これは、予感。
図書室は、オレンジ色に染まっていた。もう、夕暮れ時になってしまった。
「北君、ほんまにごめんな。」なみは机に頬をつけたまま言う。
「別に大丈夫だよ。」と、秀はいつも通りおっとりとした口調で返した。
「でも、昨日、ウチがサボらんかったら北君もこんなとばっちりうけんでよかったやんか。」
「うーん、まあねえ。」
「…、そこは『そんなことないよ』って言わんのね。」
「ええー。」
秀は困ったように眉毛を下げた。そしてへらへらと笑った。
二人が今、放課後の図書室で本の整理を行っていたのは、昨日なみが無断で授業を抜け出したためである。本来はなみ一人で奉仕活動を行う予定だったが、急遽職員会議が入ったため、見張り役として秀が抜擢された。成績優秀かつ、朗らかな彼は教員にも好かれ、いろいろお願い事を言われやすい。
「でも、いややったら北君も断ったらよかったのに。」今度は机にあごをのせたなみがふくれっ面で言った。
「んー、断るほど嫌なわけじゃなかったからね。」秀は最後の一冊を棚に入れながら、困り顔で答えた。
うわあ、むちゃくちゃなお人よしやなあ、となみは若干辟易した。手伝ってもらっているから文句を言える立場でないことは理解しているが、秀の誰に対しても優しい所は、なみから見れば八方美人にも見えていた。ま、おかげで早めに終われたし、ええか、となみは勝手に納得する。
「さすがやねえ。うちも見習うわあ。よし、ほんま今日はありがとうな。」と、心にもないことを言いながら、自分の通学かばんを持ち上げ、さっさと帰ろうとした。
が、秀にかばんをつかまれ、前に進めない。カクっと膝が曲がる。
「うお、なしたん?」急なことで驚き、秀を見やる。
「ねえ、別に嫌じゃないって言ったよ。」それは、普段おっとりしている秀にしては珍しくきつい口調だった。
「は?う、うん。」
あちゃ、手伝ったもらったくせに態度が悪かったかもな、となみは一人反省する。怒らせちゃったかなあ。
「むしろ、俺的にはラッキー。」
「えっ?」
秀は立ち上がって、なみの前に立ちふさがった。そして、なみより15センチほど背の高い彼は、腰を下げてなみの目線に合わせた。
おお、北君、目の色結構明るい茶色やんなあ。てか、近くない?
秀はなみを見据えたまま言う。
なみの唇に秀の息がかかる。
「次も、監視役に俺を呼んでね。」と秀はほほ笑んだ。
普段教室で見るような、へらへらした笑顔ではなく、目つきの鋭い笑顔だった。
思わずなみは、どきりとしてしまった。北君、こんなキャラやったけ?!
「わかったよ!!!」と、秀の横をすり抜け、走って図書室から出て行った。
なみの心臓はドクドクと強く脈打っている。
あかんあかん!これは、事故や、事故!となみは胸を押さえたまま、頭を振った。
出て行った図書室で、秀は意地の悪そうな顔で「かわいいなあ。」と笑っていた。
それは、まるで獲物を見つけたライオンのようだった。
「これは、楽しい予感。」
一方なみは、慌てすぎて廊下で派手に転んでいた。
それは、ライオンに目をつけられたシカのようだった。
「あかん、武者震いしていきた。嫌な予感するわ……。」
「先生は、何もない所で転ぶお前に怖い予感している。」