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なりかわりの女

「何それ?」


 ライブと十代の婚約者を散々楽しんだらしき男が、部下の報告を聞くなり素っ頓狂な声を上げ、そのまま自宅のダイニングの部下の座る隣の椅子に腰を下ろした。


「公園の死体が小手川夕那で、彼女が小手川家に文句を言っていた愛犬家?何それ。」


「俺だってわかりませんよ。意味がわかりませんよ!」


 楊に逆ギレして答えると、両手を上げて「もういやだぁ。」と山口は叫んだ。

 本当にこの相模原市は「もういやだぁ。」事件ばかりじゃないか。


 松野商事の詐欺事件に、謎の一家消失、そして、家主ともめていたと思われていた身元不明の死体は、その家の娘自身だった、と。


 そっちはただの凶悪な親子喧嘩だったのか?


「小手川淑子を任意同行で署に引っ張って行きまして、髙さんが遺体について事情聴取しましたら、もっとわけが分からなくなって。」


 尋問は髙と新人の加瀬かせ聖輝まさきが担当した。

 加瀬は目も鼻も口も大作りで整っているといえない顔の造作だが、人柄がいいからか好印象しか与えない。

 加瀬の様な他者に余計な気構えを起こさせない人間は、こういう場合の尋問官にはもってこいなのだという。


 小手川が過去に殺したと思われる身元不明の女性の殺人事件には、指紋や毛髪などの物的証拠が溢れていたが、身元不明の死体と彼女の接点が不明であれば動機を求める事も出来ずDNAの提出など不可能だ。

 また、状況証拠でしかないその証拠が自宅から盗まれたものだと彼女が言い逃れれば、追及はそれでおしまいにするしかなのである。

 反対に娘の殺害現場は、現場を荒らされてしまったがために、決め手の証拠となるものが無い。


 よって髙は過去の殺人を小手川に自白させることでその殺人事件の犯人として確定させ、その事件と類似事実による立証として二つの事件の解決を狙っていたのである。

 有名なカレー事件の犯人立証と同じ方法とも言えるだろう。


 そのための一歩でしかない自白を引き出すには、相手に悟られ警戒されたら上手くいかない。

 そこで山口は事件に感情移入しすぎているとの判断で、ミラー越しで観察する権利しか髙に与えられなかった模様である。

 最近玄人が口にする「いい所無し山口」だ。

 恋人をそんな呼び方するなんて、玄人は酷い奴だよな。


「これが公園で殺害された女性の遺体写真なのですが、お嬢さんに似ていると情報がありまして、これがお嬢さんですよね。」


 淑子はこれが娘のはずがないと大声で泣き叫んだというのだ。

 そして、「娘はあの女に騙された。」と「あの女を探して欲しい。」と言い募りながら、彼女は髙に縋りついた。

 尋問室で急に立ち上がって肩ごと腕を引っ張り縋りつく女性に、髙はいつものような顔で彼女に接していた。

 自由な方の腕で彼女を宥めるように優しく指先で彼女の手の甲をとんとんと叩き、「座りましょう。」と椅子に再び座らせた。


「探しようにも、あなたが教えてくれなくては探せないでしょう。あの女とは誰です?」


 椅子に座りなおした女は、遺体写真ではなく、夫の兄が語った夕那のブログからコピーした娘の画像の方を引き寄せて顔をなぞっている。

 彼女は肩を震わせ、ただ一心に娘の顔の線だけを繰り返しなぞり、目だけでなく鼻からも流れるものは全て流して慟哭しているのだ。


 髙はミラーに向かって「お茶」と口を動かした。

 ミラー裏で覗いていた山口は急いで紙コップにコーヒーを淹れて尋問室に戻り、戸口で加瀬にカップを渡すと、再び隣室に飛び込んだ。

 すると、ちょうどコーヒーを口に含んで落ち着いた様子の淑子が、あの女、と呟いたところである。


「あの女、とは?」


「あいつは、なりすましの女なんですよ。」


「なりすまし、ですか。」


 抑揚もつけずに、髙はただやさしく俊子の言葉尻を繰り返す。

 話し始めた犯人のリズムを壊さず、同調していると思わせながら次の言葉を引き出そうとしているのである。


「あいつは他人に成りすまして、他人の家庭を壊す女です。何度殺しても戻ってくる。」


「殺したのですか?」


 何事も無いように返す髙と違い、加瀬は一瞬目を見開いた。

 淑子は気を落ち着ける為か、再びコーヒーに口をつけた。

 そうして、大きく息を吐き、続けた。


「仕方ないでしょう。家庭を守るためです。夫を騙して私に成りすまして、私達から全てを奪おうとした女ですよ。」


「あなたに成りすましたのですか?」


「夫は娘の受験から自宅に戻ってこなくなって、ある日突然一人で引っ越したのです。私と娘が夫の引越し先を探して見つけたら、私達の家に「妻」だと私の名前で女が住んでいました。」


「それで、どうされました?」


 そうだ。ここからだ。山口はミラーに貼り付く様にして、淑子の次の言葉を待った。

 だが、その言葉は出てくることは無かった。

 闖入者の出現である。


「そこまでです。尋問でしたら私を通してからにしてください。」


「あなたは?」


「私は弁護士の田原浩一です。」


 弁護士という男は名刺を髙に渡すや、有無を言わさずに淑子を引っ張って署を出て行ってしまったというのである。

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