師の才能だけか?

 いいや、都美子には経営の才もない。

 桂に作ってもらった病院は数年で医療過誤と経営難で、現場で働く医師や事務員などのスタッフに追い出される形で奪われている。


 そして、その病院は都美子が経営していた頃よりも大きく有名になり、現在院長をしている人物の専門医療センターとして活躍しているのだ。


 手にした全てをその手から取り零したどころか、失った全てが都美子を否定しているという、彼女にとっては生きた足跡そのものが皮肉となっている地獄絵図だ。


「全部欲しくてどこが悪いのよ!ジジイの癖になかなか死なないで愛人まで作る。お前はあの愛人にそっくりだ。後からやって来て全てを奪う。」


「母は愛人じゃありません。ただの親戚の娘です。母は最初の結婚で亡くした、親友で夫だった人の命日を、父だった人と偲んでいただけです。ご存知じゃなかったんですか?」


 都美子はけたたましい笑い声をあげた。

 狂気に満ちた。


「それじゃあ、どうして私が離婚されて追い出されたのよ!」 


 僕はようやく頭を動かして彼女に向き直った。

 それから、彼女を見たから断定した、という風にして答えた。


「あなたが空っぽな人間だからです。」


 僕は辰蔵から手を離し、拍手を叩いた。

 ぱぁん。ぱぁん、と。

 さぁ、僕を攻撃したければすれば良い、と都美子をしっかりと見つめ直した。


「あなたは医師としての才能も無い。経営の才もない。人間としての他者への愛情も無い。自己愛ばかりのお勉強の知識だけの人間で、猜疑心と物欲だけの人だからです。人間的魅力の無いあなたと同じ部屋にいるのは息がつまるからです。」


 頭に血が上った女は、自分が握りしめている注射器を、車椅子の僕に振りかざす。

 この衝動的な短気さが医者としてなりえなかった原因であり、財産略取が不完全なまま人殺しだけが上手くなっていった要因かと、彼女の動きを見ながら納得していた。


 彼女の振りかざした注射器が僕に刺さることは無いのだ。


 僕は迎撃ミサイルを持っている。


 ばばばばばばばばば。


「ぎゃあああああああ!」


 室内を青白くて強力な光が走り、その青白い光が彼女にぶつかった。

 大きく悲鳴を上げた彼女は、硬直し、そのまま後ろへと倒れた。


「殺してはいないね。」


 辰蔵の声が僕の背にかかる。


「約束どおり一生残る傷だけを与えました。顔は全面に火傷したはずです。でも、ごめんなさい。桂さんの大事にしていた絨毯が焦げてしまいました。」


「それはいいよ。ありがとう。」


「いいえ。」


「はぅっ。」


 突然辰蔵が大きく息を飲み込んだ音を出した。


「私は喋っている?本当の声が出ている?」


「喉にカナヘビのマークが出来てしまいましたけれど。その子はあなたの役に立ちたいって言うから。刺青みたいですけど構いませんよね。」


 僕はもう一度辰蔵の手を握り締めた。

 温かく脈打っている生きている手のひら。

 僕が記憶を失って彼に会いに来れなかったから、彼は血がつながらなくとも愛していた大事な息子を二人も失ってしまった。

 僕が薄情で彼に会いに来なかったから、都美子の息のかかった医師により、幼い孫の三人も内臓疾患に陥らせられている。

 彼の声を取り戻させたとしても、それは僕の自己満足でしかない。

 何も出来なかった僕のささやかな罪滅ぼしでしかない。


「せめて、せめて、記憶を取り戻した時すぐに会いに来ていれば、間に合った子がいたかもしれないのに。」


 僕は助けられなかった命に対して泣く事しかできなかった。

 三人の子供達はまだ五歳にもなっていない。

 彼らは数年もしないで確実に亡くなるのだ。

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