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不殺の魔術師 ~現冥境奇譚~  作者: 雪中乃白猫
第一章 北欧発の台風上陸
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第10話 幼子の 自分と逢って 覚醒す

「ノルドさまぁ~!ごめんなさいっ……」


ゴーレムのモノアイから通して見える天照の顔からは、血の気が失われていた。


「封印壊しちゃいましたぁ!」

「あんたってはぁっ!」

幼い玄草の“怒り”に封印を施すと決めた時、真っ先に否を唱えて来たのは天照だ。

ここに来て『やっぱり封印が無い方が』と壊しにかかったとしても不思議では無い。

「わざとやったんじゃ無かろうね?」


だが、天照が本気で泣きそうな表情をしていると言うことは……わざとでは無いのだろう。


ーー最悪の事態を考えておかなきゃならないのは変わらないか。

玄草が感情に任せて魔力を暴走させるようであれば、命懸けで止める他ない。




「いてててて……痛ってぇ」

背骨が軋むような痛み。

ゴーレムの拳が防御結界を破り、その拳の風圧で飛ばされたのは憶えている。

それ以前に胸の痣が痛んで、腐臭を放つ粘液が溢れ出した事も……


あの嫌な感触を思いだし、上体を起こしながら掌を見る。

粘り着く不快感は無く、掌は綺麗な状態。

痣がある胸を摩ってみても、痛みは全くと言って良いほど無い。

何かが刺さった後の様なチクリとした痛みは有るが、呼吸が苦しくなる程ではない。


ーー寧ろ、前より痛まないのは気の所為か?


辺りを見渡すと、ゴーレムの足元に膝を抱えて座り込んでいる子供が見えた。


「君……危ないよ!」


玄草はゴーレムの振り上げられていた拳の下を抜け、子供を抱き上げて跳躍していた。

隙だらけだったが、その動きに躊躇いや澱みは無い。

そのまま一足跳びにゴーレムの肩を蹴り、その背後に着地する。

着地の衝撃で足の裏から感電に似た痺れが走るが知ったことか。

子供が無事ならそれでいい。


跳躍の踏み台にしたゴーレムは拳を振り上げたまま、動きを止めている。

天照は、先程まで自分の居た場所で片膝を着いた状態のままだ。

ゴーレムのモノアイから聞こえて来ていた祖母の声も沈黙している。


周辺の気配を探ってみたが、自分にしがみついている子以外に動くものは無い。


ーー総てが……止まっている?


「あの……」

玄草に抱かれている子供が身じろぎした。

「じめんにおりたいです……」

「ああ、ごめん」


頼りない体格の大人に抱かれていたら、不安にもなるだろう。

玄草は片膝を地面に着け、子供をそっと地面に立たせた。


「ありがとうございます」

華奢な身体の子はぺこりとお辞儀をする。

ふわりとした黒髪を揺らし頭を上げた子の双眸は、晴天の空より深く透明な蒼石(サファイア)色。


その子はなぜか、元の位置に戻ると、膝を抱えるように体育座りの姿勢で座り込んでしまった。

この子は、何故座り込んでいるのか……玄草は理解出来ずにいる。


動きたくないのか、それとも……

この場から、動けないのか。


「君のお名前……きかせて貰っていいかな」

玄草がその子に掛けた言葉は、尋ねると言うよりは確認の意味合いがあった。


「かがみ げんぞう。5さいです」

嘘偽りの見えない返答をする子供。


自分と同じ名前を持つこの少年は……

忘れもしない、あの時の服装にその表情。

玄草はその子の頭を優しく撫でていた。


「げんぞう君、君がここに来る前に居た所は?」

「ひこーきのはくぶつかん……おとうさんと、おかあさんのおしごとをみたくて……」

少年の無機質な声は異様だった。

更に、少年は言葉を続けた。


「おとうさんも、おかあさんも、へんなのにたたかれてきえちゃった」


玄草は違和感をおぼえた。

確かに、自分の中での認識は、両親は『消えた』である。

未だに『死んだ』という認識は出来ていない。

だが、両親が消えて哀しいと言う思いはある……過去にだってあった。


だが、目の前の少年は総ての感情を抑えつけられているみたいじゃないか。


「おばあちゃんが『おこっちゃダメ』っていったから、ずっとここにいたんだ」

「そうだったのか……」


玄草は指で自分の胸骨を覆う皮膚に触れる。

以前であれば触れるだけで激痛が走った痣だが、今は無痛に等しい。


ーーやっぱり、祖母ちゃんがこの封印を……


この痣から溢れてきたのは、自分の内から発生した『澱み』では無かった。

方向性を捩曲(ねじま)げられた精神エネルギーが“怒り”に向かい、魔の者が放つ“瘴気”と結合したのが『黒い粘液』……そんな物が自分の中に封じられていたのかと思うと寒気を禁じ得ない。

