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不殺の魔術師 ~現冥境奇譚~  作者: 雪中乃白猫
序章 黒衣の妖精が舞い降りた
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第6話 手続きに 頭悩ませ いざ開業

「いやぁ……あれだけあった“澱み”が綺麗サッパリと消えてますヨ」


インカローズのお隣りの空き店舗に、昼前の日差しが燦々と降り注いでいる。


驚いた声を上げるのは不動産会社社長改め、華僑ギルドの情報屋の劉さん。

細い目を刮目しているのは、驚いた猫を見ている様で楽しい。


「さすが、天照さん……欧州魔術師ギルドの精鋭ネ……」

「それは御内密に♪」

ここには私と翠閠さん、劉さんの3人だけしかいないので『内密』も何も無いのだけれど。


今日は玄くんと鮎美ちゃんは学校に。

平日で、インカローズも開店休業状態。

翠閠さんが付き添って下さって、昨日までの除霊の報告会となった。


翠閠さんや劉さんの御力添えを頂いたので、報告の責務があったのである。


「そうですか……成程、早苗さんの婚約者は飛行機事故で……」

沈痛な面持ちで翠閠さんが唸る。


「玄草さんの御慧眼にも恐れ入りますヨ。相原弥生さんの所から御遺書を見つけられるとはネ」


劉さんの仰る事も確かだ。

私だけでは、魔族を吹き飛ばし、早苗さんに強制退場頂いて……で終わらせていただろうから。

玄くんが居たからこそ、あの終わらせ方が出来た。

魔族の遺体と血溜まりの掃除程度、作業が増えた内には入らない。




「さてと、改めての契約書のお話ですネ。家賃は3割引……」

「半額でしたよね……?」

「そうそう、敷金が半額で……」

シバいたろか、このブサ猫……とばかりに睨みつけると、劉さんの額に冷や汗が光る。


「ははは……冗談ですヨ」


製本された契約書には敷金無料、家賃半額で記されていた。

備考欄のリフォーム自由などの項目もキッチリと埋まっている。

女性営業さんのお仕事……グッジョブ♪


各書類の説明が丁寧に成され、それぞれに署名していく。

貸主は劉さんの不動産会社の名前が記されたゴム印と社印。

保証人欄には翠閠さんの名前が記入され、印鑑が押される。

借主には私のサイン。


幾つの書類にそれを行っていただろう?

疲れを覚えてきた辺りで全ての書類に署名が終わる。


日本での賃貸契約と悪魔との契約を比較すると、圧倒的に楽なのは後者……とは誰の言葉だっけ?

確実性を増すなら前準備もあるけれど、悪魔との契約は血の一雫。

後は、事が成された後に命を持っていかれたりする事を除けば、その通りかも知れない。


この後の住民登録の届け出等やら、役所巡りを考えると目が回る……けれど。

玄くんの側に居られるなら苦労も苦痛じゃ無いわっ!


斯くして、私はインカローズの隣に居住権を得たのである。




賃貸契約が終わった週の土曜日の夕方。

鮎美ちゃんが腕によりをかけて作っていた料理が、各務家のリビングのテーブルに並んだ。

ホームパーティーの中華版といったところか。


青椒肉絲(チンジャオロース)(ピーマンと豚肉の炒め物)、東坡肉(トンポーロー)(豚の角煮)、乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)(エビのチリソース煮)、水餃子(シュイジャオ)……等々。

