誰かのフィクション
『自分に向き合え』という言葉で
私は人を殺してしまった
事態の好転願った身勝手な願いは
彼にとって残酷な刃となったらしい
原因は色々あったらしい
後から遺書として書いてあったことは
言われたところで配慮できるものではなかった
ただ、思い当たるところが無かったわけでもない、他の部下からも苦情が届けれた件ではあった
私は回復せず、煮えきらない彼に安易に言い過ぎたのかもしれない
深く受け止めきれてなかったのかもしれない
それでも、もう遅いのだ
今度は私が心を病んでしまった
仕事に行く度に彼に責められている気分になるのだ
部下一人をみすみす殺してしまった上司、加害者とみられ、同情的に被害者とみられ、改めて境目が曖昧なのだと実感した
実感してしまったから、囚われてしまったのかもしれない
人はこんな簡単に壊れていくのだと身を持って知った
彼が睡眠薬を服用しても、寝れない日が多いこと、人と会う、誰かと交流するのが億劫なこと、大勢の人混みの声がこんなに気持ち悪く辛いということ、死を意識してしまうこと
そして、『自分に向き合う』ことの危うさ、恐怖、なんと残酷なことだということ
私は、彼になんと言えば良かったのだろう
心を病んでしまった今でも一つだけしていることがある
彼のお墓参りだ
家族が来そうな時間帯は避け、お花を持っていく
偽善だ……そんな後ろめたさを感じるから、家族を避けたいと思ってしまうのかもしれない
そんなある日、彼の母親に出会してしまった
「いつもいつも、ありがとうございます」
虚ろな声で聴こえた……いや、普通の声なのだろう
だが、私が『申し訳無い』と感じているからか
本当は、迷惑なことで、辞めさせたがっているように感じた
被害妄想かもしれない
その後、特に会話という会話はなく、どこかいたたまれない空気で、私はその場を後にした
逃げたのかもしれない
いや、きっと逃げたのだろう
それから、私はお墓参りに行くのが怖くなってしまった
彼の母親というより、人が怖いのだ、他人が怖いのだ
私は、あの時彼に何と言えれば良かったのだろう
わからない、同じような立場になってもわからない
微妙に、もしくは大きく彼と違うからかもしれない
これは、懺悔なのだろうか、遺書に当たるのだろうか
何かに、あやふやな心を書いてしまいたかっただけかもしれない
私は、これからどうなるのだろうか
誰も教えてはくれない
これは、誰かのフィクション。
誰が、誰に対して書いたのだろうか。
少なくとも、第三者へ向けられて書かれてはいる。