死神になりたくない
葉子は僕になぜ霊視しないのかと尋ねた。
少々非難を含んだ声音だったのは、彼女が以前に検事であった事とは関係なく、被害者の無念を晴らしてやりたいと被害者に同情したからであろう。
彼女は誰よりも優しいのだ。
「霊視しましたよ。スーパーで亡くなっているのは小手川俶子さんです。でも、あの家に住んでいる方も小手川俶子さんです。違うって言えるものがありません。だから、あの、淳平君が頑張るしか無くて。」
「公園の子は?」
「見えません。いえ、どれだかわからない、が正しいのかな。スーパーの人は淳平君がファイルを読んでいたし、数年前で現場が落ちついているから遠隔霊視できましたが、公園については読み取れません。パニックの人達の残像が沢山あって。どれが誰の思念なのか僕にはわからないんです。」
葉子は、まあ、と言って口をつぐんだ。
重苦しい空気となって、僕は部屋の時計に目をやってしまった。
良純和尚はいつ戻って来るのであろうか。
「ところで、良純さんと由紀子さんは遅いですね。二人して僕を置いて行っちゃうのですもの。」
少しだけ空気が変わればいいと思いながら、いや、思い出したら二人が僕をのけ者にした事が酷いと抗議をしたくなったのだ。
由紀子は良純和尚の提案を聞くや、小躍りするほどの喜びだした。
「玄人をぎゃふんと言わせましょう。」
ぎゃふんって死語では?の言葉を吐いて、由紀子は良純和尚と連れ立って彼の物件へ消えてしまったのである。
僕が悪者ですか!
「そりゃあ、昨日けんもほろろに案を却下されればああなるでしょ。」
「僕はそんなに嫌な奴でしたか。」
「そんなことないけど、あなたは商売が絡むと鬼になるのね。利益損益をあっという間に計算しちゃうから吃驚したわ。」
「そんなの、……当たり前じゃないですか。」
僕は武本という船の守役であるのだから。
みんなと沈むと覚悟をしているが、沈むにしても、沈む場所ぐらいちゃんとこちらで選びたいとも考えている。
浅瀬で沈むなんて格好悪いじゃないか!
そんな所で武本という船を沈めたって、ご先祖様に罵られたくない!
「それじゃあ、そんなお利口さんのあなたに、この案件はどう見えるかしら。」
くすくす笑いの葉子が渡したそれは、単純な事業計画だった。
最初に大金を投資しなければいけないが、数年後には回収が出来るはずの手堅い企画書。
「これはどこから出たものなんですか?」
「企画書の内容よりもそっちが大事?」
僕の質問に彼女は意地悪そうな笑顔でおどけた。
「わかっていて僕に見せたのなら良いですけど、これは死人が出る案件ですよ。手堅そうで安心できますが、確実に詐欺じゃないですか。ターゲットが個人の一般顧客ですよね。騙されるのが余裕のない年齢も高い普通の人ですから、詐欺が発覚すれば絶望した自殺者が続出です。」
ガシャンと茶器が壊れる程の音を立たせて葉子は立ち上がり、立ち上がった葉子はいつもの無線ではなくスマートフォンでマツノグループの要人を数人と警察官の坂下までも呼び出したのである。
「そんなに慌てるのには訳があるのですか?」
女王様の顔に戻った葉子が、女王の威圧感を出して僕に答えた。
「ウチのグループのひとつの松野商事に持ち込まれた企画書よ。松野商事が間に入って新規顧客、もともとは松野商事の客を勧誘してマージンを貰うというものだけどね、顧客獲得に乗り出してかなりの数が見込めたところでこちらの担当者が自殺したのよ。」
遺書には「僕は死神になりたくない」と書かれていたそうだ。




