第12話 泥埃 まみれた孫に 祖母心
夏バテ+持病による体調不良で投稿が遅くなり申し訳ございません。
現在は回復しましたのでご心配なく。
川崎市沖に建造中の人工島は関係者を除いて誰も近付けないようになっている。
この様なゴミの島に誰も好き好んで立ち入ろうとは思わないだろう。
元々は工場を建造するために埋め立てて造成されていた土地だったのだが、当初の施工主の手を離れて放置されていた。
この島には動きを止めた整地用の重機と、それを遠隔コントロールするための監視塔があるだけだ。
誰もいない筈の監視塔の一室に灯りが灯っていた。
蛍光灯の灯りはブラインドで外に漏れてはいないが、煌々と室内を照らしている。
室内には、この場にそぐわないゴーグルを着けた老婆が一人、重機のコントロールデスクに付随した椅子に座っていた。
「天照ちゃんを前衛に出すなんて……玄草も戦況を読めるようになったのかね」
以前の玄草であれば、自分以外の他人が傷付くのを嫌って自ら前に立つ癖があった。
それでズタボロにされる事も多々。
玄草が出来る事と言えば、戦況を読みつつチームの補佐に回る事。
必要とあればメンバーの回復を行う。
完全に後方支援型の魔術の使い手である。
「自分の立ち位置が解っていても……性格が玄武に似すぎていたんだろうかね?」
亡き玄草の父親は、肉弾戦が得意であった。
拳に魔力を纏わせて相手を叩き潰す。
だが、父親似かと言うと……玄草の『優しさ』の説明がつかない。
甘さ、と言うべきか。
相手を殺すなど出来ない性格なのである。
「美月もその辺りは、顔色変えない娘だったんだけど……」
ノルドの娘であり、玄草の母親である美月も……幼い頃は別として……いざ戦いの場面となると冷徹だった。
遠慮呵責のない攻撃魔法を使い、多人数相手であろうと薙ぎ払う。
と、なると。
「翠閠の性格を受け継いだ……のかね」
ノルドは溜息をつく。
魔術適正は攻撃にしても支援にしても最高なのに、玄草も難儀な性格を受け継いじゃったもんだ。
両親の性格を受け継いでバトルジャンキーになられるよりは、遥かに育てやすかったけれど。
「しかし、玄草も何を企んでいるのかね……」
VRゴーグルに映される視野に玄草の姿は無い。
視野を赤外線モードに切り替えると、整地されていない所に身を隠しているのが判る。
ゴーレムとは距離があるようだ。
天照ちゃんの策略かね。
彼女は攻撃魔法でゴーレムに軽いダメージを与えつつ逃げまわっている。
当のゴーレムは人工島をリンクにして、フィギュアスケーターの様にステップシークエンスを刻んでいる。
「ᛏᚨᚱᛞᚢᛋ!」
天照の指先に紅光が現れ、その光がゴーレムの足元に魔法陣を描く。
だがそれはゴーレムが見事なステップで描いた軌跡の白い魔法陣で弾き返された。
「ᛞᛁᛋᛈᛖᚱᚷᛖ!」
弾き返されたスローの魔法を左腕を振って霧散させる。
ステップシークエンスでリフレクトの魔法陣を刻んでおくなんて、流石はノルド様。
天照は声に出さずに感心した。
規格外に俊敏なゴーレムも然り。
フィギュアスケート選手のようなスピンなど、普通のゴーレムにやらせたら型を失っているはずなのに。
