第26話 戦場の 災禍外には 漏らされぬ <2>
この度は文字数が爆発しまして、とんでもなく長くなっています。
「Heeeeei hooooooo!!! (いぃぃぃ~やっほぉぉぉ!!!)」
女の子が降ってきた。
二本足を地面に向けて、ミサイルを思わせる速度で落ちてきていた。
その下では、老いも若きも、男性も女性も式神も問わず蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑っていた。
地上の者は誰も彼女を受け止めようとしなかった。
誰も彼等を責める事は出来ない。
彼女は、仰向けでふんわりとお姫様抱っこで受け止められるように降ってきた訳ではないのだ。
誰もが彼女の着地によって、戦闘結界にダメージが行くことを覚悟した。
中頭結界術師に至っては、自分の身に降りかかる不可避のダメージを覚悟し、せめて玄草にその煽りが行かない事を祈るしか出来ないでいた。
だが、覚悟していたダメージはいつまで待っても発生しなかった。
それどころか、空から降ってきた少女は、前方抱え込み3回宙返り(オリンピック体操競技のI難度技)で華麗に着地を決めていたのである。着地音も無く、完璧だった。
「決まった」
両腕をYの字の頭に広げ、両脚をピタリと揃えた姿勢で、天照は微笑んでいた。
だが、直ぐにその微笑みを消した天照は、本来の目的を思い出してキョロキョロと辺りを見渡す。
「噂をすれば影とは言いますが、まさか貴女の事を考えただけで“降って来る”とは」
「声に聞き覚えはあるけど、何処かでお会いしたかしら?」
「ノア・フラナガンです」
天照は少し驚いていた。
顔に傷痕を持つ青年にしか見えない男は、昨日未明に会っていた討伐部隊の隊長だった。
「目出し帽被って居なかったから誰かと思ったわ」
「ですよねぇ」
初対面が目出し帽姿だったのだ。
“目出し帽が本体”と言われないだけ良かったとノアは思う。
「各務魔術師をお探しですか」
ノアは、敢えて魔術師の階級を示す“無級”を外して玄草を示した。
天井天照は各務玄草を唯一の弟子としている。
ブラックカードの弟子を“無級”と称する事に抵抗を感じていないかと言われれば嘘である。
昨日の天照の“広範囲魔術無効”を体感した身として尚更だ。
唯一の弟子を“無級”などと呼ばれて不快に思わない師は居るまい。
それ以上にノアは、玄草を“無級”と称する事に別の抵抗を覚えていた。
中級魔術師6名、無登録の敵魔術師複数名の攻撃魔法ばかりではなく、師である天照の暴虐なる魔術、更にはフジヅカオワルの齎す苛烈な魔術の暴風。
これらを擬似空間に内包させて、現実界に影響を及ぼすまじと戦闘結界を維持し続ける各務玄草と言う青年。
果たして、これを成し遂げる玄草を“無級”などと称して良いのか。
ギルドが設けている階級基準と照らし合わせて考察しても、おかしな話だ。
(彼の戦闘結界だけを取って見ても、俺が“上級魔術師”と名乗るのは烏滸がましいにも程がある)
ノアは自嘲的な笑みを浮かべて頭を振った。
罪を犯した者の生命を奪い、それを善しとしてきただけの俺が上級魔術師等と名乗ってはならない。
「それでも、貴方は相手に今際の苦しみを与えなかったのでは無くて?」
他者が聞いていたら、何の脈絡も無い言葉だっただろう。
だが“死”を連想させる天照の言葉を聴いている者が居たならば、恐怖していたかも知れない。
(思考を読まれてしまったか。彼女に何処まで知られただろう)
幸いにして天照の声は小さく、聴いていたのはノアだけだったようだ。
「難しいのよ? 相手を苦しめずに一思いに殺すのってね」
ノアは天照の微笑みに戦慄を禁じ得ない。
昨日に感じた寒気立つ感覚と同じ物だ。
「今際の苦しみこそ罪人への罰、と考えてしまう私には特にね」
彼女の隣に死神の大鎌を見てしまった様な錯覚を覚えていた。
「……って、玄くん、どこぉ?」
