華麗なる遺産相続人?
俺の恋人は遺産相続人でもあった。
ハナフサグループという財閥の花房家の令嬢だった祖母を持つ彼は、祖母の繋がりで財界の要人達に孫同然に可愛がられている。
そこが問題である。
祖母の姉の夫である島田グループ総裁の島田正太郎の友人、早坂辰蔵が現在危篤状態なのだそうだが、その早坂が遺産相続人の一人に百目鬼玄人を指名しているのだ。
「どうして、クロト?」
「え、なんで、ちび?」
俺も楊も見舞いに来た松野の説明に脳みそが理解できなかった。
「説明してくれるんだろうな、クロ。」
地の底から響く声で子供を脅す百目鬼が睨む先には、当人の玄人が話しにならない様子で「おじいちゃんが死んじゃうの?」とポロポロ泣いているだけだった。
「葉子さん、おじいちゃんはどこの病院ですか?僕は会いに行かないと!」
ベッドから出ようとする玄人を俺が抑えた。
抱きかかえる格好となった事で、彼は少女のような体になったが、まだ完全に女性の体ではなくまだ俺の好きな硬さだと知った。
嬉しさが込み上げたそのまま、俺は彼をギュッと抱きしめて囁いた。
「待って、クロト。俺が連れて行ってあげるから落ち着いて。」
「淳平君、はやくいきたい。」
涙目の彼は俺を見返して、大きな眼で懇願してきた。
黒く長い睫毛で縁取られた大きな瞳は黒曜石のようにキラキラして、俺だけを見つめて俺だけに縋っているのだ。
「どこにだって連れて行ってあげる。」
イカせてもあげるよ、絶対に。
ドンっと怖い人が足を床に打ちつけた。
病衣姿であろうとこの人は怖い。
「おい。淳、ふざけているな。それで、クロ。さっさと事情を話せ。お前が安全じゃないなら見舞いに行った先で早坂もろとも殺されるぞ。」
「そうだよ。あの車がお前を狙った殺人なら、またお前が狙われるだろ。」
楊が慌てて当たり前のことを俺にも思い出させた。
そうだ、狙われているのだ。
あの車は遠隔操作の装置が付いていた。
百目鬼が車を急停止させなければ、二人を確実に爆破に巻き込むどころか確実に爆殺させていたはずなのだ。
「クロト、話してくれるかな。」
幼子のように泣くだけの玄人に代わり、口を開いたのは松野だった。
「早坂には娘一人に息子が七人いるの。大昔に一人、昨年二人息子を亡くしているから今は息子が四人ね。本物の孫だって十一人もいるのだから、遺産相続人だとしても玄人が貰うのは、一億か二億の、早坂にとってはお小遣い程度のもののはずよ。正太郎さんが言うには、玄人の不幸を聞いて遺言書に玄人の名前を書き加えたんじゃないかって。」
玄人は継母に個人財産を奪われた上に、鬱に追い込まれて命を狙われていた過去がある。
「それじゃあ、別にちびが殺される必要がないじゃん。」
楊の叫びに冷静な怖い声が応えた。
「その金を貰えると勝手に思い込んでいた奴がいたんだろ。俺達庶民には一生遊べる金じゃないか。」
一億じゃあ都内に一戸建を買ってお終いだよなぁ、と、百目鬼の貧乏臭い感性に心の中で突っ込みを入れた。
リアルじゃ怖いじゃないか。
「玄人を殺しても、その人にそのお金が行くわけないでしょ。」
松野の常識的な言葉に、怖い人が返した。
「それがわからない馬鹿だからこんな事を仕組んだんでしょうよ。」
俺達がどうして玄人が狙われるのかと悩む中、当の玄人は俺達に見切りをつけたか、従兄に電話を掛けていた。
「お願い、ユキちゃん。辰爺ちゃんに僕も会いたいの。うん、今怪我していて相模原第一病院。うん。いい?ごめんね。ユキちゃんもお爺ちゃんの側を離れたくないのに、ごめんね。ありがとう。」
「おい、ユキを呼び出してどうする気だ。」
怖い人が先程よりも一段と怖い声を出した。
玄人の従兄が来れば百目鬼は一人取り残される可能性もあるからだろうか。
玄人が呼び出したのは、玄人の母方の従兄である佐藤由貴で、パイロット派遣会社を経営する若き社長であり、彼自身航空免許を数多く所持している。
「ユキちゃんなら安全でしょ。ユキちゃんも辰爺ちゃんの相続人の一人です。辰爺ちゃんのお母さんが白波の人だから、白波の僕達をまるごと可愛がってくれる人で、僕達も辰爺ちゃんって。あぁ、記憶が戻ってからも全然会いにも行かずに。僕はなんてこと!」
玄人は再びさめざめと泣き始める。
「待て待て待て。それじゃあ呼んだら同じ相続人の由貴が危ないだろうが。」
流石の百目鬼が当たり前の指摘をした。
「あ。」
馬鹿な子からスマートフォンを取り上げて、百目鬼が由貴に動くなと事の説明をすると、楊と俺の警護の中、玄人と百目鬼を早坂の元に連れて行く事になった。
「私も行く!」
「僕のあんずちゃんは誰が世話をするの!」
「連れて行けばいいでしょう。このおバカ!」
松野の参加により、松野のヘリを使用して、だ。
このメンバーの中、ワクワクを隠せないのは乗り物大好き楊だけである。