どれも手の込んだ絶品料理だ。


「鮎美、また料理の腕上げたな」

「うむ……これは旨い」

「えへへ、王さんに『下処理大事ヨ!』って言われたの。試して大正解だった~」

料理を誉められて上機嫌の鮎美ちゃん。

玄くんや翠閠さんの言う通りで、鮎美ちゃんの料理はお世辞抜きに美味しかった。


「美味しい……この美味しさを出す中学生って凄い……」

将来的には隣で簡単ながらも料理を出すつもりなので、危機感を覚える。


「お世辞でもうれしいです~、天照さん」


私も開業するまでに精進しなきゃなぁ。


「盛大にやってるみたいネ」

鮎美ちゃんの料理に舌鼓を打っていると、劉さんがやってきた。


「これ、奥さんから。持っていけ言われたネ」

「うわぁ、ありがとうございます!お料理、足りるか心配してたんですよぉ~」

手には料理の入った器……それを鮎美ちゃんに手渡す。


鮎美ちゃんの力作料理の皿は、もう底が見え始めていた。

皆、余りの美味しさに箸が止まらなかったのだ。


「じゃあ鮎美ちゃん、これ並べるのよろしくネ」

「はぁ~い!」


それから劉さんは、もう片手に抱えていた赤い箱から白い壺を取り出した。

2010年醸造……12年物のビンテージの塔牌紹興酒<フータオ>。


「これは……中国のお酒、美味しいヨ。天照さん、飲めるネ?」

「もちろんですともっ!」

ワイングラスを用意してもらい、それに琥珀色の紹興酒が注がれる。

カラメルの様な心地よい芳香が漂う。


「ん~っ!辛めだけど、思った以上に口当りが柔らかくて良い香り……飲みやすい!」


「私は、こちらで頂くとしましょう」

翠閠さんは、紹興酒を40度位に温めている。


「旨い……こちらもまろやかで。いいお酒を頂戴しました」

改めて、翠閠さんが劉さんに頭を下げた。


「いやいや、あの物件貸せて良かったネ。お荷物で悩みの種だったヨ」

劉さんが、口をへの字にしながら両手で困ったという仕草をする。

だが、すぐに満面の笑みになった。

「けど、天照さん、玄草くん……みんなのおかげ。ありがとうネ!」


劉さんの来訪から間もなくして

「翠閠さん、お隣りの借り手が付いたっテ?」

お土産屋を営んでるという、陳さん夫婦がやって来た。


「おぉ、陳さん。おかげさまで!」

「こちらの天照さんがオーナーですヨ」

「よろしくお願いいたします。天井天照と申します」

「お嬢ちゃんが借りたんだネ!こちらこそよろしくネ!」

元気な大きな声で言われて、思わず私はビックリ。


「うあぁ~。また人が増えちゃってる!」

料理を持ってきた鮎美ちゃんも、急激に各務家の人口密度が上昇した事に驚いていた。


「玄草君も鮎美ちゃんも、楽しくやってる?」

烏龍茶をお供に料理を黙々と食べてた玄くんも、突然声をかけられて身体を震わせた。


「はい、もちろんです」

笑顔で答える玄くん。


「じゃ、大人はこちらで飲みますかネ」

劉さんが、陳さんや翠閠さんを誘って、料理の一部とお酒を持って隣のテーブルに落ち着いた。


玄くんの目が恨めしげに紹興酒の壺とグラスを追っていたのは気の所為?