天照は、迷子になった仔犬を探してべそをかく少女の様な声を上げた。
その直前まで発していた声や雰囲気とは全くの別物だ。
「フラナガンさん、こちらです!」
玄草を探している事に気付いたのか、美津濃医療魔術師が手を上げて応えた。
「まだ各務さんには無理させてはいけないので、こちらに」
美津濃医療魔術師の隣では、呆けた顔をした玄草が座り込んで居た。
160cm台の身長の美女が、180cm台の青年を一人で運んできただけでも驚きである。
玄草の表情を窺う限り、引き擦られたと言った運ばれ方では無いようだ。
どちらかといえば、担ぎ上げられてか、腕一本で吊られてと言った感じだった。
「無理させちゃいけないって、何があったの?」
「ええとですね、まずは左側の第11、12肋骨骨折。12に関しては解放で皮膚表面にまで貫通した痕跡がありました。それとは別に、戦闘結界使用に於ける間接ダメージによるショック症状がありました」
美津濃の答に、天照の顔から血の気が引いていく。
擬似空間内に撒き散らされたダメージを玄草が引き受けてしまったと言うことだ。
「それって、私が暴走しちゃったせい?」
「タイミング的にはそうですが、天照さんの所為じゃありません。自分がシールドを張り損なったから」
呆けていた玄草が正気を取り戻し、天照を弁護する。
「あのぉ、天照師の魔術が直撃していたら、肋骨骨折ぐらいじゃ済まないかとぉ」
美津濃の言葉は弁護になっているか良く解らなかった。
だが、過去に天照の魔術の洗礼を受けた事があるかの様な発言である。
「多分ですが、天照師の魔術の煽りを受けてしまった形だったのでは、と思いますぅ」
美津濃は自信なさ気に、それでも自身の考察を述べた。
「美津濃医療魔術師、天井特級魔術師と面識が?」
美津濃の“天照師”と言う呼び方を不思議に思ったノアが尋ねる。
ブラックカードの天照は等級を持たない。
上級魔術師を超えた存在である為に“特級”と称される。
そう称される魔術師は、ギルドに在籍する者の中でも本当に極僅かだ。
「あ、はい。学院での実習担当教官が天照師だったのです」
ノアと小声で話す美津濃に、天照は後から軽くハグをした。
「柚子樹ちゃんね? 玄くんの治療してくれたのは」
「お久しぶりです。覚えていて下さって光栄です、天照先生」
「透過視で診ても完璧な施術よ。本当にありがとう」
玄草が送ってきた悲鳴にも似た念は、施術中の不快感に因る物だった様だ。
幾ら局部麻痺を施したとしても、無痛であっても体内の骨を無理矢理動かされる感触までは取り去れない。
だが、戦闘結界の存在を考えれば、意識を失わせる麻酔などの痛覚遮断は使えなかったと言う事か。
「玄くんも良く耐えたわねぇ」
「傷痕は失敗の反省の為に残すんだ、って言える余裕をお持ちでしたよ?」
男の子ですねぇ、と美津濃は笑う。
“生傷は男の勲章”と言い出さないだけマシか、と天照も溜息混じりに笑った。
戦闘結界内に銃声が響き、見える範囲に居た魔術師が全員動きを止めた。
少し遅れて玄草の左頬にピシリと血の筋が走る。
「各務魔術師! 撃たれたのかっ!?」
ノアは玄草が負傷する瞬間を目の当たりにして鋭い声を上げ、天照が殺気を抑えようともせずに臨戦体制に入った。
「違います、跳弾を受けたみたいです。避け切れませんでした」
筋状の傷から溢れる血液を手の甲で拭おうとする玄草を押し止め、美津濃が消毒綿で傷を押さえた。
薬が染みたのか、玄草の顔が痛そうに歪む。
「もう見てらんないっ!」
天照は怒りとも悲しみともつかない声を上げ、玄草の戦闘結界を包み込むように、新たな戦闘結界を展開した。
「全く、無茶ばっかりして……」
口調とは裏腹に、玄草を見つめる天照の視線は優しかった。
跳弾を受けてしまった玄草の頬には、美津濃によって大きなガーゼが貼られていた。
「ここまでされると大袈裟な気がするんですけど」
