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不殺の魔術師 ~現冥境奇譚~  作者: 雪中乃白猫
序章 黒衣の妖精が舞い降りた
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第1話 薫風に 黒髪靡き 飯美味し

『Ladies and gentlemen, now we are descending and will be landing shortly.

(皆様、当機は着陸に備え高度を下げてまいります。)

Please make sure your seat is in an upright position, your table is stowed away, and your seat belt is securely fastened.

(お座席、テーブルは元の位置にお戻しになり、安全ベルトをご着用ください。)』


ヘルシンキ・ヴァンター空港を離陸したエアバスA350-900は、13時間の旅程を経て目的地上空に差し掛かっていた。


ビジネスクラスの窓際シートは長距離移動でも疲れは無く、快適だった……

不満があるとすれば、未成年者と勘違いされて、ソフトドリンク以外の提供を受けられなかったこと。

まぁ、いくら成人しているとは言え……アルコールを際限なく呑むのは淑女の振舞いとは言えないので我慢は出来たのだけれど。


それでも、お食事は最高だったので文句は言わないでおこうと思う。


北欧料理に里心が付かないようにと、機内食は極力軽い物を頼んだ。


ディナーで出されたチキン・タルトレットのマスタードシード添えは美味しかったな。

何よりも使われている食器がシンプルながらも素敵だったし。

朝食にソーセージ、スクランブルエッグ、ほうれん草、トマトのディッシュを頂戴して……


あれから少し時間が経過してお腹が空き始めていた。

到着後は日本食食べよう。白米が恋しい。


『……We will shortly be landing at Tokyo Narita Airport.

(間もなく、東京成田空港に着陸いたします。)』


私はCAのアナウンスに促されて、窓を覗き込んだ。

「ここから旅立って12年……玄くんとはたった2年間会えなかっただけなのにな……」


その"たった2年"が長く感じられたのは否定できなかった。それ以前の10年間、彼とは常に一緒に居たようなものだったから。

幼少期から少年に至るまでの10年間……それすら私には本当に一瞬に等しい時間なのだけれど。


地上にいる大切な人を思い胸のあたりがキュッとなると同時に、着陸の軽い衝撃が床を突き上げてくる。

『Ladies and Gentlemen, we have arrived at Tokyo Narita Airport.

(皆様、当機は東京成田空港に到着いたしました。)

We will now taxi you to the gate, please remain seated until the aircraft comes to a complete stop and the seat belt sign is off.

(当機はしばらく滑走を続けますが、安全のため機体が完全に停止し、ベルト着用のサインが消えるまでお座席に着いたままお待ちください。 )

The local time is 19th May, 1 o’clock in the afternoon and the temperature is 25 degree Celsius.

(只今の現地時刻は、5月19日、午後1時、気温は25度でございます)』


滑走路上で逆エンジンを吹かす音が響いたのは僅かな間。

程なくしてゆっくりと駐機場へと滑走し始め、飛行機は停止。


ポーンと言う軽いチャイムの音。

私は顔を上げた。

安全ベルト着用のサインが消える。

得体のしれない喜びが身体を駆け回り、口角が自然と笑みを造るのが判った。


『Thank you for flying with Finnair Airline today.

(本日もフィンエアー航空をご利用いただきありがとうございました。)

We are looking forward to seeing you on board again in the near future.

(またお会いできることをクルー一同心よりお待ち申し上げております。)

Have a nice day.

(それではいってらっしゃいませ。)』


手荷物を持って早々に席を離れる私。

アナウンスのCAの笑顔に見送られる。

伸縮通路を走りたいのを我慢して、ゆったりした足取りで歩き……


到着ロビーの硬い床に降り立った。




_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




「フィンエアー 073便は ただいま到着しました。

……Attention, please……Finnair flight 073 now aliving.」


成田空港第2ターミナルの到着ロビーに流れる清涼感を覚わせるアナウンスに反応し、俺は貌を上げた。

時計を見れば1時。荷物の受け渡しだなんだやって、出てくるまで30分近くかかるというのは知っている。


なのに、何で?朝9時30分に自宅を出て、成田空港まで来て、到着以前から待っているんだろう?

待っている対象が恋人とかだったら解るんだけど。

学校サボって何やってるんだか。


自分に呆れながらも、その心は……やっぱり嬉しいのだと思い知る。

こちらに来るとの連絡を貰ってから、元町を出るの何時にすればいいかとか、どの路線を使えば間に合うとか調べて、っておかしいでしょ。


貯金減らすとじいさん五月蝿いから、元町~成田まで最安ルートで来たのだ。




○ 元町中華街

|  (通学定期使用のため無料)

