第5話 凄腕のトラブルメーカー
「傭兵酒場」に現れたランドールは地球のデンマーク出身であり、2メートル近い長身に100㎏の体重、スキンヘッドに奥目の顔立ちと、一度見たら忘れないインパクトのある風貌である。
元来ヘビー級の格闘家である彼は、クルーズ船上の格闘大会の途中で海難事故に遭遇し、海に投げ出された瞬間にヒューイット王国に移転。
幼い頃に両親が蒸発し、施設で暮らしながらひたすらに一攫千金を目指し続けた彼にとって、戦いとトレーニングに明け暮れる傭兵剣士以上の職業は見つからないだろう。
「どうした? 今夜はしけてやがんな……」
ムネタカと若い剣士の喧嘩が盛り上がりに欠けた為、一時的に酒場のテンションが下がったいきさつを知らないランドールは不満顔。
そんな彼の隣には、恐らくマーカスからの情報にあった若い剣士の姿もあった。
「……ん? お前まさか……ムネタカか?」
ムネタカとシオンはお目当てのランドールを真正面から凝視していただけに、相手がその視線に気づくのも早い。
強面のランドールの表情が、猛スピードで緩んでいく。
「ムネタカー!!」
歓喜の笑みを浮かべて突進して来るランドール。
その巨体の迫力に、初対面のシオンは慌ててムネタカの背中に隠れてしまう。
「どぅおおっ! 10年ぶりだなムネタカー! 元気してたか?」
ムネタカが予め魔法で身体をガードせざるを得ない程の、全力のハグ。
地球の話が出来て、同じパーティーのデラップやミシェールに比べて世渡りの下手なムネタカは、ランドールにとって王国で最も気の置けない仲間なのだ。
「ああ、隠居していたから体力があり余っていたよ。 お前、全然老けてねえな」
式典以来10年ぶりの再会となるランドール。
彼は幼い頃から喧嘩の絶えないトラブルメーカー故に、お世辞にも綺麗な顔はしていない。
加えてスキンヘッドで髪の様子も窺い知れず、見た目は若い頃と何ら変わっていない様に思える。
「……ま、俺も歳は取ったよ。昔の蓄えがある内に若い奴を育てて、剣士の斡旋も始めたいと思ってな。剣術学校で財務を担当しているデラップに相談しているんだ」
「お前の弟子が学生に教えるのか? 勘弁してくれ」
自己中心的で凶暴な師範の姿を想像し、ムネタカは苦笑いを浮かべたものの、堅実派のデラップやミシェールだけではなく、同類だと思っていたランドールやマーカスの仕事ぶりに、彼は少しばかり自身の現状への焦りも感じていた。
「あ、あの……初めまして。王宮魔導士のシオンです。この度は姫様の事で、聖獣族をよく知る方々にご協力いただきたく……」
ムネタカの背後から、シオンが恐る恐る顔を出す。
レナの獣化の噂は剣士の間に広まっており、実績のあるランドールには既に正式な依頼が届いているという。
「あんたがシオンか、噂は聞いている。デラップとミシェールから力を貸してやれと頼まれたよ。だが、俺の仕事は剣で戦う事だ。ムネタカがまず交渉に行くんだろ? 話し合いでダメだった時、改めて来てくれ」
40歳を過ぎた現在も、王国最強の剣士であり続けるランドール。
聖獣族はいなくとも、街の犯罪者を懲らしめる仕事の依頼が途絶える事はない。
ムネタカとは違い、彼に自由な時間は余りないのである。
「おやっさん、最強魔導士揃い踏みなんて、滅多にないぜ!」
ランドールの脇に立っていた若い剣士が、ムネタカとシオンのツーショットに興奮して飛び出してきた。
栗色の長髪を後ろで束ねたその剣士は、背格好はムネタカより若干大きいものの、おおよそランドールと行動をともにするレベルの貫禄は持ち合わせていない。
整った甘いマスクは女性受けしそうだが、それ以外は特に目立つ所のない、普通の青年剣士といった雰囲気である。
