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己の存在を侵すものがあれば、すなわち攻撃すべし(馬10)  作者: 蔵前
四 誰にでも守りたいものがある
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ゴンタ

 僕が見守る中で車から颯爽と降り立った人物、僕の大事な恋人だ。

 彼の第一印象は、どこにでもいる、ひょろっと背が高いだけの普通の男である。

 けれど、本当の彼は猫の様な綺麗な瞳を持ち、線の細い美男子なのである。


 元公安のためか、スマイルマークのような表情を浮かべて、姿勢を悪くして常に一般人にカモフラージュして、その他大勢に埋没してしまうのである。

 そんな彼は僕を虜にしようとその仮面を外して、自分の魅力を前面に出して奮闘してくれるのである。

 でも僕が彼を好きになったのは、常に僕を優しく守ってくれる所と、直ぐに潰れてしまう駄目な所と、僕と同じ見えないものが見える所であるので、それは無駄な努力でしかないと言える。


 あぁ、そうだ。


 素になった時の子供のような笑顔も好きだ。


 でも、僕は綺麗なものなら何でも好きな人間であるため、綺麗な淳平君にチヤホヤされる事は一向にかまいませんけどね。


 車から降り立った山口はいつものように猫背に身を屈めてはおらず、そのせいですらっとした長身の体の線が際立っていた。

 しかし彼の長い足の脇に控える大きな耳が目立つ雑種犬の姿は貧相としか言いようがなかったが、外見と違って中身は鋼の様な強さと美しさを持っていた。


 その犬は脅えているどころか全神経を集中して、山口の安全を確保しようと身構えているのだ。


 聞いていた話から僕はもっと弱々しいボロボロの子を想像していたのだが、ゴンタは弱々しいどころか力強さや賢さを持っていたのである。


「良純さん、あれが噂のゴンタですね。聞いていたよりも強い子です。淳平君がいないと寂しくて鳴くような子では決して無いです。」


 気付けば隣に和尚が立っており、僕が覗くようにして同じように外を覗いたが、彼にはどうでもいいのかふんと鼻を鳴らすやさっと台所に戻ってしまった。

 そのしばらく後に山口がリビングに入ってきたが、彼は僕達がいることを知らなかったようで、僕達を驚いた顔で見回した後に固まった。


「え、どうして。」


「お帰りなさい。淳平君。」


 驚く山口の前に出て僕が出迎えると、山口は憧れのものを見たような表情を浮かべて、恐らくどころか確実にただいまを口にしようとして「た」の口元にしたまま、彼は続きを言えずに言葉を飲み込むしかなかった。


 ゴンタが僕に対して唸り声を上げたのだ。


「待て!ゴンタ!」


 山口は早い動きでゴンタを捕まえようと手を伸ばしたが、ゴンタは山口の手をすり抜けて、僕に襲いかかろうと飛び上がった。


 ドガッ!

 ギャウン!


 しかし、ゴンタが僕に到達する前に、一瞬で彼よりも大きな犬に突き飛ばされ、彼は床に体をしたたかに打ち付け、そして、その大きな犬の前足に押さえつけられた。

 犬神のダイゴと比べれば小柄でしかないが、ゴンタは一般的には大型の類になるので、大きな二頭の犬が目の前で大きくアクロバティックな動きをしたのは圧巻であった。


「さすが、ダイゴ。」


 僕の褒め言葉にダイゴは喜色満面でゴンタを押さえつけたままグイっと顎を上げ、僕はそんな彼の首筋に、彼の望むように腕を回して顔を擦り付けた。

 彼はボクサーのような顔付きで、全体がフォーン一色で顔だけが黒い配色の、とても大きくて力強い僕の犬神なのだ。そして彼の毛皮は艶やかな最高級の手触りで、僕は彼を撫でるのが大好きで、彼は僕に撫でさせるのが大好きだ。


「おい、淳。この犬を今のうちに綱に繋いで外かお前の部屋に入れておけ。」


 鬼の和尚である。

 当の飼い主の山口は僕の安全に気が落ち着いた様子ではあるが、良純和尚の言うゴンタの処置には納得がいかないようであった。


「山口君は自分とゴンタを重ねているって、勝利まさとしは心配しているの。」


 葉子が僕に言った言葉だ。

 山口はそんなにも孤独なのか。


「大丈夫ですよ。ダイゴがいるから僕をもう攻撃しないだろうし、彼は、女の人が嫌なのかな?女の人達に酷い目に遭わされて来たから。」


 ダイゴに押さえつけられ、ヒンヒンと鳴き出したゴンタを、僕はそっと撫でてみた。

 そして、見えた。

 見たくないものが。

 この子は本物の番犬であったのだ。

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