だが、封じなければ“大切な存在”すらも壊す暴走が起こっていたのだろう。


「ずっと独りで居たんだね……」

「うん。でもなれちゃったよ……ボクがおこると、たいせつなものをこわしちゃうから」


本当は慣れてなんかいないだろう。


自分が正気を保って居られたのは、独りでは無かったからだ。

祖母ちゃんが居て、天照さんが居て。

日本でも祖父さん、鮎美……友人が居て、自分を理解して受け入れてくれる環境があった。


だが、この少年は5歳のまま“止まった時”の空間に居続けていたのだろう。

成長していく自分と切り離され、何処にも行けないままで。


「げんぞう君、ここから出る気はある?」

少年は玄草の問いかけに首を振った。

「でたいけど、むりだよ。ボクのあしは“くさり”でつながれてるから」

『おこっちゃダメ』と祖母に言われて以降、少年は今居る場所に縛られた。

最初は立っていたのだが、疲れて座り込み……そのままで居たのだと言う。


「さっき抱き上げた時、鎖なんか無かったぞ?」

「えっ?」

「ほら!」

玄草は再び少年を抱き上げた。

少年は驚きに目を見開き、自分の足首を見つめる。


「“くさり”……なくなってる……」


びっくりして見上げてくる少年に、玄草は微笑む。


「げんぞう君……君を縛る物は、もう無いよ」

玄草はゆっくりと片膝を着き、再び少年を立たせた。

「笑ったり、怒ったりしていい……悲しければ思いっきり泣いていいんだよ」


少年の驚いた表情がくしゃりと歪み、そのまなじりからあふれる水滴が、柔らかそうな頬を濡らす。

その雫はぽたぽたと地面に滴り落ちた。

少年は必死に手の甲でそれを拭うが、止まらない涙は拭いきれない。


「なんでボク……ないてるんだろう?」

呆然として涙する少年を、玄草は無言でそっと抱きしめた。


「そうだ、ボク……おとうさんとおかあさんがきえちゃって……かなしかったんだ」

少年は言葉を止める事が出来ない。

「とっても……かなし……かった……」

しゃくりあげながら、それでも自分の思いを吐き出しつづける。


「ひとりぼっちで……さびしかっ……たよ…………うわあああぁん!」

少年は小さな手で玄草の首に縋り付き、遂には我慢が出来なくなって大声で泣き始めた。


「寂しかったよな……ゴメン」

玄草は泣きじゃくる少年の柔らかな髪を撫でる。


ーー親を失って哀しくない筈なんてない。

やっぱりこの子は……12年前に行き場を失った俺なんだな。


「こんな所に閉じ込めてしまっていて……ゴメンな」

「ううん」

少年は目を泣き腫らしていたが、頭を振って精一杯の笑顔を見せる。


「ここからだしてくれるんでしょ?ボクはそれだけでもうれしいんだ!」

「勿論だよ……一緒に行こう」

玄草は少年に手を差し出す。


少年は喜々としてその手に触れた。

その途端に、ホワリとした光が少年の指先から発生する。

違う……少年は指先から光に変わっているのだ。

瞬く間に少年は光の粒子になって、玄草の身体に纏わり付いていて消えていく。


『ただいま……おにいちゃん(ボク)


最後の光の粒が痣に浸透するように消えた。

痣に宿る温もりは、確かに“あの子”がここに居る証だ。

だが、一抹の寂寥感。

……それを埋めようと、玄草は呟いた。


「お帰りなさい……げんぞう君()……」




「よかった……大丈夫そうだね」

目を覚ました玄草を心配気に覗き込んでいた天照が、ホッとした笑みを見せた。


「よかったよ。あの一撃で叩き潰しちまったんじゃ無くて」

ノルドの声が自分を見下ろすゴーレムの単眼(モノアイ)から聞こえる。


ーー同じ『よかった』でも、後者は微妙に嬉しくないもんだな。

玄草はため息をついた。


「で……どうするよ?この後は」


「ギブアップする理由が見つかりません」


ノルドの問いに対する玄草の返答は、負けん気の表れなのか?


