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不殺の魔術師 ~現冥境奇譚~  作者: 雪中乃白猫
第一章 北欧発の台風上陸
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第7話 悪夢より 祖母が来たりて 大騒ぎ

「玄草!逃げろっ!!」

父の叫ぶ声が聞こえた。


父は何度か宙空に現れた捻れた木の枝の様な物にこぶしを打ち付ける。

だが、傷を受けるのは彼の拳自身。

先程までは角を持つ人を余裕で打ち倒していたのに、宙空の巨大な枝を折れないで居る。


巨大な枝は唸りを上げながらうねり、父を打ち据えていた。


「おとうさんっ!?」

幼いながらも、父の不利は判る。

視野が涙で潤み、声が震える。


ザンッ!!

強烈な風が吹き抜ける様な音がして、父の姿が見えなくなった。

父の居た場所には伸ばされた木の枝の様な物と、血煙が残っているのみ。


黒い木の枝は尚も捻れ、裂けて5本に分かれた。

あれは“枝”なんかじゃない……手であり、腕であった。

意思を持って術者たちを握り潰し、貫き、薙ぎ倒していく。


貴様等(キサマラ)ノ血デハ足リヌ……』


空が低い声で唸る。

その声は出鱈目にのたくっている腕の主であり、出所も宙空に開いた黒い穴なのだろう。


「玄草……逃げなさい」

ここに居ては危ない、と諭す母。

何かを覚悟したような彼女の表情は美しかった。

手を伸ばして俺の頬、髪とを撫でると、未練を断ち切る様にきびすを返す。


ーーいっちゃやだ!ーー

恐ろしい光景に、思いが声にならない。

ただ母を追い……外套(ローブ)の裾を掴もうとする小さな手が宙空でもがく。

美月(みづき)……」

制止しようとする俺と祖母(ばあちゃん)の声に振り返る事無く。


「母さん、玄草と鮎美のこと……頼みます」

そう言うと、母は水晶杖(クリスタル・ロッド)を構え、黒い腕へと向かっていく。


「ᛟᛏᚺᛁᚾᚢᛋ ᛗᚨᚷᚾᚢᛋ.

(偉大なるオーディンよ。)

ᛞᚨ ᛈᛟᛏᛖᛋᛏᚨᛏᛖᛗ ᛞᛖᛈᛖᛚᛚᛖᚾᛞᛁ ᛖᛟᛋ ᛢᚢᛁ ᛏᛖ ᛁᚾᚢᛁᛏᚨᚾᛏ ᚨᛞ ᛞᛖᛚᛖᚾᛞᚢᛗ ᛗᚢᚾᛞᚢᛗ!

