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第6話 エルパンの森へ


 「それじゃ、行ってきます! 暫く大変ですけど、休みが取れたらまた来ますね!」


 翌朝、神官の仕事に戻るアランを迎える為、ダランの街の入口にやって来た王宮の馬車。

 当然、来賓を乗せる様な立派なものではなく、馬に荷台を強引に繋げただけの配送車両である。

 

 とは言え、まだ見習いの立場のアランに馬車を用意してまでも連れ戻すという現実が、王宮の人手不足と緊急事態を物語る。

 どうやら神官関係者がこっそり仕入れた高級食材で、食中毒が発生したらしい。


 「アラン、食べ物には気をつけてね〜」


 今の20%獣化したレナにそんな事は言われたくないものだが、それでも彼女はまだ、世話になった人間を忘れてしまう様な状況にはなっていない。

 彼女にかかる精神的な負担は気になるものの、定期的に入浴して人間の記憶を維持して貰うしかないだろう。


 「ありがとう……どわわっ!?」

 

 アランを乗せ、かなり不安定に出発する配送馬車。

 あれでは、乗り物酔いと腰痛は不可避である。

 

 「……よし、今日はエルパンの森に行くぞ。反省した所を見せないといけないから、姫様にも歩いて貰うからな」


 ムネタカ、シオン、レナの3名は、ムネタカの友人である聖獣族の雄で、現在は森の代表にまで出世したビリーを訪ねにエルパンの森へと出発する計画を立てていた。


 もっとも、聖獣族と話の出来る人間はムネタカしかいないが、彼とて完璧に彼等と会話出来る訳ではない。

 ビリーという名前も、ムネタカの耳にはそう聞こえているだけであり、その発音に聖獣族から不満が出ていない為、取りあえず採用されただけなのである。


 

 「わあ〜! 待って〜!」


 朝の和やかな空気を突如引き裂く、子どものものと思われる悲鳴。

 世間一版では今日は休日である為、この時間帯に子どもの声がするのは何の不思議もないのだが、この慌てぶりは無視出来ない。


 「こら、街から出ちゃダメよ!」


 母親らしき声が、子どもの声を追いかける。

 だが、その聞こえ方から察するに、子ども達とはかなり離されている様子だ。


 「あれは……魔法風船?」


 ムネタカの視界が捉えた赤い物体は、ふわふわと上昇しながら街の外へ飛び出そうとしている。


 魔法風船とは、魔法学校の学生の必須科目のひとつであり、休日に魔力で風船を膨らませて子ども達に配るというボランティア活動の一環。

 

 しかしながら、まだアマチュア魔導士である学生の魔力はまちまち。

 飛ばずに(しぼ)んでしまうものもあれば、勢い良く飛んだまま帰って来ないものもあるのだ。


 「懐かしい! 私、魔法風船だけは苦手で、王宮入りが内定していたのに危なく再試験になる所だったんですよ!」


 シオンにとって、魔法風船とはさぞかし想い出深いものだったのだろう。

 想い出が深過ぎて、目の前を風船が通過した事にまるで気がついていない。


 「くっ……まずいな、これ以上風に乗ると人間には手が届かない!」


 ムネタカはやむ無く、自身の魔法で風船を手元に引き寄せようと魔力を集中させる。

 

 だが、その瞬間……。


 「う〜、みゃっ!」


 短い助走でムネタカの前を横切ったレナが、ネコ科の獣から受け継いだ身体能力を活かして圧倒的な跳躍力を見せつけた。


 「捕まえたっ!」


 レナは両手で風船を抱き抱え、そのまま空中で回転しながら軟着陸に成功する。


 「わっ……すごい!」


 風船を追って飛び出してきた幼い兄妹が、レナの大ジャンプを目の当たりにして声を失う。

 