「まぁ我慢することだ。銃創ってのは、かすり傷だけでなく、熱傷も同時に受けている事が多いからな」
顔に傷痕遺さないように美津濃医療魔術師の治療を後からでも受けろ、とノアは言う。
玄草が跳弾を受けた直後の天照が発した殺気を考えると、放置するのは賢明では無い。
「さてと、各務魔術師が動けるようになった所で、我々も移動しないとな」
ノアが周囲を見渡しながら言った。
“敵魔術師と式神群を無力化。捕縛応援を求む”
左翼側前線に居た忍者の報告により、魔術師達の行動が次の段階へ移行した。
自分達がここですべき事……各務魔術師の救援と応急治療は完了したのだ。
「手の空いているメンバーは左翼の捕縛作業に参加してくれ」
テキパキと指示を出せるのはさすがは場数を踏んで来ただけのことはある。
「では、我々が護衛につこう」
「済まない。宜しく頼む」
与一の言葉にノアが軽く頭を下げた。
与一と忍者群が近付くと、ギルド魔術師達とともに転移魔法で巴の居る場所へと消えた。
「各務魔術師、天井特級魔術師。貴方達はどうする? 俺は貴方達に対して命令する権限を持ち合わせて居ない」
ノアは、玄草と天照の表情を見た。
「藤塚君の救出に向かいます」
玄草は迷い無く答えた。
「フジヅカオワルの救出か……Revengerの捕縛もある。美津濃医療魔術師と共に同行して構わないか?」
「有り難う御座います。彼が怪我をしている可能性は大いにあるので助かります」
玄草の"心底安心した"と言った感じには、ヤンチャな弟を心配する兄の様な雰囲気があった。
「ここまでやったことは褒めてやる。だが、死ぬのはお前だっ!」
男はそう言って、高く片手を掲げて少年に向けて魔術を放つと、物陰に身を隠して銃を撃った。
放たれた術は少年に命中し、少年は声が封じられた。
銃弾が少年の顔や胸といった部分に命中していく。
男が持つ拳銃から放たれる銃弾は、正確に狙った箇所に命中している。
だが、少年に穿たれたはずの銃創からは、血が噴き出す事はない。
その代わりに、少年の後方の護符が、赤く光りながら焼け崩れていく。
(馬鹿な!!!)
男は目を見開いた。
「命中したはずだぞっ!」
恐怖で張り付いた声帯が、壮年の物とは思えぬ皺枯れた音を絞り出す。
安全な距離を保ち、銃と魔法で攻撃している自分が優勢なはずだ。
なのに、どれだけ銃弾が少年に命中しても、傷一つ付いている様子は無い。
緊張と恐怖で男にはそこまで観察する余裕などなかった。
初めて味わう恐怖に、男の汗は止まらず、呼吸も荒くなるばかりだ。
「あのガキには銃も効かないのか!」
(魔法も銃も通じない……後には、何が残る?)
唐突に少年の前に紅い魔法陣が出現する。
間髪を置かず、男の足元から“炎柱”が噴き出した。
「ぐあぁっ!」
男は苦悶の声を上げる。
回避したり防御魔法を唱えるタイミングも無い。
いきなりの攻撃魔法には手も足も出せなかった。
男=アディソンの声は、目の前で聞かされたかのようにリアルだ。
美津濃はこみ上げてくる吐き気に口を押えた。
(生きながらの火葬なんざ、確かに気分の良い光景じゃないよな)
中継視で現場の光景を映し出していたノアも渋い顔をしているが、それだけだ。
討伐部隊隊長として、もっと凄惨な現場を築き上げ、見て来たのだろう。
現場はノア達4名が居る場所から50m強程の距離にあり、そこでは終がアディソンと対峙している。
地面には直径40m程、深さも相当にあるクレーターが出来ており、それが彼等の行く手を阻んでいた。
肉眼では彼等の様子を窺うことは難しい距離だ。それ故にノアは"中継視"を使っている。
距離のある現場からタンパク質の焦げる嫌な臭いが漂ってきた。
それには血の臭気も入り混じっている。
「対岸じゃ正気を保つのが難しいくらい"濃い臭い"でしょうけどね」
そう言いながらも、天照は顔色を変えていない。
その様子にノアは驚くが、少女然とした天照の見た目に騙されてはならないと頭を振る。
