先に行けないヘリポート
ヘリで運ばれた先は山中に立つ洋館であった。
空から見える洋館は威風堂々と重厚で、森の中に急に現れた広い芝生の緑の中に建っている。
敷地内にはプールやゴルフ場、テニスコートがあるのが見て取れ、そして大きな駐車場が広がっている横にヘリポートまでもあるのだ。
駐車場には何台か乗り捨てのように適当に車が止まっているが、全部が全部、楊に言わせればプレミアのつく高級車ばかりだそうだ。
ヘリがゆっくりと屋敷の上空を旋回する中、ヘリコプターの窓から必死に眼下の高級車を記憶に残そうと頑張っている楊の横で、早坂を心配していた玄人までも心配も何もかも放り投げて屋敷に見惚れている。
否、思い出を懐かしんでいるのか。
「凄いな、この屋敷は。」
「明治時代に施工されて、設計はジョサイア・コンドルです。この屋敷は辰爺ちゃんどころか、早坂家の本拠地そのものなのです。」
ヘリポートには由貴が俺達を迎えようと待っていた。
彼は白波家特有の一重だが大きなアーモンド型の目をした、狐顔ではない公家顔の整った顔立ちだ。
長身の彼は今日は飛行服ではなくポロシャツにスラックスの普通の青年の服装をしているが、髪は白髪に近い金髪で、右耳はピアスでクリスマスツリー状態だ。
「ユキちゃん、待っていてくれたの!会いたかったよ。」
そう言ってヘリから飛び降りて由貴と邂逅を喜んでいるのは楊だ。
八月の青森の武本本家の法事の際に、楊は由貴達と玄人を引き摺って連れて行って以来の友人なのだ。
いや、単なる類友か?
「かわちゃーん。久しぶりー。会えて俺も嬉しいよ。」
たった二回目の邂逅のはずの二人は、親友どころか親族のようにバシバシ叩き合い抱き合って喜んでいるではないか。
「おう、着いたか。オコジョはどうらて?また怪我してんだって?」
新潟なまりが入る男が歩いてきた。
彼は由貴と双子のように似ているが髪は黒い。
黒いが着用しているTシャツが楊好みの悪趣味な奴で、下はジーンズにサンダルだった。
それもスーパーかホームセンターで数百円で売っているような、足の甲にバンドがある茶色の合皮の昔ながらの奴だ。
「あ、クミちゃん。それ、この間の渋谷ギガントギグの奴?俺も行っていたよ。」
彼は白波久美。
玄人の母方の祖父白波周吉の長男の長男だ。
つまり白波家跡取りって奴だが、白波酒造の東京支社で支社長をしている白波の若旦那は馬鹿旦那だった。
「え、うっそー。かわちゃんもメタラーらった?今度は一緒にライブに行かねぇ?」
「さっそく、十一月にあるライブはどう?ちっちゃなライブハウスだけどさ。」
「もしかして、こいつのワンマン?」
久美が自分のTシャツに印字してある参加バンド名の中の一つを指さすと、楊は変な叫び声をあげて喜び、その後は楊は彼とも「かわちゃん」「クミちゃん」呼びで盛り上がり始めたのである。
「勝利ほど馬鹿はいないと思っていたけど、世界は馬鹿で溢れていたのね。」
「あの二人はやんちゃで有名ですよ。」
楊に続いてヘリコプターから地面に降り立った俺の後ろで、葉子と坂下がクスクス笑いながら俺の後に続いてきた。
坂下は本部で課長をしている癖に、わざわざ葉子にくっ付いて参加してきたのだ。
玄人と葉子の安全を唱えていたが、島田のギガヨットクルーズで味を占めたに違いない。
豪華客船で三日も仕事を口実に遊び呆けたのだ。
甘い汁は何度でも吸いたい筈だ。
詐欺事件はどうした!と言いたい。
面倒になって完全に投げたな、部下に。
「もういいから。早くクロトを落ち着かせてあげてくださいよ!彼の左足には穴が開いているんですからね!」
一向に先へと動き出さない楊達に痺れを切らしたか、山口が母猫のように玄人を抱きしめながらヘリの中から彼等に叫んだのである。
「だれ?」
ぱっと冷静になった久美が、一族の長のような顔になって楊に簡潔に尋ね、楊はいつもの「かわちゃん」のまま肩を竦めて答えた。
「うん、俺の部下でちびの恋人。こいつがちびを守るからさ、俺達はお気らーくに趣味の音楽でも語り合おうよ。さぁ、そろそろ場所移動をしましょうか。百目鬼、坂ちゃんに葉子の順で行進をお願いしまーす。ちびは山口に抱っこ状態だから、うん、最後だね。」
「はは、かわちゃん。それは駄目だよ。滞在はオコジョと百目鬼さんだけだね。」
「えー、ユキちゃんたら。俺がお家に入れなければさ、最後尾のちびはヘリの中のままだよ、いいの?」
「よくないねぇ。うん。今回は駄目られ。かわちゃん。」
楊はにこやかな顔つきを崩さないまま一歩進み、しかし久美はそれ以上楊が進めないように固く強張らせて、動きを止めた楊を冷たい眼で見返した。
「あら、勝利って賢かったの?」
俺の後ろで感心したような声でもあるが酷い物言いを呟いたのは、楊のストーカーの筈の葉子であった。
彼女は楊が玄人よりも自分が先に降りて久美達と邂逅を喜んだ行動に、裏も何もない馬鹿行動でしかないと思っていたようだ。
楊は俺と玄人だけをこの屋敷に残す気持ちはさらさらなく、それどころか、捜査令状もない招かれざる客の自分が、俺達を狙う奴らを挙げようと考えているはずなのだ。
つまり、楊は刑事の矜持を持ってここまで来ていたわけであり、そこで彼はそれなりの威圧感、つまり、「ここから先は俺様のルール」を出して玄人を人質に敷地内へと警部として進もうとしているのだ。




