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己の存在を侵すものがあれば、すなわち攻撃すべし(馬10)  作者: 蔵前
四 誰にでも守りたいものがある
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狭いガレージと楊の車

 僕は現在の武本が出せる大体の金額を口にして、これ以上彼に武本の財産を奪われないように文鳥に気を奪われた振りをする事にした。

 僕よりも僕を良く知っている彼は、肩を震わせて良い声で笑っている。

 この鬼め。


 ちなみに文鳥ズは、桜と色変わりという珍しいクリームである。

 楊によって、黒鉄くろがねとミルクとそれぞれ名づけられた。

 クリーム文鳥が「ミルク」と可愛いいのは、たぶん可愛い外見からメスだと踏んだからだろう。


 だが、文鳥は人の思惑を外す天賦の才がある生物で、当たり前だが楊の思惑を外し、ミルクはオスであり、桜文鳥の黒鉄くろがねがメスだ。

 そして、ミルクは乙女に恋をして毎日彼女に歌を囀り、同種のオスに相手にされないメスの桜文鳥は楊にベタベタの甘えん坊に育った。


 握り文鳥を体験した者は、すべからく、全員が全員文鳥に魂を奪われる。

 よって、きっちり魂を奪われた楊は、名づけた名前がごつすぎると「てっちゃん」と彼女を呼びかえ、ベタベタの甘甘で可愛がっている模様だ。

 ワカケホンセイインコの「乙女」が僕にまでも甘えるのは、そんな事情があるからだろう。


「だがよ、その程度の話ならばね、別にわざわざ葉子を仲介してお前に会う必要は無いだろ。」


「はい。あの、裕也君の事で警戒しているみたいで。」


「ああ。また大事な息子が虐められたら困るものな。」


 長柄由紀子には息子が二人おり、長男は長柄運送で父親と一緒に働いているが、次男の裕也は由紀子の父の道楽で作った長柄警備の社長に納まっている。


 いや、いた、だ。


 僕が記憶喪失の時に、他の親族が遠くから僕を見守る中で裕也だけは抜け駆けしたからと、僕の従兄、それも白波家の悪たれな従兄達に酷い目にあわされた経緯があるのだ。

 彼等に警察に売られて拘置所暮らしなんて、酷いにも程がある。

 そのために社長職も解かれたと聞いている。


「おい、そろそろ鳥を片付けろ。そろそろじゅんが帰って来るから飯だ。」


 良純和尚は最近山口をじゅんと愛称で呼ぶ。

 彼が早い定年をしたら一緒に住む家族だからと、家族呼びをしているらしい。

 なのに、山口は知ってか知らずか、未だに「百目鬼さん」呼びだ。


 僕が鳥達を籠にしまって数分後に車の音がした。

 リビングの窓から覗くと、相模原東署で鈍亀と呼ばれている黒塗りの軽自動車が駐車しようとしていた。


 楊が葉山の為にマニュアル車を申請したら届けられたという、呪いの車である。

 なぜ呪いかは、葉山に言わせればターボが無意味なノロい車であり、楊に言わせれば何度本部に返品しても必ず相模原東署に戻って来る車だからである。


「とうとう淳平君も鈍亀の呪いを受けたんだね。」


 軽自動車の癖に装甲が重く、そのために馬力が出ない車は小回りが効かない。

 僕は楊の狭いガレージにちゃんと収まるのかと、鈍亀の姿にハラハラしてしまっていた。

 もともとは二台置けるスペースだったが、楊の家に引っ越しトラックが突撃したことで、緩衝となるプランター等を置くようになって狭くなっているのだ。


 さて、楊邸のガレージには、普段は楊の自家用車であるシルビアのS15が置いてある。

 シルビアS13が突撃者に壊される前から、シルビアはメーカーには生産されてはおらず中古車しか出回っていないという、保険料だけ高くなる車種であった。

 楊はそれで慰謝料を手に入れたのだから、別の新車でも選べばよいのだが、彼はなぜかシルビアに拘った。


「S13を失ったら15が目の前に降りて来たんだ。天啓だと思って買うだろ?」


 良純和尚は、楊のシルビアはライナスの毛布だから好きにさせておけ、と言っている。

 確かに、楊が昔自殺しかけた過去の事故を霊視してしまった僕には、楊が落ち着いて運転できるのならばどんな中古車でもいいと納得してしまったと思い出す。


 グルルルル。


 軽にしては重いエンジン音に僕は再びガレージに意識を集中した。

 山口が鈍亀を停めようとしているガレージは、今のところは狭いだけで空っぽだ。

 S15は楊が乗って出て行ったので無いのは当たり前だが、僕達が乗ってきた良純和尚の新車も置いてなどない。

 なぜならば、僕と良純和尚が乗ってきた外車は、この楊邸裏の駐車場にあるからだ。


「楊の家に置いたら、この可愛いイヴォークが私道で遊ぶ餓鬼に傷つけられるじゃねぇか。」


 鬼は目を細めて、ライトシルバーの車体を愛おしそうに軽く撫でた。

 この車を手にするはずの人間から鳶のようにして奪ったらしいので、戦利品としての愛情もひとしおなのだろう。

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