君は歩もうとしていたのに
この世に存在しなかった家族って、ありえるのだろうか。
個人ならば身を隠せる。
だが、家族だ。
痕跡のひとつ位残っているはずだろう?
あの小手川家に引っ越して来た家族は、間違いなく小手川家だった。
家族構成は、娘一人に妻と夫だけの三人家族。
夫の小手川裕二は三年前に心筋梗塞にてこの世を去っている。
過労死認定されて職場から見舞金という名目で、かなり纏まった金額が淑子の元に入ったという。
写真から確認すれば、裕二はあの少年を庭に埋めた男だ。
淑子が本当の妻のフリをしていたというのか。
「裕二はあの家に移った一年足らずで倒れて。可哀相な奴です。」
裕二の兄幸一は小手川一家を語りながらアルバムを差し出したが、そこには、あの小手川家の歴史しか残されていなかったのである。
妻淑子との結婚写真に、子供夕那の誕生、そして、彼女の中学校入学。
「ご覧下さい。この子は難関の中学に合格しましてね。そのすぐ後に強盗のせいで引き篭もるようになってしまって。それで引越しです。せっかくの中学にも通えず、家から出ることもできないなんて。まだ十七歳なのに。」
「強盗ですか?」
「ええ。強盗というよりも、裕二の仕事柄、保護した女性の夫に襲われた、が正しいですね。酷い有様で。淑子さんも夕那も相手を知らないどころか、まともに人物風体も証言できない有様で。そいつがまだのうのうとしているならば、許しておけませんよ。」
写真の中の少女は両親に囲まれて誇らしげに中央に立っていた。
標準よりも幼い感じの少女が受けた暴力を思うと山口は心が痛み、そして、母親に抱きしめられていた眼帯とマスクの少女の姿が思い浮かんだ。
大怪我を負った二人が辿り着いた先で、彼女達を守るべき夫であり父親であったはずの男が女を囲っていたのだ。
「可哀相に。家に押し入った強盗に殴られてね、片目が義眼なんです。口元も二回ほど形成手術してね。前歯なんて全部入れ歯だ。あれじゃあ、外に出たくても出れません。あの子は本当に家出なんてしたのでしょうか。」
「わかりません。淑子さんが夕那さんが家を飛び出したと証言されただけで。」
淑子が「家出」と言い張っているだけで、彼女からは捜索願も出ていない。
娘を余り心配していなさそうであった淑子の素振りを思い出し、山口はもう一度あの家に行くべきかと考え始めた。
娘が人殺しをしたのであれば、母親は必死で守り隠すものだろう。
「夕那さんの最近の写真はありませんか?」
口にして、山口は自分を罵った。
外見を壊されて人前に出れない少女が、写真などに写るはずはないだろうと。
「ありますよ。」
「え?あるのですか?」
幸一は少々やるせなさそうに笑いながらスマートフォンを山口に差し出し、山口はいぶかしく思いながらスマートフォンを受け取り、そこでかなり驚かされたのである。
そこにはアルバムの写真よりも大人びた少女が微笑んでいたのだ。
「怪我のあとなど。」
「画像修正です。顔面骨折で歪んだ目元と口元を直しています。あの子はその写真をブログに載せて、ネットの世界で現実では出来ない人付き合いをしているのです。」
「そうでしたか。」
山口は本来はこの美人とも言える顔に育つはずだった少女の不幸を考えながら顔を上げて、いつのまにか幸一の隣に座っていた姪の姿に息を呑んだ。
顔面がぽっかりと黒く塗りつぶされた姿でしかなかったが、それでも夕那であると山口には判り、そして彼女の着ているパーカーは、あの公園で撲殺されていた遺体が着ていたものだった。