お酒の味に興味を持つ年齢よね……ゴメンね。


「はい、鮎美ちゃん。これ、みんなで食べてくださいネ」

「ありがとうございます!」

陳夫人が、にこやかな笑顔で料理の皿を差し出し、鮎美ちゃんが笑顔で受け取る。


「お兄ちゃん、天照さん。いっぱい御料理がきたから、いっぱい食べてね♪」

鮎美ちゃんも、どれから食べようか悩みながら小皿に料理を移している。


「ごめんくださぁい!」

また次々とお客さんが来る。

みんなが手土産でお酒や料理、御菓子を持って来てくれる。

……こうなると今日は私が料理する必要もないわね。


「インカローズの隣、店できるんだってぇ?」

「うちで食材とか飲み物卸すから、必要なら言ってネ♪」

「飲みに来たよ~!」

ご近所さん大集合で大騒ぎになってる。

外では、お客さんのお子さんたちが元気に遊んでいる。


「みんな、お腹すいたらごはん出すから来てね~!」

鮎美ちゃんが元気な大声で、子供たちに言った。


「「「おー姐姐(じぇじぇ)!!(はーい、お姉ちゃん!!)」」」

子供達から元気な返事が返ってくる。


「「请给我一些(くぃんげうぉいしぇ)!(ごはん、ちょうだい!)」」

美味しそうな料理の匂いに待ちきれない子も居る。


私は、リビングの窓から空を見上げた。

夕暮れの空が青紫から藍に色を変えて行く……


今日は賑やかな時間が、夜遅くまで続きそうだ。




あの大宴会から一ヶ月が経過した。


客席のテーブルセットにトロリーテーブル。

食器を納める大型のキッチンボードに、茶器を納めるカップボード。

客席の壁柱に鎮座する柱時計。

これらは翠閠さんのリペア製品で、細部に渡って修復されて丁寧な仕上げがされている。


白で統一された陶器のティーセットやドリンクジャグ、食器。

大きめの出窓には清楚なレースのティーカーテンや入口の床を彩るラグ。

出窓の棚を飾る北欧雑貨。

各テーブルの上には柔らかい光を投げかける間接照明……

こちらは玄くんのチョイス。


私が選んで店に置いた物は、茶葉と食材、用途に合わせて使う銀や木のカトラリーぐらいだ。


店の名前と営業時間、花と柱時計のモチーフを白木の板に刻んだ上でニス塗りされた、煉瓦外壁に似合う看板。

これは学校の中間考査を終えた玄くんが彫ってくれた物。


一つ一つの物が客席空間や厨房を埋めていく。

出来上がっていく……とても愛おしい空間。


「Flos conciderunt/時の花(ときのはな)」が開業できる状態になったのは、更に半月後。



開店日を翌日に控えた夕方、玄くんがやって来た。

お客様第一号として招かせて貰ったのだ。


「ここまで色々と大変だったでしょう?」

「ん~、確かに大変だったなぁ」

食品衛生責任者や乙種防火管理者の資格取得やら、保健所や消防署への届け出で忙しかったのは確か。

客席のレイアウトやテーブル等の搬入、設置は翠閠さんや玄くんが手伝ってくれたので大変さは感じなかったのだけれど。


私は厨房のオーブンから、カラクッコ(豚肉と野菜詰めパイ)を取り出した。

そしてスープカップに、冷製ヘルネケイット(えんどう豆のスープ)を注ぎ、細く生クリームを垂らす。


「懐かしいな……」

感慨深げに玄くんが言う。

彼にとって、2年ぶりのフィンランド料理。


食後のスイーツのコルヴァブースティ(シナモンロール)とコーヒーまで……ここまで来ると夕飯を家で食べられないだろう。


「ふうっ、美味しかったです」

満足そうに吐息を漏らす玄くん……その笑顔を見ればお世辞で無いのが判る。


「ご馳走さまでした……今度は学校の友達誘って来ますね」

「お待ちしてます♪」

「じゃあ、おやすみなさい」

玄くんの後ろ姿を見送りながら呟く。


「いよいよ明日……ね」



キッチンに備付けられた居抜きの厨房機器も、全く問題無かった。

トラブルが起こっていたのは、やっぱり早苗さんの悪戯だったのね。

全く問題が無かったのが少し寂しいな。

今後もコンロなどに火を入れる時、年老いても美しかった彼女を思い出してしまうだろうか。


気持ちが良いくらいに完食された、空の食器がテーブルに並んでいる。

そして、玄くんが置いていった私宛ての郵便物。

封蝋の施されたエアメール。

今時の手紙に封蝋を施す人物など、私の知り合いでは一人しか思い当たらない。


「ノルド様……」


ペーパーナイフで開封すると、この店の開店の祝辞……ただ、追伸に「魔術師ギルドの日本支部設立の進捗を報告のこと」の一言。


「……いけない、連絡入れなきゃ」

現在の時刻は午後8時になろうとしている。

サマータイム中のフィンランドは午後2時少し前……連絡するには調度良い時間だ。


私は2階の居室に上がってパソコンを立ち上げた。




翌朝、玄くんと鮎美ちゃんを学校に送り出した後、店舗に戻って開店準備を始めた。


先ずは今朝……開業祝いにと鮎美ちゃんから貰った小さなブーケを、小さな硝子の花瓶に活けキッチンカウンターの上に飾る。

店の入口は既に開店祝いの花が飾られ外壁を彩っているが、店内には花は飾っていなかった。

ミニひまわりのブーケが店内に夏の彩りを添えてくれる……元気な鮎美ちゃんを想像させる花だ。




柱時計の控え目な点鍾が10時を告げる。

「CLOSE」の札を裏返し、「OPEN」にする。




カランコロン……


優しいカウベルの音が来客を告げた。


私は笑顔で応える。


「いらっしゃいませ」








-序章 黒衣の妖精が舞い降りた 完-

お蔭さまで序章完了です♪

お読みいただきありがとうございます(=^・^=)


次話公開は、6月28日火曜日、0時です。

お楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] そっか!ここまでが序章だったんですね。本編はこれからですか!楽しみに待ってます。
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