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不殺の魔術師 ~現冥境奇譚~  作者: 雪中乃白猫
第一章 北欧発の台風上陸
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第9話 後悔と 決断促す ゴミの島

暑中お見舞い申し上げます。


当作品は4,500~5,000文字前後で書かせて頂いておりますが、今回は短くなります。

「玄草……本気にならないと、死ぬよ?」


ノルドは無表情に言葉を発する。

その視線の先では、戦術結界に叩き付けられて倒れ伏す玄草が居た。


30m程先には、拳を振り貫いた体制の巨大な人形(ゴーレム)が居た。

その姿形はゴミが集まって固まっているだけの歪な物。

突き出された拳も玄草の5m手前を通過しただけなのだが、それが起こした風圧が洒落になっていない。

拳が当たった訳でもないのに、玄草が立っていた位置から遥か後方に吹き飛ばされたのだ。


ゴーレムの単眼(モノアイ)は紅光を放ち、玄草を見下ろしている。


天照は戦慄する。

この老婆(ノルド)の痩躯に秘められた魔力、その純度は人間が持っている物の中では高い。

自分が知る人間の中では最高位だろう。

そんな者が自分と血の繋がった孫に、容赦の無い一撃を振り貫いたのだ。


自分が下手を打てば、最悪の状況になる。

玄くんは怪我だけでは済まされないかもしれない。

同時に、自分も試されている……

どうすればいい?私は……




時は少し遡る。

「天照ちゃん、玄草の“感情封印”はどうなってる?」

新築ギルドのニスの匂いが残る筆記テーブルに寄り掛かり、その表情は、後悔と己の信念の間で揺れている様にも見えた。


ノルドの口元の笑みには自嘲の色がある。


膨大なる魔力を秘めて生まれた孫。

しかし、その力の方向性が不安定になったのは、娘と婿……玄草の両親の命が奪われた時だった。

理不尽に“人ならざる者”による暴力により大切な物を砕かれた幼子の怒りには、憎悪の黒い影が纏わり付いていたのである。


「玄草の“怒り”を封じたのが正しかったのか否か、判らなくなって来ているんだ……」

憎悪や嫉妬等による怒りの歪曲を恐れたノルドは、玄草の“怒り”を封じた。

それにより、玄草の精神は怒りを放つ方角を失った。

だが精神そのものが失われた訳ではない……行き場を失っただけである。

彼の胸部に刻まれた刻印は常に発赤し、時には出血している。

その傷口が開き、怒りの感情が関を切って噴出するのは最早時間の問題だ。


封印により歪め曲げられた“怒り”の矛先は……紛う事なく封印を施した自分であろう。

覚悟は出来ている。

だが、その覚悟すら上書きする“恐れ”があるのも事実。


「玄草に封じられていた“怒り”の感情は、私を滅した後に何処に向かうのかねぇ……」

「ノルド様、その答えは……誰にもわかりません」

例え神であっても、答えは出せない。


何故ならば、喜怒哀楽と言うものは、生ける者全てが持つ精神エネルギーの向かう方角。

更に虚栄・嫉妬・憎悪・悲嘆・強欲・貪食・淫蕩といった『大罪と呼ばれる物』は、全ての感情を放ち……或いは満足させる悪い方向と言える。

感情が放たれる方向が善なのか、悪なのか。

感情エネルギーを放つ本人ですら、善い方向をしっかりと意識していても外すときは外す。

最終的な善悪は、正に神の賽の目次第。

その出目が引き起こす悲劇など、幾らでもある。


怒りも放てなければ溜まる一方で、ノルドが感じている“恐れ”も間違いではない。

暴走すれば、方向性も何も無く無差別に放たれる。

当然の事だが、方向性を失った“感情”は玄草を蝕み、破壊するだろう。


「玄くんは、まだまだ若い……若いゆえに、多大なる可能性も、導く必要もあります」

天照は外見に見合わない言葉を発した。

玄草と比較しても幼く、少女と言った面立ちなのに。

熟し切らない青い果実と例うべき者が発するには、余りにも達観した言葉だった。


「はっ……老いぼれて居る暇は無いと?」

苦笑いで返すノルドに天照は微笑む。

「はい、隠居はまだ当分先ですよ、ノルド様」


大丈夫、玄くんはきっと両親の死を乗り越えてくれるはず。


「私は玄くんを信じます」




玄草と天照は、ノルドに指定された川崎市沖に建造中の人工島に来ていた。

鉄道が通っておらず、タクシーやバスでの乗り付けも不可能な場所だった為、ノルドが開いてくれた“転移門”を使用した。


そこは無駄に広い埋立地で、形状は擂鉢の様なコロッセオ……床面が整地されていればだが。

ゴミで埋め立てられた地面は足元が不安定で、油断をすれば転倒する。


「良く来たねぇ。天照ちゃん、玄草」

ノルドの声は張り上げられていないにも関わらず、玄草たちの耳に届く。

声の主が見当たらないと言う事は、音声伝達の魔法でも使っているのだろう。


「玄草……2年間、修行をサボって居なかったか見極めさせて貰うよ」

その声と同時に、足元のゴミが動き始める。

それらは出鱈目に動いて居るようだったが、集結すると高さ10mにもなる『人形』を形成する。


「アカデミーの泥人形(マッド・ゴーレム)とは比べ物にならない質量だから、潰されない様に戦うんだね……」


一見すると鈍重な巨大人形だが、攻撃体制に入ると玄草と天照の顔から血の気を奪った。

