いざ、中に
しかし、楊が対峙するべき相手が一人だけではない。
久美には片割れの由貴という人間がいる。
由貴も間抜けな物言いと振る舞いをしながらも、久美と共に俺達の壁となっているのだ。
「え、うっそ。オコジョは俺らのものっしょ。かわちゃんたら何を言い出しているの。俺達がオコジョを大事に守るのは当たり前じゃない。大丈夫、俺達にオコジョを返して安心して帰って頂戴。」
そこで言葉を切った由貴は、今度は楊に上体を伸ばすようにして耳元に低い声で囁いた。
「さぁ、久々のオコジョと俺達の邂逅に水を差さないでくれるかな。」
大蛇の化身に巻き付かれた楊は、しかし、相好を崩さないまま無理矢理にも一歩踏み出した。
今まで彼らに無理強いをした者がいた事が無いのか、彼等は目を丸くしたまま簡単に楊に道を開けたのには俺こそが驚いた。
「あれ、どうしたの?クミちゃん。ユキちゃんも。ぴりぴりしているのもわかるよ。俺もね、ちびが狙われているのならばね、死にかけの人間の布団さえも剥ぎ取る気持ちなんだよ。君達もそうなんだろうってね。だったらさ、共闘しない?」
「そうだね。でもねぇ、ここは俺達の懐らっけねぇ。あんまりさぁ、引っ掻き回して欲しくねーんだわ。俺達は親友だろ。玄人は引き取るっけさ、ユキの言うとおりにさ、今日はかわちゃん達はここで帰ってくれねぇろっかね。」
「はは。ごめん、無理。」
「かわちゃん。」
「もう、いいから、とにかく家に入りましょうよ!ねぇ、痛くない?クロト、大丈夫?」
実は一色触発だったはずの楊と久美は、山口の空気を読まない恋人ぶりに冷めた目で山口を眺めた。
状況が台無しにされたにもかかわらず、由貴は軽く吹き出すとニヤつきながら俺にウィンクをしてきた。
そっくりで考え方も同じようでいて、由貴の方が久美よりも冷静で思慮深そうでもあると、俺は考えながら由貴にウィンクを返した。
「おい、ユキ。お前がどうして真っ赤になるんだ。」
「いや、だって。あんたがウィンクしてくるから。」
「お前がウィンクしてくるからだろうが。次は投げキッスにしてやろうか。」
「違うよ!頼むよって意味じゃないの。ちょっと立て込んでいて迷惑だから皆さんを連れて帰ってちょうだいよっていう。」
「じゃあ、もう一回ウィンクしようか。俺からは全員の収容をお願いしますってね。両目でしようか。おら、どっちがいい?やっぱりキスか?」
俺が由貴へと一歩踏み出すと、彼はバシっと音がするくらいに右腕を自分の口元に当てて自分の唇を隠した。
「やめて!」
「お前らは何をやってんだれ。」
「百目鬼もこの緊急事態に何をやってんの。」
いつの間にか同じような眉根を寄せた顔つきになった久美と楊が俺達を見返しており、耳まで真っ赤に染め上げた由貴が耐えきれなくなったか大きく声をあげた。
「もう!わかったよ、おいで!俺らのコンドミニアム?本宅の客間?どっちでいいの!」
「あ、ユキちゃんの裏切り者。」
「いいじゃない。もういいよ。いいじゃない。今はここから離れられないんだしさ。いいよ、警察の人も入れちゃおう。」
訳の分からないことを言い出した由貴に久美が舌打ちをすると、久美は俺達に入って来いと言う風に手招きをすると、踵を返して一人だけで屋敷の方へと歩きだしていってしまった。
「おい、ユキ。俺達はそれでどこに行けばいいんだ。コンドミニアムって、なんだ?」
「あぁ、俺らこの敷地内の客用別宅を貰っているのね。早坂の爺さん家滞在中は、俺らはそこで寝起きしているの。本宅の方にも客間あるけど、別宅の方が好きにできるだろうってさ。で、どうする。皆さんは大所帯すぎて俺らの所では狭いと思うけどね。」
「大丈夫。僕と良純さんと葉子さんと坂下さんは本宅に行くから。ねぇ、かわちゃんと淳平君は別宅でお願いできるかな。」
答えたのは玄人だった。
「ちょっと、ちび!」
「えぇ!僕も玄人の側がいい。」
玄人の振り分けに、本宅に入って捜査ができないと楊が抗議の声をあげたのだろう事はわかるが、山口は台詞から既に刑事としての自分もここに来た目的も忘れているようだ。
俺は大きく溜息をついた。
「それじゃあ、俺が別宅に行くよ。淳、クロはくれぐれも頼むな。」
山口は感謝と感激に打ち震えた笑顔で俺に応えたが、俺はアミーゴ達に本当の意味で玄人の安全の確保の手伝いをしてもらいたいし、実のところ、せっかくの早坂家と言う豪邸滞在を色々と楽しみたい気持ちであるのである。