対照的なのが、青い顔をしながらも戦況把握の魔術で現場の把握に務めている玄草だ。
「先程から、藤塚君にシールドを飛ばしているんですけど、何かに阻害されています」
「状態異常の"魔術無効化"を掛けられているのか」
ノアの言葉に玄草は首を傾げてから頭を振る。
「じゃあ、先程、藤塚君が発動させた“炎柱”は何なんでしょうか。魔法陣が展開されて即座に発動しました」
「おいおい、俺でさえ無詠唱は簡単な魔術しか展開できない。声を封じられたら、大概の魔術が使えなくなるってのに」
それが彼等の使用する魔術の普通である。
複雑な魔術の展開を"無詠唱"に近い形で展開するとなれば、魔法陣に刻む言葉でフォローを入れなければ不可能であり、それらを記憶してイメージで再現出来なければ発動は不可能。
下手をすれば暴発の可能性もあり、そのリスクを冒す者は上級魔術師でも居ないと言える。
だが、藤塚終がアディソンに放った“炎柱”は、攻撃魔法の中では簡易的ではあれど、簡単に無詠唱で唱えられる物ではない。
「まずは状態異常から回復させるべきね。万が一にも終くんが怪我していたら、遠隔治療が届かないもの」
天照はそう言うと、フィンガースナップでパチンと鋭い音を出す。
その一挙動だけで、彼女の右手人差し指の先に“状態異常回復”魔法陣が出現し、それは収束して赤い光弾となった。
「ば~んっ!」
彼女の可愛らしい声と共に光弾は放たれ、狙い誤る事無く50m以上先にあるアディソンが施した魔術無効化の術式に着弾した。
「サイレントを使ったからといって……」
“異常状態回復”によって声を出せるようになった終が、説明するかのように語り出した。
その間も終は、容赦なく無詠唱の魔法をアディソンに浴びせ続けた。
会話の途中でも、左手に無数の青色の魔法陣が浮かび上がる。
氷の矢が魔法陣から次々と現れ、アディソンめがけて襲いかかっていった。
「……詠唱出来なくなっても、魔法は使えますよ?」
「くっ!」
シールドで守られているとはいえ、至近距離での連続攻撃を防ぐので精一杯なのか反撃できない。
「声は要らないんです。そう……思うだけでいいんですよ」
そう言いながら、終は青色の攻撃魔法の魔法陣の中に茶色の魔法陣が出現させた。
アディソンの足元の地面が急に槍先となり突き上げるような形で地面から攻撃を行ったのだ。
「さっきはどうして攻撃できるチャンスに攻撃しなかった!」
アディソンが怒鳴った。無詠唱もサイレントが有効な筈だと言う、その思い込みを逆手に取られた。
終はアディソンに隙が出来るのを待っていたのだ。
「騙したなっ!」
「お互い様です」
終の答えは素っ気なかった。
アディソンの足はもう、ズタズタになって至る所から出血をしている。
終との距離が近すぎて、回復魔法も唱えることが出来ない。
両足の膝から下は、至る所で骨にまでダメージが入っていた。
立ち上がる事も難しいだろう。
「安心してください、殺しはしません」
そう言いながら、終は剣を振った。
表情を変えぬまま、終はアディソンの両手足の腱を切断したのだ。
「ぎぁあぁぁ!」
アディソンは、あまりの激痛にのたうち回るしか出来なかった。
両手の腱を切られたために、魔術を構成する事が出来なくなった。
終は、倒れ伏したアディソンを、ただ冷たく見下ろしていた。
アディソンに剣を振り下ろした終の姿を認め、美津濃は悲鳴を押し殺した。
だが、あの剣が再度振り下ろされれば、彼は殺人を犯してしまう。その思いが、彼女に大きな声を出させた。
「そこまでですっ! その人が憎いのは判ります。だけどそれ以上傷つけたら、その人は罰を受けずに死んでしまいます!」
お願いだから、貴方の様な人が罪を背負わないで欲しい。
アディソンに罰を与えるのは、ギルドに任せて欲しい。
彼は他にも罪を犯し、多くの無辜の人を殺しているのだ。
