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己の存在を侵すものがあれば、すなわち攻撃すべし(馬10)  作者: 蔵前
八 仕方がないと言うしか無いのか?
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家宅捜査①

 ここが最初の地にして発端の場所だ。

 ブルーシートで目隠しをされた小手川家は、相模原東署の鑑識班が蜂の巣をつついた状態で立ち動いている。


 四年前の殺人の被害者が「北見順子」だと捜査をしなおせば、簡単に小手川家への家宅捜査が可能となった。

 北見順子は夫の暴力から母子寮に逃げ込むと、当時彼女の担当だった小手川裕二と愛人関係になった。そして、何も知らなかった淑子は彼らのせいで北見の夫の襲撃を受けて病院送りとなり、裕二は家族の保護を名目で川崎から相模原市へ住居を移し、妻ではなくそこに順子を妻として住まわせたのである。


 そして、退院した淑子が我が家のはずの新居に辿り着いてみれば、目の前で自分の服を着て自分と同じ髪型をして自分の振りをする女に遭遇し、彼女は言いようの無い恐怖を感じた事だろう。

 殺さないと自分と娘が殺される、と。


 警察は四年前の遺体を「北見順子」として、造形写真から暴力夫に本人確認をとり、最後の足取りが裕二により消えていることから、淑子ではなく裕二を容疑者として被疑者死亡のまま家宅捜査へ踏み切ったのだった。

 但し、暴力夫が「これは違う。」と叫んだことをいい事に、小手川淑子と夕那への暴行も証言させてその場で緊急逮捕をした。

 北見何某については、淑子と夕那、特に子供であった夕那への暴行の傷跡に今だ怒りをもっている担当刑事のいる川崎署に投げたので、これからしっかりと罪の償いをする事になるだろう。

 十四歳の少女の顔を壊してレイプまでしたのだからさせるべきだ。


「嫌になるよ。この家は死体だらけだ。」


 鼻に皺を寄せて吐き捨てるように言う楊の目は、庭で働く鑑識官の動きを追っていた。

 捜査令状を持った警察官が呼び鈴を鳴らすと、淑子は服に血がこびり付いたまま、空洞のような眼で玄関先に出てきた。

 そして開かれたドアからは、かなりの異臭が警察官達に襲いかかったのである。


 一番早い動きは髙だった。

 俺達を押し留めてさっと家内を見て回り、淑子を緊急逮捕して警察病院の方へ移送したのである。


「立会いにあの弁護士を呼ばなければいけませんね。」


 俺の言葉に髙は首を振った。


「弁護士先生はリビングで犬と一緒に眠っていたよ。」


 また、二階の子供部屋には愛犬家の女性が死んでいたそうだ。

 そうだ、という伝聞形なのは、俺は二階に立ち入り禁止だからである。

 情けない事に、上の現場を見た髙に俺は立入り禁止を厳命されたのだ。

 リビングルームの死体もかなりのものだったが、二階はどうしても駄目だと彼は俺を止めたのである。

 潰れるお前は邪魔だとまで言われれば、俺は臍を噛むしかない。


 さて、公園で亡くなっていたのが小手川夕那だったのは、目の前で母親が人を殺す場面を見て、あるいは一緒に殺されそうになったかで逃げ出したからであろう。

 夕那の代りに二階の夕那の部屋に転がされて遺体が所持していたモモリカドッグレスキューと書かれた身分証明書によると、殺された彼女に名前は阿川那智、まだ二十五歳の活動家だった。


 近隣の住人が阿川の住所氏名を知らなかったのは仕方が無い事だった。

 阿川は別の地域に住む愛犬家だったのだ。

 住所が確定して直ぐに、楊は水野と佐藤に阿川の自宅へ向かわせた。


「水野が阿川の部屋でぶっ倒れたそうだ。」


 髙が掘り起こされる庭を眺めていた俺達に向かってきた。

 二階での鑑識との作業は髙と葉山が担当してる。


「みっちゃんが倒れるって、何があったの?」


 髙に聞き返す楊の声は、少々どころかかなりの驚きを含んでいた。

 水野は元ヤンキーなのか気が強く喧嘩も強く、姉御肌の女性である。

 相棒の佐藤と怖いもの知らずの行動を取るが、いつでも自分の方が前に出て相棒を護ろうとする。

 そんな水野が倒れたって?


「事件から一週間以上は経っているでしょ。阿川が保護していた犬猫十五匹が共食いし合っていたそうだ。」


 髙がハァっとため息混じりに報告すると、小動物をこよなく愛する楊は顔を歪めた。

 俺だって想像して吐き気が込み上げてきたくらいなのだ。

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