○ 横浜

|

○ 上野

 ● 上野~京成上野は徒歩8分

○ 京成上野

|

○ 京成高砂

|  京成成田スカイアクセス特急

○ 空港第2ビル




本音言えば上野からスカイライナー使いたかったな……今回の倍近くの電車代かかるんだけどね。

学生故の財布事情の無情を嘆く……じいさんも「迎えに行って差し上げなさい」と言うくらいなら、電車代出してくれてもいいのに。




「玄く~~~ん!」


アルトヴォイスが俺を呼ぶ。

キュリキュリと言うノイズは、おそらくトランクのキャスターが転がる音。それらが混ざりながら、物凄い勢いで近付いてくる。

石壁に凭れかかった姿勢で音源の位置を探る。

が、それを目視確認する前に、胸元から喉にかけて衝撃が走る。

肺から気道を一気に駆け上がる空気に強制的に声門が振動する。


「ぐはぁっ!!!」


特攻してきたイノシシのような存在と寄りかかっていた石壁に挟まれて、縮こまった肺と胸筋と背中と後頭部が痛い。

目の前に砂粒のような小さな光が舞った。


こんな思いをしたのは、12年前にフィンスキー犬に飛び付かれて以来だ。あの時は完全に雪道でひっくり返ったが。

「あぅっ……あ、天照さん、真面目に痛いですうぅ」


極めつけは肘ごと胴体を締め付けてきた腕。細いくせに物凄い力だ。


「うふふ♪到着早々に玄くんの素敵な声聴けて……最高よっ!!」


そう言うなり、締め上げてくる腕に更なる力が込められた。


「んぐっ……あぁっ……」


「んふっ、いい声よ、玄くん」


小声で言えば良いってセリフじゃないでしょ、それは。

到着ゲートから出てくる人達の視線が痛くて、自分の顔面が紅潮しているのが判る。


「はぁっ(予想してなかった自分が悪いんですけど)……お迎えにっ……来なきゃ……良かったかなっ」


そう切れ切れに呟くと、"見た目少女"のベアハッグが緩む。


「じょ……冗談で~す!か弱い乙女をイジメないでくださ~い!」


誰がか弱いですか。肘と背骨がギリギリっていいましたから!

それに、無理に高めの声出してるって俺にはわかってますから!


「あン、そんな目で見られたら……」


そこで目を潤ませないで下さい、お願いだから……と、敢えて声に出さず盛大な溜息で御答え申し上げる。このまま地べたにヤンキー座りしたい気分。


「本気の冗談よ……玄くんが来てくれてて、本当に嬉しくて」


細く白い腕が、今度は肘の下を通して来て背中に回してくる……どうしてこんな細腕からあの怪力が発せられるのかが不思議だ。


「おかえりなさい、天照さん」


俺の胸の位置にある"見た目だけ少女"の頭に軽く手を添えると、今度は優しいハグが返ってきた。


「ただいま……またお世話になるわ」




_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




2年前と比べて背は伸びたようで、180cmを超えているだろう。

均整のとれた容姿は、人間離れしていると言っても良い……

美術館を飾る石像を思わせる。そんな“美しい”体躯を抱き締めて、息をするのも忘れた。

いつまでもこうしていたい……


くうぅぅぅ……


なんとも無粋な音がアタシの鼓膜を震わせた。玄くんの“腹の虫”の鳴き声だ。当の本人は顔を紅潮させ、恥ずかしそうだ。


「……すみません、まだ昼御飯食べてなくって……」

「何ですと?……それは良くないわね」


麗しき“肉体”を堪能させて貰ったお陰で気分も良いわ……

ここはご馳走させて頂きますか。




1階の入国フロアを後にし4階へと移動。

着陸前に調べて置いた前情報通りに"その店"はあった……航空機の着陸を観ながら食事ができる和食店。

窓際の席に座れば眼下には駐機場が見え、平日ではあるが家族連れの客もいて賑やか。




「Delectamenti TEMPURA!Viva GOHAN!くぅ~っ、最高っ!」


天ぷら御膳を前に燥ぐ私に対して、塩麹焼き魚定食を黙々と平らげていく玄くんが居る。

焼き魚一人前に対して白飯3杯目を既に平らげており、御代わりをするかどうか悩んでいる表情は"青年と少年の境目"が醸し出す魅力を発していた。

奥に見える滑走路に航空機が着陸をする度に顔を上げて気にしてしまう辺りは、まだまだ少年だったけれど。



天頂を過ぎた太陽が、滑走路の見える窓から差し込んでくる。

陽光が玄くんの顔の陰陽をくっきりと……日本人とは思えない彫りの深さを際立たせる。頭皮を覆う髪の毛は漆黒で、彼の存在を一層引き立てていた。

……当の彼に至っては、悩んだ末に4杯目の白飯のお代わりを注文した。




「天照さん、この後ご一緒願いたいところがあるんですけれど、良いですか?」


食後の焙じ茶を楽しんでいると、玄くんが申し訳なさそうに尋ねてくる。

唐突に改まってどうしたのだろう?

そう思って見た彼の表情は、自嘲と哀しみに満たされていた。


「帰国して2年間……俺は"慰霊の森"に行けていません。ですが、天照さんが居てくれたら行ける気がするんです」


無理もない。

彼は12年前……僅か5歳で両親を目の前で喪っている。

その幼さで現実を認めろと強いるのは酷な話である。17歳になったからと言って、その現実に向き合うには"越えなくてはならないもの"が多すぎる。その事件が目の前で起こったと言うトラウマとも向き合わなければならないのだから。

その場で思い切り泣けたのであれば、まだ心の傷は癒えていたのかも知れないが、当時の彼は泣いて居なかったのだ……今の彼の様に。


「"あの時のあの場所"に居た者として、断るなんてあり得ない話よ」


玄くんの両親を"救えなかった"悔恨の念は私自身にもあった。


例えそれが私を……


そう言葉にしかけて、私は頭を振った。


(今はまだ……)

お読みいただきありがとうございます(=^・^=)


次話公開は、5月24日火曜日、0時です。

お楽しみいただければ幸いです。

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