良純和尚と新車の話
あれは、良純和尚が乗り回している年代物のトラックが僕入りの状態で襲撃を受け、修理工場に出されることになった数日前の話だ。
彼は輸入車の販売店をみつけたので、冷やかし半分でその店に入ったのだという。
なんと、青森で篤円和尚の車を運転してからSVU車に興味が湧いたらしく、特に篤円和尚の車と同じメーカー車種に心が惹かれていたようなのだ。
彼は店員に車の説明を受けて試乗もし、実は購入する気分にもなって購入する場合のオプションを色々と組んでいたらしいのだが、あろうことか店内で大きな声が響いた。
「頼んでいたオプションが付いていないってどういうことだよ。」
「ですがお客様。ご注文書にはそのオプションは組まれておりませんので。」
「俺は言ったよ。そのオプションがついてなければ俺は引き取らないね。そっちのミスなんだからさ、契約時の金額でつけろよ。でなければ、ミスした謝罪に誠意を見せろ。」
「ですがお客様。オプションの確認をしながら契約書にサインを頂きましたよね。こちらではご契約時の金額のお支払いを頂いてお引渡しをするか、違約金をお支払いいただいてご契約を無かったことに。」
「違約金?なんだよ、ミスしといて俺に金を払わせるつもりかよ!」
良純和尚は目の前の担当者に「あいつの注文書の写しを持って来い。」と命令した。
単純にあの車の仕様書だけならば個人情報にあたらないだろ、という悪魔の囁きも一緒に。
あの素晴らしく怖い声だ。
そして僧衣姿の金払いの良さそうな上客だ。
担当者はすっ飛んで行き、注文書のコピーを持って帰って来た。
「お客様、これをどうなさるおつもりで。」
良純和尚はメフストフェレスの微笑を担当者に見せつけながら、彼が所望していた注文書のコピーを受け取った。
彼はそれに目を通し、そして、契約を持ちかけるのだ。
悪魔そのもののようにして。
「あそこの車があの客の車だろう。このオプション内容もあの車のグレードも、色も、俺の注文しようと思っていた通りだからな。あいつが引き取らないというならば俺が貰うからお前が俺にあれを売れ。そして、あそこの男には望みどおりの新しい注文をさせて納車まで代車でも与えておけ。次に騒いだら第三者の俺が証言者だ。そこもちゃんと奴に含んでおけよ。」
良純和尚の目の前の担当者は目を輝かせてその話に乗った。
「割引してくれたね。普通は五万しか割り引かない店がよ、十五万も引いたぜ。新車をその日のうちに手にいれられるなら、誰だって奪うだろう。まぁ、実際に乗れるまで色々手続きで数日掛かったけどな。トラックの事故の時には間に合って良かったよ。俺って本当に先見の明があるよなぁ。」
この人はどうしていつもどこかの王様みたいな買い物の仕方なのだろう。
僕は武勇伝を聞かされながらげっそりとそう考え、それでも、ホステスのように「すごーい。」と彼を褒めたたえた過去を思い出しながら、要塞としか言えないコンクリートの塊を僕は見上げたのであったと述懐した。
そう、僕が見上げたコンクリートの塊とは、良純和尚が楊宅の裏手になる土地に建造していた新車専用の要塞の様なガレージの事だ。
それにしても、どれだけこの人はあの新車を愛しているのだろう。
世田谷の自宅の「亡き俊明和尚の思い出」と彼が語っていた庭は、車を置く場所はコンクリで整地された上にルーフとセンサー付きサーチライトまで設置されて、彼の新車の定位置となっている。
狭い庭になったと、僕達のボケの木が嘆いているよ!
ちなみに庭のボケの木とは、百目鬼家ルールで家族が増えたら苗を植えていくというものだ。
現在庭には良純和尚を養子にした俊明和尚とその妻と良純和尚のものだという三本の大きなボケと、そして最近僕の木だと良純和尚に植えられた小さな一本のボケの苗がある。
バタン!
車のドアが閉まる音で僕は再びハッとしてガレージを見つめた。
僕が思い出しをしている間に、軽自動車はガレージの狭いスペースも問題もなく、上手に小回りをして駐車出来たようだった。
山口は何でも出来る完璧な人なのだと、僕の口元はにんまりした。
乗る車に拘らない、面倒くさくない人なんだな、とも。




