新風は事態を打破するもの
僕は楊がやっぱり楊であるのだと思った。
リフレッシュ休暇(精神的にさらに疲れただけらしいが)から戻って来た彼は、精力的動き出したのだ。
管理者として、仕事の振り分け、が上手いだけなの知れないが、とにかく彼は彼の中で仕事を振り分け、その振り分けに部下以外も振り分けた。
僕はどうして楊の部署の長椅子に座っているのだろう。
「皆さん。事件が一杯相模原をより良くするために、出来る事を話し合いたいと思います。忌憚の無い意見をどうぞ!」
相模原東署の特定犯罪対策課の課長の楊は、「犯罪をなくそう!」と書かれたホワイトボードの前に立ち、部下達に現状打開の案を提案させようとしていた。
楊が精力的に現状打開をしようとしているのは、小手川淑子の従兄弟の弁護士によって捜査を妨害されていることからだろう。
小手川夕那と四年前のスーパー前で殺害された女性の事件について、いまや捜査も出来ないのだ。
いや、単なる坂下へのライバル心からかもしれない。
相模原は事件が一杯の中にはあるだろう、松野商事の詐欺は坂下によって解決の方向には進んでいるらしいのである。
坂下は良純和尚が提案したそのままに動いた。
詐欺そのものではなく詐欺指南をする組織があるとして内部を探り、金の流れを掴み、かつ、押さえるという方向だ。
現在、松野商事が法人監査を装い個人顧客の投資をストップさせおり、坂下が本部の警備課のテロ対策の知能犯罪係と刑事部の詐欺専門係でチームを作って潜入させ、水面下で詐欺グループを捜査中だとのことだ。
つまり坂下は自分の案件は無事に投げられた、と言う事だ。
そしてきっと解決すれば彼が持ち上げられるのであろう、さすがの坂下だ。
「そこ、ぼやっとしない。ちび、一般人として警察に望むことを言ってみろ。」
名指しされた。
訪問するたびに備品が増えるこの部屋は、初期の頃には既に奥の壁にくっ付けるようにただの黒ベンチが置かれていたが、今は病院の待合室の黒長椅子のような背もたれと座面にクッション性のあるものに交換されていた。
僕はなぜかそこに座らされて、楊達の会議を眺めさせられているのであるが、そもそも一般人の僕が、ここに置いておかれる意味がわからない。
良純和尚は「相模原に残れ。」という楊に抗議するのも疲れたか、僕を置いてどこかに行ってしまった。
僕は楊をじっと見つめて、今まさに僕が望むことを言った。
「僕達を解放してください。」
マジ帰りたい。
「馬鹿。お前、本当に、馬鹿。もっと捻りなさい。次、藤枝!」
楊に名指しされた豆狸は、癖なのか片腕で髪の毛を払いながら嫌々しく立った。
彼女は顔立ちは人形のようだという。
ようだというのは、キャバ嬢のように盛った明るい色の長い髪に囲まれた彼女の顔が、僕には狸顔にしか見えないのだ。
それは、僕には整形した人の整形後の顔がなぜだか見えないという性質による。
だから僕に見えている藤枝は、整形前の顔のまま、ということだ。
丸い輪郭に丸く大きいけれど離れた目が愛嬌を見せて輝いており、その目の周りを黒々とぐるっと丸くアイラインを引いている事はいただけないが、僕は実に好ましいと思ってもいる顔だ。
また、藤枝は殺された恋人の無念を晴らすために、整形したという凄い人だ。
つまり、刑事としてやり手だったりもするのだ。
「て、いうかさ。赤ん坊はどこに行ったの。」
「あ。」
特定犯罪対策課の面々が一斉に声を上げた。
そうだ、僕と山口が見通した映像では殺された女性はお腹が大きく、殺された時はお腹には子供はいなかった。
そして、僕達が見た映像では赤ん坊の行方は見えなかった。
いや、違う。
僕達は家の中は見通していなかったのだ。
僕達はゴンタの意識と記憶を通して小手川家を覗いただけにすぎない。
外犬には家の中の事が判るはずなどない。
「……まずは、四年前に産まれた赤ん坊の行方探しだな。」
髙が方針を決めると、楊が「えー。」といやそうな声をあげた。
それから僕をチラッと見た。
え?何?
「ちび。ズルしたいから、何か見通してみて。」
「無理ですよ。」
「どうして。」
嫌な事に楊と彼の部下達、合わせて九名全員が、一斉に僕を注視したのである。
「知人や血のつながった親族ならまだしも、赤ん坊なんて真っ新な人など僕は追えません。」
「追えないって、死体がどこにあるのかわかんないって事?」
「死んでいないから見えないんですよ。」
僕は死神ですから。
死者にしかアンテナが広がらない役立たずですいません。
おや、僕の思惑と違い、課の面々は一様にホッとした顔つきである。
「良かったよ。赤ちゃんは生きているんだね。」
山口の相棒の葉山が嬉しそうな顔で僕に返し、あぁそういうことかと、僕はとても嬉しい気持ちになった。
「それじゃあ、四年前の事件をやっぱり読み込んでもらおうか。」
髙は書類を持って僕の所に歩いてきた。
彼の後ろには、既に、憑いてきたものがいる。
僕はどうしてなのか訝った。




