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己の存在を侵すものがあれば、すなわち攻撃すべし(馬10)  作者: 蔵前
九 お前は親になったんだろう?
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行ってまいります

 入院中どころか、玄人を車に乗せて世田谷に出発する今も、山口の姿がない。

 なんだあいつ。

 玄人が一番大事じゃなかったのかよ。


「大丈夫か?痛くはないか?」


 助手席の玄人の様子を伺うと、彼は顔をしかめているが、大丈夫だと、俺に頭を上下に振って答えた。


「後部座席の方が足には良いかな。おいで、後ろに移すから。」


 抱きかかえようとすると、俺の手を玄人がそっと右手で押さえた。


「大丈夫です。眠ってしまってはオコジョ達を使えません。」


「オコジョをどうしているんだ?」


「僕達を中心に半径百メートルの円を書くように飛ばしています。かわちゃんの話だと狙撃者の銃は競技用ライフルだそうですから、そのくらいであれば十分かなって。」


 俺は思わず空を見上げた。

 秋には程遠い空だが、この雲ひとつ無い青い空に白い小動物が飛び交っている想像は、緊張していた自分を少し和ませた。


 和ませた、か。

 そうだ俺は緊張して怯えているのだ。

 大事なわが子を失う恐怖に。


「淳平君はまた自分のせいだと落ち込んでいるのですね。」


 玄人の言葉に俺は現実に戻った。

 怒りも抱えて。


「なんだ、あいつ関係の襲撃だったのかよ。」


 罵倒しながら車に乗り込み、エンジンをふかした。

 駐車場には何もないと確認すると、山口への憤懣が溢れたのか、いつもよりも乱暴にサイドブレーキのバーを掴んだ。


「僕達を引き止めたから、僕が襲撃されたと考えているんです。彼は馬鹿だから。」


 ガシュっと車が止まった。

 俺は玄人の酷いセリフに、サイドブレーキを再びかけてしまったのだ。

 だが、それが俺達の命を助けた一瞬だった。


 ドドン!


 本来なら車が進んだだろうそこに、ワンボックスカーが突っ込んだ。

 そして俺達の車が無かったばかりに俺達の目の前を通り過ぎ、そのまま駐車している車に激突し、そのまま爆発して炎上したのである。

 車が急停車しなければ確実に死んでいた、確実なタイミング。


 呆然と見つめる中で、ワンボックスカーのガラス窓に人影が見えた。

 体中を火に巻かれてのたうち回る大小四つの人影だ。


「……なんてこった!生きた人がいる。」


 苦しみもだえる彼らは、俺の足が竦んで動けないがために、俺の目の前で完全に炎に巻かれて燃えていく。

 警察や消防に連絡するべきと頭でわかっていながら、それでも俺はハンドルから手も離せず、目の前の惨状をただ呆然と眺めているだけなのだ。


「お前のオコジョは無能か?」


「僕のオコジョは事をなした人を攻撃する迎撃ミサイルです。」


「迎撃ミサイルだったら、ミサイル落とせよ。」


「何を言っているんですか。向かってくるミサイルを打ち落とせる技術はまだ無いですよ。ほんのちょっとのズレでミサイルの進路は予測不能です。現存の迎撃ミサイルは攻撃を察知したらミサイルではなく攻撃国そのものを報復で攻撃するだけのものです。」


 理系関係なく面倒臭い系の人間だった、こいつは、そういえば。


「それで、迎撃ミサイルは報復に向かったのか。」


「向かうわけ無いじゃないですか。これはただの偶然なのですから。」


 偶然だって?

 既に煤で車窓が真っ黒に塗りつぶされて生存者など見えないが、もうもうと激しく燃え続けるこの燃え方はガソリンを積んでいたような燃え方じゃないか。


「もしかして、お前の銃撃も偶然かな。」


「そうですね。たぶん近所の人が銃の手入れしている最中に暴発してしまったのでしょうね。事が大きくなってしまって怯えて申告できないのかもしれません。」


 玄人の返答に俺は嫌気がさしてきた。

 死を引き寄せる偶然が重なった事実は何を導く?

 逃げ出せない寿命の終わりか?

 俺の子供が五十まで生きれないという予兆か?


「畜生。葉子の所に戻るぞ。楊の所でも良い。俺の判断は暫くは無しだ。クロ、お前はどっちがいい?」


 助手席に振り向いた時、そこには何もいなかった。


「玄人!」


「はい!」


 玄人の声で顔を上げると、そこは病室で、彼はベッドの中にいた。


「俺はお前のベッドに突っ伏して眠っていたのか?」


 青い顔の子供は何かに縋るように俺の顔を見つめている。どうした?


「どうしたんだ?」


 俺の子供は大きな目を見開いて、俺を見つめて、ただただ涙をぽろぽろと流すだけだ。

 涙を止めてあげようと俺は手を伸ばした。

 何てことだ!俺の手は血まみれじゃないか。


 体も?もしかして頭もか?

 病室の窓ガラスに自分の姿を確かめるべく振り返った。

 こんなに室内が暗いのならば外はもっと暗くなっているだろう、鏡の役目はするだろう。


「やめて!淳平君!君のせいじゃないよ!」


 ガラスに映っていたのは、血まみれの山口だった。


「お前の子供だ。助けておあげ。」


 聞き覚えのある声にハッとして目を見開いた俺の目は、天井を見ていた。

 松野邸の迎賓館の一室の天井。

 明るい室内に一瞬夢の続きかと思ったが、煌々と点く灯りを見ているうちに昨夜は倒れる様にして横になった自分を思いだし、現実だとほっとするよりもうんざりした。

 ため息をつきながら枕元に置いていたはずの腕時計に手を伸ばす。


「五時前か。俺はよく山で修行ができたよ。眠い。」


 俺の今日の予定は、朝の九時に玄人を迎えに病院へ行き、そのまま彼を連れて世田谷に帰るだけの筈だったと、サイドテーブルに置かれた小型の仏壇に視線を動かした。


「わかりました。これからもう一人の馬鹿な子供を助けに行きますよ。」


 たぶん玄人が襲撃されて、山口はそこで死ぬのだろう。

 今日の山口の予定として。

 俺はやれやれと言う風にベッドから身を起こして床に足を付くと、もう一度、今度は視線だけではなく体の向きを仏壇に向けてからお辞儀をした。


「今日の朝のお勤めは遅くなりそうです。未熟者ですいません。」

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