(この世を滅びへと誘う者を打ち払う力を与え給え!)」


朗々たる詠唱と輝くルーンが、黒く歪んだ腕を捕らえる。

晴天から突如降り注ぐ稲妻が禍々しい手を貫く。

だが、その鈎爪は無情にも振り下ろされる。

母もまた血煙となって消え失せた。


うねりながら尚も迫り来る腕と大きく恐ろしく尖った鈎爪。

その掌には巨大な目が一つ。


『貴様ノ魂ヲ寄越セ!!』




俺は薄手の布団を跳ね飛ばしていた。

脈拍音が耳の奥で煩い。

呼吸も乱れる……


「また……あの夢……」


Tシャツが汗でジットリと肌に張り付き、気分が悪い。

今まで、何度となく見てきた悪夢だが、12年前の現実。

この頃はやけにハッキリとしたイメージで見るようになった気がする。


時計を見れば未だ5時前。

6時起きの俺には二度寝する余裕は無い。


仕方がないのでシャワーを浴びて不快な汗を流すことにする。


鎖骨の下……胸骨の辺りが激しく痛む。

俺は咳込んで荒く息をついた。


何回見たとも判らない悪夢。

あの夢を見た後はいつもそうだ……

成田の“慰霊の森”でも、やはり痛みに襲われた。


あの時に何も出来なかった悔しさと恐怖。

両親を消し去った“腕”への怒り……


痛む場所を鏡で映して見ると模様の様な痣がある。

最早見慣れた痣だが、いつからあるのか判らない。


模様に見える部分は魔方陣の様にも見える。

“見える”だけではなく、実際にそうなのだろう。

この痣の皮膚下が決まった条件で痛むのだから。

それは怒りの感情が沸き上がる時だ。

酷いときには呼吸困難を起こした事もある。


吠えると電流が流れる首輪を着けられた犬が、吠えられなくなるのと同じ。

いつの間にか“怒り”の感情表現が抜け落ちていた。



商業高校入学早々に上級生に白肌碧眼に難癖を付けられた時の事だ。

変な校則で縛られない校風であったにも関わらず、つまらない事で難癖を付けて来る。

“生意気”だの“気取っている”だのと。


『各務……お前は怒らなすぎだ』

高校に入ってから出来た友人、佐竹に言われた。


『怒らないんじゃない……怒れないんだ』

俺は曖昧な笑みを浮かべてそう答えていた。


「それでも、怒りの感情自体が消える訳じゃないんだよな……」

怒りが沸き上がっては苦しみ……この連続に更に苦痛を覚えている。


身体を拭いて制服に着替えてリビングに下りる。

期末考査も終わったので、資格試験に向けての勉強をする事も考えたのだが、髪の毛を乾かしているだけで通常の起床時間になってしまうのだ。


……キッチンで人の気配を感じる。


「おはよう御座います、天照さん」

「玄くん、おはよぉ♪今日は早いね」


天照さんは隣邸に引っ越しても、朝食とお弁当を作りにやって来てくれるのだった。

夕食は部活動が無い時は妹が作り、逆の時には天照さんが作ってくれる。


「今朝は夢見が悪くて……」

「大丈夫?……体調崩してない?」

体調やメンタルが天候に引きずられるのは良くある事だ。

梅雨明け手前の不順な気候に振り回されたのだろうか。




佐竹(さたけ)深山(みやま)さん、おはよう!」


「各務くん、おっは~」

「おはよう、各務」

ホームルーム10分前の教室は賑やかさを増して来ている。

こんなやり取りもあと数日。

夏休みが始まってしまえば、9月までお預けだ。


「あっちぃよな……こんだけ晴れてんなら、今日か明日に梅雨明けじゃね?」

「同感~~」


クーラーがガンガンに効いた京急逗子線を六浦駅で降りて、近隣駐輪場から学校までの自転車通学は、なかなかにハードだった。

額から滴る汗が洒落になってない。

首に掛けたスポーツタオルが何の役に立つのかと言うレベルだ。

汗が目に入らない様に拭う役割しか果たせていない。


教室の中に入っても灼熱地獄は続く。

クーラーも無く、窓から入る風と天井で回る扇風機だけが頼り。

下敷きを団扇(うちわ)代わりにして扇ぐ者も居れば、ドリンクをあおる者も居る。

運動部生徒は我慢大会だ……頼むから倒れてくれるなよ。


2年半前まで暮らしていたフィンランドは、気温が30℃超えの日数が年によってまちまちな国。

夏期に1ヶ月ある年もあれば、全く無い年もある。

だから冷房が一般的じゃない。


「クーラーが無いのか……地獄だな、そりゃ」

佐竹がゲンナリとした顔で言う。


「その辺りは、夏休みが短い日本と違う」

学生は6月から8月中旬までの2ヶ月半の休みの真っ最中。

企業で働く人も、この期間に4週間の夏期休暇が義務付けられている。

その間、湖や海に面したサマーコテージに行くのが一般的な避暑だ。


「うらやましい……」

話を聞いた深山さんが溜息をつく。

やっぱり、長い夏休みと言う物はうらやましいのか。


「結構住み辛いと思うけれどな……今の時期、夜が4時間ぐらいしか無いし」

何せ今のフィンランドは白夜の時期なのだ。

「夜が4時間?想像がつかないよ~」

「日が沈まないんだよ……一日の6分の5が昼間って感じで」

「遊び放題だな。ゲームとか、ゲームとか、ゲームとか……」

「いや、時計は普通にあるからね?余りに遅い時間だと怒られるから!」


今までの人生の半分以上あちらに居た俺としては、日本の夏は未だに斬新さを覚える。

春夏秋冬や、毎日に朝・昼・晩がある事自体が特殊な環境に思えて来るのだ。


「ねえねえねえ!」

3人で話している所に一人のショートカットの女子がスマホを持って割り込んで来た。

