全方向に裏切られていた男
「俺ってイソギンチャクに捕食されるエビ?もしくは蜘蛛に捕らわれたモンシロチョウだったの?って。どこを見回しても、俺の隠し撮り写真しかない部屋って、どうよ。壁どころか天井までも俺の何千枚の写真ばかりで、どの写真もコッチ見てない俺よ。仕事中や普段の俺を、一体誰が、どこで写していたっていうのよ。」
ブフッと俺達は一斉に吹き出し、山口が笑いでむせながらも右手を上げた。
「すんません。それ、俺が撮った写真も入っています。」
「何で!それで、どうして!最近まで梨々子と面識なかったはずでしょう。」
「最近知り合ってから写真が欲しいと強請られました。かわさんに内緒でって。」
「あげたんだ。」
胸を押さえながらよろよろと楊はソファに行き、ボフっ腰を沈めた。
ソファにいたゴンタは楊の到来に喜び、楊の肩に両前足を乗せると、ボフっと彼の頭に自分の頭を乗せた。
「良いじゃないですか、婚約者なのですから。おまけに彼女のオトーサンはキャリアで警察庁の警視長さんです。」
軽く答える山口は、笑いすぎて出た涙を左手の指先で拭っている。
「でも、気づかなかったよ。お前が俺の写真を撮っているの。」
大型犬を背負ったままの男は、裏切りに傷ついた声で寂しげに呟いた。
「金虫嬢が撮影音を消す機能を追加してくれましたので。」
「それ、見つかったらヤバイ奴じゃないの?」
迷惑行為防止条例とやらがこの世には存在する。
「通常時は普通に音が出ますよ。音を消す設定が出来るようになっただけですって。でも、これ、張り込みのターゲットの写真を気取られずに撮れるからいいですね。撮影回数の設定やらターゲット選択しておくと、カメラ向けただけで勝手に撮影しているんですよ。覗かれても画面はパズルゲーム画面ですし、いいですよ。」
「なんだよ!それ!」
楊は激高してゴンタを剥がして立ち上がると、突然いずこかに電話を掛け出した。
「あぁ、俺。今度の週末、葉子さん家に来れるか?お前に会いたい。……よし。」
右腕をガッツポーズにした楊は、ようやく嬉しそうなホクホクとした顔になると、スマートフォンを片付けた。
「かわちゃんもその機能を追加してもらうつもりなんだ。でも、そのためだけにここまで呼び出されるリリコが可哀相。受験生なのに。」
珍しく玄人が人間味のあるセリフを口にした。
梨々子と玄人は馬鹿者同士で仲が良いからだろうか。
だが、そんな玄人にお構いなしに、人情を捨てた鬼畜が叫んだ。
「うるさいよ!ちび。そんな事を言うお前には、その機能を授けるなって梨々子に言うからな。」
玄人は俺の顔をそっと見上げた。
俺はそっと人差し指を口元に持っていく。
楊にしっかりと見えるように。
「お前達、サイテー。」
既に俺達がご近所さんの梨々子から受け取っているはずだと気づかないお前が、馬鹿だ。
お前の寝姿はちゃんと彼女に俺が送ってやったからな。
警察官だったら、ちゃんと気づいておけよ。