鈍重なゴーレムにそれをやらせる事が出来るノルド自身、アイデアからして規格外なのだろう。
その規格外ゴーレムが、滑らかな脚運びで急速に天照に接近してくる。
整地されていない、ゴミで埋め立てられた人工島だと言うのに。
「ん?」
天照はゴーレムの動向に違和感を感じた。
先ほどからのゴーレムの『演技』……何かが足りない。
ステップも、回転技も見せているのに、何か一つ足りない。
「あ……もしかして……」
試してみる価値はあるだろう。
「ᚢᛖᚾᛏᚢᛋ! ᛞᚨ ᛗᛁᚺᛁ ᚨᛚᚨᛋ!」
ふわり、と天照が浮いた。
ゴーレムが横薙ぎのパンチを繰り出してくるが、天照の身体は既にゴーレムの拳より遥か上を舞っている。
ゴーレムは急制動をかけて浮遊する天照を掴もうとするが、伸ばされた手は宙を掴むばかり。
「やっぱり、ね……」
ゴーレムはジャンプができない。
仮にジャンプができる機構が付いていても、自重でその機構は破壊されるだろう……
人間がジャンプできるのは、適度な体重で、しなやかな筋肉と強靭な筋があって為せるため。
天照のそれは魔術の為せる『飛翔』であって、ジャンプとは異なる物だが。
「ノルド様……残念ですがフィギュアスケートの三要素を満たせていません」
三要素とは、スピン、ステップに加えてジャンプ。
この三つが揃わなければフィギュアスケートの演技とは言えないのだ。
「跳べないゴーレムはただのゴーレムですよっ!」
……玄草は途方に暮れていた。
『跳べないゴーレムは……』と言い放ちドヤ顔を決めている天照の姿は恐らく祖母にも見えているだろう。
ゴーレムの頭部にある単眼は飾りではあるまい。
カメラに収音マイクを内蔵したものである事は容易に想像できる。
単眼越しにそれを見た祖母の心中や如何に。
― ただ笑って見ているだけ、ではあるまい。
「まぁ、ダブルアクセルやトリプルルッツを決めてこないだけ、まだマシなのかな……」
そんなジャンプ技を決められた暁には、自分が身を潜めている所も無事ではあるまい。
無論、ゴーレムの脚部も大破するだろうが。
幸いにしてゴーレムはそういった大技披露をせず、黒衣の妖精を追い回すのに集中している。
飄々とゴーレムの追っ手を躱す天照は、黒のゴシックロリータファッション。
そんな恰好でヒラヒラと宙を舞っている姿は『黒衣の妖精』としか表現しようがない。
終わりの見えぬ追いかけっこに焦れたか、ゴーレムは唐突にその場で回転を始める。
洗濯機の脱水モードを思わせる、高速スピン。
遠心力に負けて放り出されるスチール椅子の残骸……業務用冷蔵庫……訳の解らない機械のモーター。
ドゴオン!
出鱈目に切離された重量物の一つが玄草の間近に落下する。
「お……おぅ……」
冷や汗が玄草の背筋を伝う。
今度は全自動洗濯機かよ。
「ᚾᛖᛒᚢᛚᚨᛖ, ᚢᛟᚲᚨᛏᛁᛟᚾᛁ ᛗᛖᚨᛖ ᚱᛖᛋᛈᛟᚾᛞᛖ ᛖᛏ ᚷᛟᛚᛖᛗᚨᛖ ᛈᚢᛏᚱᛖᛋᚲᚨᚾᛏ!
(漂う霧よ、我が声に応え、ゴーレムを朽ち果てさせよ!)」
天照の声に応じて、瞬時に濃い霧が立ち込める。
その霧はゴーレムに纏わり付く。
バチバチッ!
派手な放電現象がゴーレムの各所で起こる。
ガラガラガラ……ドーン!