 「戻って来なさい……あっ!?」


 両手に紙袋をぶら下げながら、兄妹にようやく追いついた母親は、目の前のネコっぽい少女がレナである事を直感的に理解した。


 「はい、風船あげる。離しちゃダメだよ」


 「にっぱち姫」状態のレナは肉球のある手で風船を掴み、そのまま兄妹に手渡す。


 「あ、ありがとう……ネコねーちゃん……」


 「ありがとう……ネコねーちゃん……」


 唖然とする幼い兄妹の目には、レナがネコの格好をして遊んでいるとしか思えず、取りあえず見たまんまのものを言葉にして返した。


 「あんた達、その娘は王女様よ! 色々事情があるけれど、その娘は王女様なのよ!」


 母親はその場に最もふさわしいセリフを過不足なく絶叫し、レナに頭を下げて感謝の意を表して兄妹の手を引き、慌ててその場から立ち去っていく。


 後に残されたのは、茫然自失の3名のみ……。



 「……ムネタカ様、そのビリー様とは、どうやって知り合ったのですか?」


 奇妙な体験から気を取り直し、エルパンの森まで歩みを進めるムネタカ、シオン、そしてレナ。

 午前中の陽射しもあり、宿探しの時程の不安はないものの、全く人気のない道を歩き続ける退屈を紛らわせる為、シオンはムネタカとビリーと関係を訊き出そうとしていた。


 「俺は魔導士としてそれなりに名が知れてきたから、当然聖獣族討伐にスカウトはされていた。だが、俺には奴等の怒りや苦しみも理解する能力がある。そこで、顔を隠して傷ついた奴等の治療をしながら、戦いの真実を見極めようとしていたのさ」


 当時のムネタカはまだ20歳そこそこだったが、前世の記憶と合わせれば40歳になっている。

 命を懸けた戦いを盲信する様な、若く愚直な考えには至らないだろう。

 

 「一般的に聖獣族は知性が高く、平和主義と言われているが、中には野蛮な奴もいる。人間と戦わないビリーの一家を迫害して奴の妻を殺し、娘にも重傷を負わせた悪党を俺が退治して、娘のジニーを治療した事で交流が始まったんだ」


 「……そんな事が……」


 歴史で語られる事もない真実を初めて耳にして、シオンも言葉を失いかけていた。


 「……まあつまり、ビリーはランドール達より古い仲間なんだよ。おかしな話だけどな」


 肩をすくめて苦笑いを浮かべるムネタカを横目に、レナは無言で地面を見つめている。


 彼女も歴史を学びながら、少しずつ自らの行動を改める気になったくれたか……と、ムネタカとシオンが期待したのも束の間、レナは一言呟いた。


 「……ねえ、さっきからず〜っとあるこのキノコ、美味しいのかな?」


 そこには、黒地にオレンジ色の斑点が打ち込まれた、ぶっといキノコが群れをなしている。


 絶対無理だこんなもん。



 その直後、突如として深い霧に覆われる森。

 エルパンの入口を目前にして、聖獣族が不審者を近づけない様にする為の防衛手段である。


 「……着いたぞ。ここからは俺と奴等だけの話になる。独り言みたいに聞こえるだろうが、まあ気にしないでくれ」


 「はい」


 ムネタカからの注意に頷くシオン。

 一種異様な雰囲気に緊張を隠せないレナの肩を抱き、彼女の安心感の回復に努める。

 

 いくらわがままプリンセスと嘆こうとも、やはりシオンはレナの姉代わりなのだ。


 「ビリー! 俺だ、ムネタカだ! 大事な話があるんだ、森に入れてくれ!」


 エルパンの森に轟く、ムネタカの叫び。


 やがて霧は晴れ、彼等の目の前には巨大な屋敷とも言うべき、聖獣族の住居が姿を現した。


 「……これは……!? 凄い!」


 聖獣族の住居を参考に作り上げた、ムネタカの家。

 それを何倍にも拡大したかの様な、草木と魔法の壮大なパノラマ。

 恐らく人間の建築技術では太刀打ち出来ない圧倒的なスケールに、流石のシオンも開いた口が塞がらない。


 【……ムネタカか。お前なら最初にここに来ると思っていた……】


 ムネタカにしか聞こえない、聖獣族の声。


 やがて屋敷の入口が開き、中から長身の、そして豹の様にしなやかな肉体を持つ2足歩行の獣が現れる。


 彼こそがビリーだ。


 【……顔つきが変わったな、ムネタカ。懐かしい、あの頃のお前の顔だよ】

 

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