やってません!
「がっかりですよ。これからって時に淑子の従兄弟が出てくるなんて!」
神奈川県警本部に「小手川淑子を犯人扱い」したとの抗議がその弁護士によって為され、確実な証拠がなければ小手川に接触できなくなったと山口は愚痴る。
「まぁ、どうでもいいからよ。楊も帰ってきたし、そろそろ俺と玄人は家に帰りたいのだけどね。いいだろ。」
ソファに座る俺の横で、ゴンタをあやしている玄人もウンウンと頷いている。
しかし、楊と山口は同時にグリンと首を俺に回しただけでなく、「駄目!」と仲良くハモりやがったのだ。
「まだコッチにいてよ。」
立ち上がった楊が、哀願するような目を向けて俺達を引き止めるが、俺達にだって生活があるのだ。
「かわちゃん、俺は真っ当な坊主なんだよ。仏壇の世話や近所の檀家の相談もあるだろうが。それに、自宅をずっと留守にしておくと無用心だろ。」
真っ当な坊主の箇所で楊と山口が吹き出した。
覚えて置けよ山口と、山口を睨んだ視界の中で、楊は俺の神経がアラートを唱える屈託ない笑顔を俺に向けていた。
その上、楊は俺が反射的に殴りたくなる笑顔で、本気で殴りたくなる言葉を俺に言い放ったのである。
「あ、お前んちは俺が散々居座っていたから大丈夫。仏壇の世話は勿論、ご近所付き合いもしといてやったから安心しろ。」
「ちょっと待て。お前、俺の家を使っていただって?」
俺は思わず立ち上がり、山口の座る椅子に寄りかかるように立つ楊に向かった。
「良いじゃん。エアコン入って居心地良くなったし、お前んちって歩いて渋谷までいけるでしょう。」
軽く答える楊に対して、ライブ会場は渋谷だったと、俺が思い起こしした一瞬を楊は了承と受け取ったらしい。
テーブルの俺の作った浅漬けを摘んで上手そうに食いながら笑顔を俺に向けるが、俺は無表情で彼から俺の浅漬けを遠ざけた。
「あ、ひどい。」
「ひどいじゃねぇよ。お前、そのために俺をお前の家に追いやったのかよ。人ん家をラブホ代わりに使うとはこのクソ野郎が。ふざけやがって。」
俺の罵倒に山口はブっと笑い、俺の後ろからは「げぇ。」と玄人の声がして、俺の服に玄人がしがみ付いたのがわかった。
「どうした?」
玄人は涙目になって俺を見上げてきたが、チクショウ、胸になんか刺さってくるようなうるうるした瞳って奴だった。
「どうした!」
「僕の部屋が汚されました。」
そうだった。
こいつは性経験が全くなく、性成熟前に去勢された犬猫同然の生き物で、性欲が湧かない代わりに精神が成長できない潔癖の子供だった。
「僕、そんなことされた部屋じゃ、これから気持ち悪くて眠れません。」
面倒臭えな、と玄人を抱きしめて楊を睨む。
しかし彼は左手を大きく横に振っていた。
「ないって、ない。ちび、してないって。あそこだったら梨々子を自宅に置いて戻ってこれるだろ。百目鬼の所なら梨々子も襲撃して来れないしな。俺はいくら婚約者でも、十代の女の子に手は出せないよ。」
「お前、今回はライブよりも婚約者をヤリにいったんじゃなかったのかよ。枯れたのか?」
再びブフって山口は吹き出し、楊に頭を叩かれていた。
「ふざけんな。馬鹿!俺は今回も純粋にライブだけなの。」
「でも、ヤったんだろ。」
彼は婚約者が十八になった途端に「初体験」をせがまれて逃げ回っていた。
けれど、玄人が襲撃されて殺されかけた日に、とうとう彼は彼女に求められるまま一線を超えてしまったようなのである。
自分が原因で祖母が闖入者に人質にされる体験をして落ち込み怯える少女を宥めるためだったと彼は言い訳をし、裸で抱き合っただけだと今だに言い張っているのだが。
「パンツは履いていましたから、俺の貞操は守られていたんです。」
その時の彼の主張だが、十代の女性から貞操を守り抜いたと威張る三十代の男ってなんだろう。
大体、彼は健康な若い男性だ。
一線を越えていないとしても、魅力的な若い女性からいつまでも遠ざかっていられるものではない。
彼の婚約者である金虫梨々子嬢は、アーモンドアイが魅力的な、モデルのような長身の美女であるからだ。
楊は俺から目をそらし、ポツリと呟いた。
「俺はあいつの部屋に初めて入ったんだよ。」




