楊に呼び出され
俺の子供の恋人が犬を飼い始めたそうだ。
「全部お前のせいだ。」
勝手に俺を責める俺の親友は、俺を憎々し気に睨む。
彼は社会人らしく清潔感のある短い髪に整えてはいるのだが、頭部に古傷があるせいで所々で髪が思い思いにハネている。
その寝癖のような癖毛のせいで、彼が俺に与えたい威圧感など台無しだ。
まあ、威圧感を醸し出せたとしても、俺に奴の眼光が効く事なんてきっと一度だって起こり得ないことだろう。
いや、俺どころか彼が威圧できる人物がこの世にいなさそうだと俺は気が付き、偶には少しぐらいは彼の睨みにたじろいでやるべきなのかと一瞬悩んだ。
だが、俳優顔負けの整った甘い顔を持つという利点もあるのだから、他者に威圧感が出せないくらい大した問題では無いかもしれない。
彼がその印象的な彫の深い二重を人懐こく微笑ませれば、大抵の人間を魅了できる魅力があるはずなのだ。
はずなのだで予想形で終わるのは、どうも彼には自分の魅力の自覚が無くて、無駄にその微笑を振舞って回っているだけだからなのか、彼の周りはストーカーばかりだという現状による。
何しろ婚約者が小学生の頃から彼を慕い続ける十代のストーカーで、婚約者の祖母が彼の左遷先に豪邸を建ててまで引っ越して来たストーカーの女王様だ。
モデルのような美少女に惚れられた上に逆玉だと羨ましがられている彼であるが、彼の実際は蜘蛛の巣に囚われた蝶々の哀れさでしかない。
私生活ではそんな間抜けでもあるが、この楊勝利は俺と同い年という三十一歳の若造ながら神奈川県警の警部であり、そして、所轄ながら「特定犯罪対策課」という課の課長でもある。
さて、先程から話題となっている子供について。
三十一歳という年齢から想像できる男の子供ならば、幼稚園児か赤子だろうが、俺の子供は二十一歳で成人だ。
六月六日の朝六時に生まれたと言うふざけた誕生日で想像が付くオカルト系の人間で、オカルトらしく呪いによって姓名を変えなければ生命に関わる事態に遭遇したため、彼の相談役だった有能な俺が養子縁組という方法で呪い返しを思いついて実行しただけである。
もっと正直に言うと、俺が家族では無いからと親族達に死に掛けた彼から遠ざけられた事に対しての俺の純粋な仕返しであったのだが、災い転じて福となり、彼は俺の息子となった途端に命を永らえたのである。
大体、父方実家が飯綱使いの一族で、母方は白ヘビを奉る一族とは何だそれ。
そんな俺の子供の現在の名前は百目鬼玄人。
元は武本姓だった彼は武本物産の御曹司にして財閥の祖母を後ろ盾に持ち、母方の親戚が財界と繋がりの強い白波酒造の一族という、本人からは全く想像が付かない豪華絢爛さである。
けれども当の本人はというと、とても馬鹿で、不幸で、可愛いだけの生き物だ。
可愛いだけとは、百六十センチの華奢で小柄な体に乗る彼の顔が、人形のような美少女顔だということだ。
詳しく描写すると、顎がちょっととがった卵形の輪郭に小作りの綺麗な形の鼻に下唇が少しぷっくりとした形の良い唇がついていて、そしてその顔を華々しく凄い睫毛に縁取られた黒目勝ちの大きな両目が飾っているのだ。
不幸とは、名のある家特有の親族間結婚の繰り返しによるものか、彼は短命種であり、その上、XXYという染色体異常のために、最近上半身が女性化してしまったことだ。
だが、その「不幸」と「可愛い」が合体すると「最強の可愛い」になってしまうのか、町を歩けば行く先々で求愛される。
彼が「男だ。」と伝えても「かまわない。」と返され、襲われ誘拐されかける事もあるという面倒な身の上になってしまった。
世の中は狂ってやがる。
最後の馬鹿に関しては、本人を前にすれば誰もが納得するほどの馬鹿なので詳しくは言うまい。
いや、説明する方がいいのか?
俺が楊に呼び出されて愚痴を聞くはめになったのは、玄人の恋人である男が楊を困らせているらしいからなのだ。