ゴーレムから放たれる拳や蹴りが、文字通り唸りを上げて襲い掛かって来るのだ。


「は……速い!」

「玄くん、見た目に惑わされないで!」

玄草は頷くと、防御結界を展開する。


ゴーレムの脚や拳が防御結界にヒットする度に、結界が軋み、皸が入るような不吉な音がする。


「結界の耐久度が急激に下がって……やばっ、2分が限界かと」

「それまでの間にゴーレムの弱点看破は可能?」


天照の問いに玄草は頭を振った。


「あの祖母ちゃんがセオリー通りのゴーレムを造ると思います?」

「あ~……確かに」

天照は苦笑いする。


通常のゴーレムであれば、関節を壊して動けなくして核を破壊すれば終わりだろう。

だが、鈍重である筈のゴーレムは素早く、一撃が重い。

その段階で完全にセオリーなんて無視。

アカデミーの戦闘訓練用マッド・ゴーレムとは比較出来ない脅威である。


当のゴーレムの執拗な攻撃は、止まることが無い。


「これじゃあ“黒い扉”の調査ですら危ういね……貴重な魔術師を死地に送り出すも同義だ」


ノルドの声を聞いた玄草の目から光が失われる。


何故ここで“黒い扉”の話になる?

胸骨の痣の辺りに灼熱した痛みを覚える。

何故祖母ちゃんの声と痣の痛みが同期する?

そこからドロリとした不快な何かが、脈動に合わせて溢れて来る感触があった。

それを拭い取ると、腐臭を放つ真っ黒な粘液が掌を汚す。

この黒い物は一体?


「うぅ……ぁぁああっ!!」


沸き上がる疑問と激しい痛みに呼吸がままならず、玄草は苦悶の叫びを上げた。


その時、ゴーレムの拳が防御結界を突き破り、それに巻き起こされた風圧により、玄草は為す術もなく吹き飛ばされる。

玄草は立っていた位置から遥か後方の戦術結界に叩き付けられ、倒れ伏した。




「やっぱり玄草の感情を封じたのは浅はかだったかねぇ……」

ノルドの深い溜息に混じるのは、胸を突く悔恨。


玄草の胸の刻印から溢れ出るのは“瘴気”と呼ばれるには余りにも濃く、悍ましい物。

ノルドはゴーレムの目を通じて見える光景に戦きを隠せないでいた。

溜められた怒りとは、ここまで変質するものなのか。


ーー済まない、美月、玄武……

あんた達の子供の怒りに“瘴気”を感じて、即座に封印をしたのは浅慮だったのかも知れない。


「玄草……済まなかったねぇ。そんなにも苦しんでいたのかい」

玄草の苦悶の叫びはノルドにも聞こえている。

目を背けたくても、耳を塞ぎたくても、その行為はノルドには許されない。

例えそれが出来たとしても、ノルドは自身にそれを許さない。


この件の原因は12年前の大災禍ではある……ノルドが玄草の感情に封印を施さなければ、この状況に至る事は無かったかも知れない。

だが、封じなければそれで別の恐れがあった。

幼子に秘められるには膨大過ぎる魔力。

精神が未熟な子供がそれを放出すれば、更なる惨事を招いただろう。


「だが、それも逃げの屁理屈さね……」

魔術師として、その選択はあってはならなかった。

魔力と精神をコントロールさせ、正しい方向に導く。

それを怠った罪は重い。


ノルドは静かに頭を振る。

その表情には哀しい笑みがあった。

「だったら責任は取らないとね……如何なる結果になろうとも」




天照が逡巡出来たのは僅かな時間だった。

倒れ伏した玄草を仰向けにして、ノルドが施した封印を見る。

そこから溢れ出したのは行き場を失い、嫉妬や憎悪と言う罪に塗れた精神エネルギー。

“怒り”の排出口が封じられていた為に、澱んでしまった『気』とも言えた。


……と言うことは、魔力と結び付く前に出してあげれば良いだけね。


魔術は、方向付けされた『気』を放出し、術者の望みを具現化する手法。

魔力は『気』と結び付いて、術者が望む現象を構築するエネルギーである。


「澱んだ気が魔力と結び付かなかったのは、玄くんの努力の結果なんだよね……」

天照の細く白い指が、ノルドが刻んだ刻印に触れる。

痛みを感じるのか、玄草の細い身体がビクリと痙攣する。

僅かに開かれた口からは、先ほどの様な苦悶の声は無い。

声が枯れてしまっているのか、不規則な荒い息遣いが聞こえるだけである。


天照の爪が玄草の胸骨を覆う皮膚にズブリと突き刺さる。

玄草の口からギリッと歯を食いしばる音がする……


「ᛋᛖᚾᛏᛁᚱᛖ ᚱᛖᚢᛗ, ᛈᚢᚱᛁᚠᛁᚲᚨᛏᚢᛗ ᛖᛏ ᚨᛞ ᛗᚨ- ᚱᛖᛞᛁ.

(罪に汚された気よ、浄化を受けてマナへと還れ。)」


天照の形の良い唇がルーンを詠唱する。


玄草の胸に穿たれた刺傷から血の代わりに噴き出すのは、コールタールの様な粘液。

飛び散ったそれは、ほんの一時だけ天照の皮膚を汚すが、即座に色を失う。

色を失った飛沫も、天照を濡らす事なく気化していく。


白蝋のようだった玄草の顔に血の気が戻る。


「術式は成功……後は玄くんの意識が戻るのを待つだけ……なんだけど」

血の気が戻った玄草とは対照的に、天照の顔からは血の気が引いていく。


「や……やばい事になるかも……」

お読みいただきありがとうございます(=^・^=)


次話公開は、7月19日火曜日、0時を予定しておりますが、酷暑による体調不良により投稿が遅れる場合があります。

何卒、ご了承下さい。


お楽しみいただければ幸いです。

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