磁力を失い、金属のゴミがゴーレムの全身から剥がれ落ちた。
ゴミゴーレムの芯となる本体はデッサン人形を彷彿とするフォルム……それは未だ動き続けている。
ゴミが無くなった分速度が上がりそうなものだが、その動きはゴミがあった時より鈍い。
放電現象が止まないのから考えると、本体の機構で不具合が続いているように思えた。
「見えた!」
玄草の視界は霧の向こうのゴーレムを捉えていた。
ゴーレムは先ほどまでの姿とは違っている。
ガタイの良さは見る影もなく、やせ細った棒人間のような……頭・上半身・下半身・手・足と判る分、棒とは言い難いが。
察知した情報通り、上半身の左胸、腰関節、左足首の部分には赤く明滅する玉がある。
あれがゴーレムの核……
恐らくは一つだけ壊してもゴーレムを止める事は出来ない。
止められたとしても、残り2つの核が爆発するなど……トラップになっている可能性は高い。
祖母の性格からして、そういったトリッキーな罠を仕組んでいるのは確実と言えた。
ゴーレムの関節各所は短絡を起こしており、放電現象の光が見える。
そして、明らかにゴーレムの動きが鈍っている。
天照が起こした魔術霧の影響だろう。
このタイミングを逃す手はない。
「ᛟ ᛗᛖᚨ ᚢᛁᛋ ᛗᚨᚷᛁᚲᚨ, ᚢᛁᚾᚲᛁ ᚢᛁᚾᚲᛚᚨ ᛚᛁᚷᚨᚾᛞᛁ!(我が魔力よ、縛鎖となれ!)」
力ある言葉を発し、ゴーレムに向かって右腕を振るう。
右手のすべての指先から何かが放出される感触。
それらはゴーレムの両手足と頭に絡みつく。
ゴーレムは束縛から逃れようと暴れ、縛鎖を引き千切ろうと試みる。
千切れたりしたら痛いだろうな……
玄草の胸中にそんな不安が横切るが、頭を振って嫌な思考を払う。
天照さんの言う通りこの縛鎖がマナの固形化したものだとすれば、不安など簡単に具現化されてしまう。
不安になる暇があるのなら、縛鎖のイメージを確りとしなければ。
玄草の祈りにも近い魔術は見えない縛鎖。
それはガッチリとゴーレムの動きを封じていた。
「天照さんっ!今です!!」
このチャンスを逃したら、勝利の女神の微笑は自分たちに向かない。
「ノルド様、チェックメイトです!」
この時を待っていたとばかりに天照は魔術を紡ぐ。
「ᛗᚢᛋᛈᛖᛚᚺᛖᛁᛗ ᚨᚲᚢᛏᚨᛖ ᚨᛞᛋᛏᚱᛁᚲᛏᚨᛖ ᛋᚢᚾᛏ, 3 ᛋᚲᚢᛏᚨ ᚠᚱᚨᚾᚷᛖ, ᛋᛁᚾᛖ ᛖᚱᚱᛟᚱᛖ ᚲᛟᚾᛏᛖᚾᛞᛁᛋ!
(ムスペルヘイムの鋭き氷柱よ、狙い違うことなく3つの標的を打ち砕け!)」
天照を囲むように3つの紅の魔法陣が出現する。
美しい魔法陣の中央から、北欧神話の神々と対峙した巨人族の国から召喚された巨大な氷槍が姿を見せている。
天照が両の腕を振り下ろす。
紅光を放つ魔法陣から巨大な氷槍が発射された。
氷槍は低い風切り音を上げながら、ゴーレムの3つの核を同時に打ち砕いた。
「オオオオォォォン……」
ゴーレムは低音のサイレンにも似た断末魔の声をあげると、静かに行動を停止した。
VRゴーグルの視野に『Stopped functioning(機能停止)』の赤い文字が点滅する。
「ふぅ……完敗だねぇ……」
そう呟くノルドだが、その口元は嬉しそうな弧を描いている。
……嬉しくない筈がない。
玄草の成長を見られたのだから。
天照と組ませて力量不足を感じさせられる様なら、コンビは解消させるつもりでいた。
怒りの感情を再封印して、翠閠の跡継ぎとしてやっていけるだけの魔術師にしようと思っていたくらいだ。
―だけど、それもいらないねぇ。
翠閠も大病を患ったけど暫くは大丈夫だろうし、天照ちゃんが居るなら玄草も暴走はしないだろう。
玄草に頼りないところは多々あるが……今回の模擬戦を見ている限り大丈夫。
「さてと」
ノルドはVRゴーグルを外すと椅子を立った。
そこから数歩歩けば監視塔の出口である。
玄草が戦闘前に張った戦術結界は解除されていたようで、人工島の上空を渡る海風が鳴っている。
時刻は20時を過ぎているだろうか。
空はどんよりとした排気ガスに覆われていて、星は見えない。
「祖母ちゃん!」
ノルドの姿を認めた玄草が声を上げる。
「何だいまったく……あああ、泥だらけの埃まみれで」
そういった場所での模擬戦を指定したのはノルドだが、玄草相手だと小言の一つも言いたくなるのが祖母心だ。
お読みいただきありがとうございます(=^・^=)
次話公開は、9月13日火曜日、0時を予定しております。
お楽しみ頂ければ幸いです。
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