美津濃の止めどもない思いは嗚咽となり、言葉にならなかった。
彼女の思いが伝わっているのか否かは解らない。
だが、終は新たな術符を取り出して何かを呟くと、その術符を一羽の鷹へと変化させて空へと解き放った。
―――ぴいいぃぃっ
鷹は一声甲高く鳴くと、上空に円を描く様に舞った。
美津濃は鷹の声から答えを得たかのように、呆然と空を見上げている。
「凄まじい光景だな」
ノアは、指名手配中のRevengerのメンバーが、至る所に倒れている光景を見て溜息をついた。
6名とも怪我は酷いが、命に別状はない様だ。
だが、ここまでの戦闘をたった一人で行うとは。
終の戦闘能力に驚かされると共に、ノアの心の中に警告が響いていた。
年齢は関係無い。昨日未明の戦闘が示していた通り、この少年は最要注意人物だと。
美津濃が捕縛後のRevenger達の回復を行うと、全員を転移魔法で只見振興センターに設置したギルドのテントへと送り込んだ。
無論、戦闘結界に入ったギルドメンバーには、漏らされて困る様な情報や、トラウマになりそうな恐怖の記憶を弄らせてもらった上で、である。
テントでは、追加人員が待機している筈だ。
謎の発光球体によって魔術師が倒れていった時、ノアは魔術師ギルド日本支部のクレバ支部長に人員追加を要請していた。
日本支部は大混乱に陥ったはずだ。
「何か土産でも買っていかないとな」
ノアの脳裏に、大混乱の中で指揮する友人の姿が浮かんだ。
Revengerの一味が次々と連行されていく中、マークスが「悪魔だっ!」と言って錯乱していた。
フジヅカ少年を指して言っている様だったが、罪のない人間を殺して来た奴らに言われたく無かろう。どっちが悪魔だ。
最後の転移でアディソンを連行しようとした時、彼は終に声をかけた。
「よう、今回は完敗だったぜ。お前がこっち側に来るのを、特等席で眺めさせてもらうぜ……あはははっ!」
「喋るな、早くしろ!」
連行していた魔術師に急かされて、アディソンは転移ポイントに引き摺られて行った。
「また会おうっ! あはははっ!!」
アディソンは狂ったように笑いながら、転移陣に飲み込まれた。
「お疲れ様……と言うべきなのかな」
ノアは終の肩を軽く叩いた。
「ありがとうございます」
終が礼を言うと、ノアは片手を上げて「気にするな」とばかりに挨拶をすると、残った魔術師達の撤退作業の指揮へと戻った。
「巴ちゃん、また会えるかな?」
愛馬から下馬し、手綱を持った巴は天照と向き合っていた。
馬を降りても、巴の方が天照よりも頭一つ以上の背丈が高い。二人は年の離れた従姉妹同士にも見えた。
やはり、お互いに交戦好きな性格が為せるものなのだろうか。
天照はまるで“来年の夏休みまで会えない”事を哀しんでいる従妹の様だ。
「妾は天照殿との勝敗は着いておらぬ故に、主の許しあらばまた会おうぞ」
「本当に、約束だよ?」
巴の返答で、天照の顔が明るくなった。
会えることが重要なのか、戦える事が重要なのかは誰も知らない。
「ああ、約束だ」
そう言った巴に、思い切り抱き着く天照。
一瞬、その行動に驚く巴だったが、直ぐに慈愛に満ちた笑みを浮かべて天照の髪を撫でた。
「なぁ、玄草殿。天照殿をこちらに連れて行っても良いか?」
「えっ?」
いきなりの巴からの質問に驚かされた玄草だったが、その口から飛び出したのは拒否の言葉だった。
「え、いや……あのぉ、その。その件については丁寧にお断りで……」
しどろもどろになり、激しい身振り手振りで説明しようとしている玄草を見た巴は笑っている。
「安心したまえ、冗談だ」
巴が笑いながら玄草に答えた。
「ごめんなさい。天照さんが現実から居なくなると困っちゃう人が沢山いるから駄目です」
玄草は丁寧にお断りの説明をした。
当の天照はというと、玄草の慌てる気持ちもお構いなしに巴に甘えていた。
「玄草殿、お怪我は大丈夫であるか?」
「お陰様で」
