墓を暴く者
「それでゴンタが守っていたものって、何だったの?」
葉子は興味津々の顔を僕に向けた。
「本当の飼い主の思い出です。ゴンタの意識を通じてなので僕には死体に見えたけれど、本当に掘り返したらもう何も無いかもしれません。とにかく、ゴンタにとって亡くなった飼い主のよすがを守るため、彼は何度も捨てられたり追い払われてもあそこに戻っていったのです。」
僕がゴンタを撫でて「この子の飼い主の男の子が殺されている!」と叫ぶと、立ち竦んでいた山口はすっ飛んで来てダイゴを押しのけるや、引き出したゴンタを強く抱きしめた。
そして、僕の手を掴み、僕が読んだものを読み取ろうとし始めたのだ。
僕の手をぎゅっと掴む山口の左手の人差し指には、僕の贈ったホピ族の太陽モチーフの指輪が銀色に鈍く光る。僕が彼が贈ってくれた羽根モチーフのイアーカーフを外さないように、彼も常にその指輪をつけている。
彼の指から視線を上げて彼の顔に向けると、山口は泣いていた。
綺麗な猫の様な瞳から、次から次へと、涙をホトホトと流しているのだ。
涙を拭いてあげようと僕が思った時には遅かった。
良純和尚が箱から何枚も引き出したティッシュを、山口の左頬にそっと当てたのだ。
ビクッとした山口は驚いた顔で良純和尚を見上げ、そして、右頬も黙って拭いてくれる彼に為すがままで呆けていた。
「何を呆けているんだ。子供が泣いたら拭いてやるのが親だろうが。」
そして僕から手を離してしまった山口の手にティッシュを握らせて、良純和尚は台所に戻ってしまったのだ。彼は何事も無かったように料理を再開し、「クロ、手伝え!」と僕を叱る。あぁ、これが家族の団欒というものか。
僕が団欒に喜んでいるのと対照的に、良純和尚に呆然としたままの山口は馬鹿っぽくて可愛らしかった。
良純和尚が子供を心配するのは当たり前でしょうに。
いや、違うか。
彼は良純和尚の親の優しさに触れてこんらんしている所に、刑事の目が見つけてしまったものに気が付いて、さらに呆然となっていたのかもしれない。
だって、まるで刑事ドラマの警官のようにして叫びだすのだもの!
「凶器発見!」
僕と、良純和尚は物凄く珍しくだが、同時に大きくびくっと震えた。
だって、山口が指さして叫んだ凶器って、流しの籠に入っている肉たたきなのだもの。
「それで、山口君はその家の庭を掘っているの?」
「いいえ。犬の記憶を読んだなんて言えませんからね。家の登記簿から何からひっくり返して、あそこがゴンタの本当の家族の家だった事をまず証明するそうです。」
深夜、僕達は鈍亀で小手川家に行った。
良純和尚は車に残り、山口と僕は小手川家の前で手を繋いで立ったのだ。
ゴンタの散歩を装っていたものだからか、ダイゴはゴンタが僕に何かしないかと僕と山口の周りをうろうろして警戒していた。
そうして僕達は、家の歴史をゴンタを通して一緒に読み取ったのである。
引越しに喜ぶ家族。
小太りのマイホームパパにお腹の大きな女性。そして、母親の手を引いてエスコートをしている少年。彼の足元には耳の大きな仔犬がはしゃいで纏わりついていた。
「彼がゴンタの飼い主ですね。」
場面は変わり、家の前に少女を連れた女性が立つ。
なぜか彼女達は包帯だらけで暴行を受けた傷跡があり、顔中の青あざに浮腫んで腫れで痛々しい姿であった。
少女などは大きなマスクと眼帯で、顔の造型など判らないほどだ。
母親らしき女が少女を引き寄せて頭に頬ずりをしたが、その時の横顔に、山口は思い当たるところがあったようだ。
「彼女が小手川淑子だ。」
「髪型がお腹の大きかった女性とそっくりですね。」
彼女は呼び鈴も鳴らさずに少女とともに家屋内に入り、数分後に一人で出てきた。
手には銀色に鈍く輝く大きな肉たたきを持って。
「あっちはスーパーのある方向か?」
小手川の幻影は僕達をすり抜けて歩き去り、その彼女の背中に向かって山口が呟いた。
再び場面は変わる。
今と同じ夜だ。
父親が戻ってきて、しばらくすると彼は外に出て来た。
腕には小さな子供の体を抱いている。
彼は庭に穴を掘りだして、少年の亡骸をそこに埋めた。
泣きながら。
埋めた後は何度も何度も手を合わせた。
その父親の影も消えると、よろよろと子犬が戻ってきて、少年が埋められた場所でクンクンと臭いをかぎ何度か鳴き、そして、伏せて動かなくなった。
誰が植えたのか、少年の亡骸の上にはユーカリの木が大きくなってそよいでいた。
木の根元にはローズマリーにマリーゴールド。
虫よけにもなり、墓に添える花にもなるからだろうか。
「君は、墓を守っていたんだね。」
僕に撫でられゴンタはクウンと鳴き、尻尾を振った。
大きくもなく、ゆっくりと、小さく。
そうだ、と伝えるかのように。