「おっはぁ~!どうしたの?澪っち」

深山さんが声に気付き、振り向いた。


「各務くん、ちょっといいかな……これ、見てくれる?」

俺の前にスマホが差し出された。

その画面にはニュースが映し出されていた。


『欧州魔術師ギルド、ノルド・リーフガルド=各務委員長 本日午後来日』


「ちょ……俺、聞いてないぞ」


「お前の祖母(ばあ)ちゃん、有名人だよな」

一緒に画面を覗き込んでいた佐竹が感心するように言い、深山さんも同意して頷く。


ニュースになるなんて、一体何をしに来るんだ……

一波乱起きそうな予感しか無い。


「はーい、ホームルーム始めまーす」


教室に入ってきた担任の声に会話が遮られた。


「各務、また後でな」

「おう、佐竹も深山さんも」

「またね~」


俺は自分の席へと着いた。




_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




柱時計が10時を告げる。

扉横の窓の『CLOSE』の掛札を『OPEN』に返す。

それと同時に扉が開き、カウベルがカランコロンと音を立てた。


「いらっしゃいませ、席へ御案内致します」


御辞儀をして顔を上げると、見慣れた笑顔があった。


「天照ちゃん、元気そうじゃないか」

古稀とは思えない肌艶。

お召しになられているスーツは上質な夏物だけれど、この暑さだと言うのに汗一つかいたご様子も見られない。


「の……ノルド様っ……!」

後から入ってくるお客様が居ないのが幸いだった。

私自身、このお客様を前に固まってしまって居たのだから。

欧州魔術師ギルドのノルド・リーフガルド=各務委員長……


「そ、その……魔術師ギルド設立の着手が遅れておりまして。申し訳ございません」

「ああ、その件なら心配しなくても大丈夫。その為に私が来たんだから」

そう仰りながら、私を優しくハグして下さる。


「ところで、どうやってここの営業時間をお知りに?」

「これさね……現在の魔術師はコレぐらい使いこなさなきゃ」

見せられたのはスマホであった。


「しかし、日本の夏は蒸すねぇ……アイスティー、お勧めの茶葉で入れて貰えるかい?」

「畏まりました」




_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




慌ただしい授業も終わり、下校時刻となる。

部活動に興じる事も無く、元町中華街駅に戻って来たのは17時45分。

ちょっと前の季節であれば真っ暗だった時刻だが、日本の夏も日照時間は長いようだ。

昼間程の明るさとは言えないが、まだ日は沈んでいない。


「ただいま戻りました」


返事は無い。

祖父さん、また店番を放っておいて地下工房に居るのか……

店のキャッシュカウンターには誰もおらず、ラジオが鳴っている。


『……次のニュースです。本日15時過ぎにノルド・リーフガルド=各務委員長が来日しました。

ノルド委員長は欧州魔術師ギルドの代表として、日本の魔術師の地位向上を促す事を目的とし、昨今国内を騒がせている“怪異”に対しての早急対応の体制を……』


まぁ、平日はお客さんも少ないし仕方がないのかも知れない。

誰も店番が居ないのも無用心だと思うのだが。


文句を呟きつつ人気(ひとけ)のあるリビングへと向かう。

「祖父さん。店番は大丈夫なんですか?」

「おう、玄草……お帰り」


リビングに居るのは、祖父さん……と、この姿、雰囲気。


「お祖母(ばあ)ちゃん……!」

何故、もう家に。まだまだ東京都内のはずじゃ……

「ご……ご無沙汰してます」

混乱状態の思考を落ち着かせて、改めて挨拶をした。


「本当にご無沙汰だよ。月に1度しか連絡寄越さないんだから、薄情だよねぇ」

いや、それはその……頻繁に祖母ちゃんと連絡取り合うって、男孫として……どうなのか、と。

俺の答えは、祖母ちゃんの一睨みで言葉に出来なくなる。


「アカデミーは全寮制とは言え同じ国内だったから心配も無かったさ。だが、こっちは異国だ」

祖母ちゃんの言もごもっとも。

異国に行った孫を心配しない祖母は居ないだろう。


「……とまぁ、説教はここまで。2年で随分と背が伸びたんじゃないかい?玄草」

「お蔭さまで」

「こういうのは、実際に会わないと判らないものさ……」

祖母ちゃんは俺の胸の高さで腕を回して来る。

ハグをしたいけれど背が届かない様だ。

2年前は祖母ちゃんが背伸びして届く位置に、俺の首があったのに。


俺は微笑んで祖母ちゃんの前に片膝を着く。


「やはり、2年は長くて短いな……」

祖母ちゃんが呟きながら俺の頭を抱きしめた。




「たっだいまぁ~」

玄関で元気な声が聞こえる。


「お帰り、鮎美」

「お祖母ちゃん!来てたんだ~!」

鮎美は制服姿のまま、祖母ちゃんの胸に飛び込んで行った。


「ところで、祖母ちゃん……政府との会合とかレセプションは?」

「ああ、その手の折衝が好きな影武者に頼んであるさ……私の来日目的はこっちだからね」

ぬかり無い、とばかりに祖母ちゃんは微笑んで見せる。

どうやら、各務家での一家団欒が優先順位1位だったようだ。


「あと3日は居る予定さ」

お読みいただきありがとうございます(=^・^=)


次話公開は、7月5日火曜日、0時です。

お楽しみいただければ幸いです。

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