微笑んで返してきた玄草の顔を見て、与一は安心したようだ。
「与一さん、どうぞお元気で」
「すくよかにあれ。玄草殿」
現代語と昔の言葉の違いはあったが、お互いに相手を思う気持ちは同じだった。
再び会えるかどうかは判らない。
もし会えたとしても、今回と同じように共闘出来るとは限らない。
(一期一会って、こう言う事なんだろうな)
胸中に吹くのは、寂寥たる風。
玄草の表情に浮かんだ気持ちを汲み取ってか、与一が弓懸を外し、差し出された玄草の手をしっかりと握りしめた。
その手には確かな力と安心できる温もりがあった。
「のあ殿、勝ち逃げは卑怯でござるぞっ!」
玄草の横では、少し前にノアに攻撃を回避された忍者がノアを追い回していた。
彼の顔は頭巾で覆われており、その表情は伺い知る事は出来ないが、声色を聞く限りでは楽しんでいるようにも思えた。
美津濃医療魔術師は、まだ現実が受け入れられなかった。
「何なの……この騎馬武者の方々は」
無理もなかった。
彼女は少し前に、忍者に刃物を突き付けられたのだ。
しかも、忍者達の他にも弓を持った騎馬武者が玄草と会話してるかと思えば、天照は見知らぬ女性の騎馬武者と会話している。
現状把握をしようと必死なところに、忍者が声をかけてきた。
「先程は失礼した。敵襲かと思って取った行動の御無礼、お許し頂きたい」
そう言いながら忍者は、美津濃に手を差し出した。
握手した瞬間、玄草が与一の肌に触れた時の行動と同じように驚くしかなかった。
「この感触は、式神。ですか?」
忍者は笑いながら答えた。
「いかにも、我等は主の式神でござる。またもや驚かせてしまったようで」
(ノアさんが言った通りだ)
美津濃もこんな式神は見たことなかった。
いや、もう式神じゃない。
触らなければ、普通の人と同じにしか見えない。
自分が知らない事が、今回は多すぎた。
(暫くは悩み続けるだろうな)
美津濃は目の前の忍者や与一、巴達を見渡すと大きく溜息をついた。
「大丈夫でござるか?」
事情を知らない忍者が、美津濃の顔を覗き込んだ。
「え、えっ。だ、大丈夫です!ご心配なさらず!」
慌てて離れる美津濃。
今の気持ちを知られたら何と思われるか。
手を振り、自分では笑っていたつもりだったが苦笑していた。
ノアがそんな美津濃に対して、フォローを入れた。
「まぁ、今回の件はお互いに知らなかったから仕方なかったという事で」
忍者も合点したように首肯した。
「すみません、助かりました。ノアさん」
小声でノアにお礼を言った。
「なに、君だけじゃない。私も今回で常識という概念が崩れ去りそうだよ」
苦笑いをしながらノアが答える。
式神達は、それぞれの愛馬の手綱を引きながら終の前に集結した。
「みんな、ありがとう。君達には色々と助けてもらった」
終が優しく式神達に礼を言った。
「そして、みんなに怪我がなくて何よりだ」
式神に怪我というのはおかしいかもしれないが、終は「破損」ではなく「怪我」だと言った。
彼等は使役する物ではなく、共闘する友なのだろう。
与一が自分の愛馬の綱を持ちながら片膝をつくと、巴もそれに習い、忍者群は彼らの後ろで片膝をついて頭を下げている。
「勿体無い御言葉。我々は主の為だけに存在しておりまする」
与一が微笑みながら続けて言った。
「主をお助けでき、光栄に存じます」
巴も忍所群も同じ気持ちの様だ。
「これは他の式神達も同じでございます。この度の御戦勝、改めて感慨深い気持ちでございます」
優しく微笑む与一。
巴は立ち上がるとそっと終に近づき、耳元で何かを囁く。
何を言ったかは、後ろで見ているだけの玄草達には解らなかった。
忍者群もいつもの調子で立ち上がっている。
「さっ、みんな還ろうか」
「騎乗っ!」
終が声を掛けると、与一と巴が声を上げて愛馬に騎乗した。
全員の前に輝く魔法陣が出現する。
その輝きは、優しく式神達を包み込んでいく。
与一が凱歌をあげた。