「紹介するぜ。今イチオシの若手、キルメスだ。武闘大会の審査員に呼ばれた時、予選で断トツだったのがこいつだよ。だが、家が貧し過ぎて本大会の登録料が払えないときた。余計な陳情や根回しは止めて、俺と一緒に稼ぐ事にしたのさ」
「姫様が昔、公務でうちの近くを通った時、挨拶したけど無視されたよ。当時の俺は貧乏で汚い服を着ていたしね。だから呪いをかけられたって聞いた時は、正直ざまあ見ろって思ったぜ!」
悪びれる事のない明朗な笑顔でレナの悪行を暴くキルメスに、彼を紹介する途中だったランドールは腹を抱えて爆笑し、シオンは頭を抱える。
「……でも俺、姫様の顔は好みなんだ。何とか恩を売って出世して、母ちゃんを楽にしてやりたいな!」
野心を隠さない率直なキャラクターのキルメスは、その甘いルックスとのギャップが少々残念だったが、不思議と失礼な発言にも嫌味は感じさせない。
ムネタカは考えを改めた。
キルメスはランドールと行動をともにするレベルの大物であると。
「……まあ、そういう事だ。ムネタカ、そこのシオンとやらと聖獣の森に交渉に行ってから、俺達が必要かどうか決めてくれないか?」
「分かった。ランドール、キルメス、明日のこの時間にもう1回ここに来てくれ」
ランドールとムネタカは互いの事情を考慮しながら、今日の所はこれで別れる事となった。
「さあ! 飲み直すぞ!」
「おう!」
見た目はシオンより若く見えるキルメスだが、こうしてランドールに1日付き合える酒豪なのであれば、こら末恐ろしい男である。
「……姫様、やはり評判が良くないみたいですね……」
外はすっかり暗くなった、酒場からの帰り道。
シオンはキルメスの話を含めて、レナに厳しく出来ない自分を後悔していた。
そもそも、レナがわがままに育ってしまった最大の要因は、国家政策の転換と先代国王の病死による、現国王夫妻の多忙化である。
人間族と聖獣族との争いが起こった背景には、更なる工業化を目指した人間族が聖獣族の居住地を侵食し、鉱物を採掘する為に彼等を追い出そうとした動きがあった。
長きにわたる戦いの末、人間族は必要以上の工業化を断念し、王国北部の森の権利を聖獣族に譲渡。
ヒューイット王国は農業と漁業を強化する。
その政策転換に尽力した先代国王は過労で病に倒れ、若くして国王の座を継いだ現国王夫妻は、思春期に入ったレナを支える事が出来なかったのである。
シオンは王都に住む中流家庭の出身であったが、幼い頃から抜きん出た魔法の才能を持っていた為に、家族と離れて王宮からのスカウトを受け入れる決意を固めた。
その後は6歳下のレナと姉妹同然に育った事もあり、やはり厳しい指導には限界があるだろう。
「……ん? 宿の前に誰かいるな。手を振っている」
ムネタカが灯したランプを頼りに進まざるを得ない、夜の闇に浮かび上がるひとつの人影。
どうやらアランらしいが、穏やかではない様子だ。
「ムネタカさん、シオンさん……!」
アランが伝えたかったのは、残念ながら悪い報せ。
神官に入院患者が出てしまい、アランを急遽王宮に呼び戻す事に。
しかも、まだ見習いのアランにも正規の仕事を任せなければならない緊急事態。
アランにとってはレナを置いて帰る未練より、むしろ仕事のプレッシャーに押し潰されそうな不安が上回っていた。
「すみません、いつも肝心な時に役に立てなくて……」
再び自信を喪失しそうなアランに気合いを注入する為、ムネタカは彼の背中を強く叩き、ジェフリーからヒントを貰ったプランを説明して勇気づける。
「姫様に人間らしさが残っている時間帯は、街の人達に預ける事も考えている。ジェフリーやハミンなら、多少のじゃじゃ馬は手懐けられるさ。お前は神官としてやるべき事をやればそれでいい」
「……は、はい! 頑張ります!」
両者のやり取りを見ていたシオンは、自分がもしアランの立場だったら、果たしてレナのわがままを毅然と断る事が出来たのかと、今一度自身の胸に問いかけていた。