「ほぅ?」

先ほどまでの玄草では、こんな言葉を発しなかった。

“発せなかった”と言うのが正しかろう。

後方支援しか出来ず、攻撃に参加出来ない事に負い目を感じ、自信喪失していたのだから。

ノルドは“黒い扉”の件を突き付けて、玄草に精神的に揺さぶりをかけて心を折るつもりでいた。

あんなに苦痛に喘いでいたのに、それを抜けたら目付きから『怯え』が消えている。


先ほどまで自分を占めていた“恐れ”は何処に云ったのだろう。

ノルドの唇は上弦の月を描く。


「封印が壊れて化けたとでも言うのかい、玄草」

モノアイ越しにノルドを見つめて来るのは、美月()譲りのサファイアブルーの瞳だ。

それは睨むでも、狙いを付けるでもない。

ゴーレムが如何に動き、戦況がどう動くのかを見通そうと言う目だ。


ーー面白い。

「じゃあ、戦闘再開と行こうか」




ギブアップする理由が見つからない……それは真。

戦術結界に叩き付けられて行動不能に陥った訳でもなければ、魔力切れになった訳でもない。


ただ、厄介なのは……弱点看破で見えた3つのゴミ人形(ゴーレム)の核。

普通のゴーレムであれば、行動を司る核は一つ……それを破壊すれば、行動を停止する。

だが……目の前のゴーレムの場合は違う。

一箇所を破壊しただけでは停止しない……


「祖母ちゃんの事だ……一箇所壊した途端に他の核を爆発させる可能性もある」

そこに待って居るのは……自分達が吹き飛ばされるゲームオーバー。

咄嗟に防御結界を張ったとしても間に合うとは思えない。

悪戯を超えた悪趣味とも言える罠だ。


ーーさて、どうしたものか……


「天照さん、三箇所同時攻撃って可能ですか?」

「うーん……」


防御結界にガンガンと拳を叩き付けて来るゴーレム。

一番最初に張った結界より頑丈とは言え、再び破られるのは目に見えている。


「一気に全体を攻撃して破壊するなら可能なんだけど……ピンポイントは難しいなぁ」

そうなると核が残ってトラップ発動の可能性が高い


「それより玄くん。指先から糸みたいなの出ていない?」

「えっ?」

「これよ」

天照が何かをつまみ上げた。

それを両手で引っ張ったり、指先から引き出してみたりして検証している。


「糸と言うよりは、柔軟な針金みたいな物だけど……」


「ああああ……無理に引っ張り出さないでください~!指先が気持ち悪い~!」

身体の中の何かが抜き取られる様な感覚に、玄草は悲鳴を上げる。


「しかし、これって……」

天照が糸を真剣な面持ちで見つめている。


「こんなの初めてみるわ……マナを物資化させるなんて」

今まで、見たことも聞いたこともない……驚くしかない。

マナは自然界にある“神秘の力の源”……人や物に付着して様々な現象を起こすものに他ならない。

これが無ければ、幾ら奇跡を願っても魔術のような現象は望めない。


「……これって……」

天照が何か閃いたみたいだ。


「玄くんの意思で伸ばせる?」 

「やってみま……」

玄草が言葉にする前に、スルリと糸が伸びる。


ーー何なんだ、これ……

天照が引っ張って無理に伸ばそうとした時と違って、抵抗無く伸びた。


マナの物質化……天照が知る限り、そんな事は不可能。

玄草もアカデミーで学んで来て、その辺りは知っている筈だ。


人が神秘現象を起こそうと……やめやめっ!

今は、あのゴーレムを何とかするのが最優先。

気をとり直して……


「玄くん、この糸をゴーレムに絡ませて動きを止めてもらえる?」

「絡ませるのは可能だと思いますが……切れませんかね?この糸……」

「そこは根性!」

天照は自信あり気に答えながらウィンクしてみせた。




「後は何とかして見せるから」

お読みいただきありがとうございます(=^・^=)


次話公開は、7月26日火曜日、0時を予定しておりますが、酷暑による体調不良により投稿が遅れる場合があります。

何卒、ご了承下さい。


お楽しみいただければ幸いです。

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