その声に同調して声を高らかにあげる式神達。
魔方陣の放つ光が徐々に弱まっていくと、彼等の声はどんどんと遠くなって行く。
最後の光の一筋が消えた時、式神の術符を拾って漆塗りの箱に丁寧に納めている終が居た。
感謝の祈りにも似た終の仕草に、玄草は心を掴まれた思いだった。
残ったのは瓦礫と化した只見の町並み。
万が一にも戦闘結界が崩壊していたら、現実となっていた光景である。
そうならなくて良かったと言う思いは、ここに残った皆に共通する。
終が剣を地面に突き刺し、手を翳した。
彼の掌に空間が裂ける様な切れ目が現れると、剣はその割れ目に飲み込まれる様に消える。
「これで全て終わりです。剣は亜空間に収納しました」
終の言ったことに、美津濃の理解が追い付いていない。
「へぇ~、亜空間に収納って便利ね。取り出しは簡単?」
天照が興味津々に訊ねる。
「はい、手を翳すだけで剣を取り出す事が出来ます」
終が言うと、玄草が終の肩を叩いた。
「お疲れ様、藤塚君」
玄草が微笑みながら言うと、終もニコリと笑った。
「ありがとうございます、玄草さん」
「んーっと、これで終わったわね。じゃぁ、戦闘結界を解除するわよ」
天照が解除魔法を詠唱すると、先程までの瓦礫化とした街並みが、只見のいつもの日常光景に戻って行く。
「さっきの球体は何だぁ? UFOってやづが?」
目の前を歩いている若者が空を見上げながら呟いている。
只見の町民にも確認できた程なのだろう。
外に出ていた人々があちらこちらで噂をしていた。
しかも、どうやら新聞やテレビ記者の姿もちらほらと見受けられた。
「これは、明日の新聞やニュースが大騒ぎですね」
玄草が苦笑いをしている。
「みんな腹が減っただろ。その先の所で何か食べないか?」
「さんせーい!」
玄草と天照の胃袋も空腹を訴えていた。
「私もお腹がペコペコです~」
美津濃がお腹を押さえている。
「もちろんフジツカオワル君、君も一緒にどうかな?」
終と目を合わせたノアが悪戯っぽく微笑んでいる。
玄草が終の手を取ると、引っ張るように連れて行こうとしていた。
ノアの言葉に迷っていた終の背中を押しながら、天照が笑顔で言った。
「一緒に食べようよ!」
ふっと、終が笑った。
「わかりました、ご馳走になります」
終の言葉に、玄草と天照が嬉しそうに頷いた。
「そういえば、ノアさん」
美津濃が何かを思い出したように言った。
「今回の任務のもう一つだった「被害者の保護」に関しては、何も連絡がなかったけど大丈夫なんですか?」
玄草と天照がお互いの顔を見合わせて、苦笑いしている。
ノアも言いにくそうな感じだ。
不安に駆られた美津濃が食い下がる。
「も、もしかして被害者に関しては失敗だったんですか!」
自分が後から回復したのは、Revenger達と彼らが雇った日本の異能者のみだった。
どこにも被害者の姿が見えない。
もし、被害者が自分の知らないところで亡くなっていたらと思うと、一抹の寂しさを覚えた。
「あ、いや。よく聞いてほしい」
ノアが改めて美津濃に言う。
「今回の被害者は、この少年なんだ」
ノアが手で示した先に、終がいた。
美津濃は目を大きく見開いて終を見つめている。
どう考えても、彼は“被害者”の立場ではなかった。
「君が、今回のひ、被害者?」
「彼が、今回の被害者の藤塚終君です」
玄草が終を紹介した。
終が頭を下げた。
「あ、あ、あのぉ……美津濃柚子樹です。い、医療魔術師です」
美津濃も慌てて頭を下げた。
「さて、重々しい話はこれまでにして、食べに行くかっ!」
ノアの一言で、全員が大笑いした。
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次話公開は、12月23日金曜日、0時を予定しております。
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