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第4話 酒場にて


 「いただきま〜す!」


 夕食にひときわ心踊らせるのは、やはり獣化により食事の重要性が大幅にアップしたレナ。


 温泉から上がって皮膚の水気が抜けると、たちまち部分獣化、つまりジェフリーの言う所の「にっぱち姫」スタイルに戻ってしまい、シオンに吐露した不安や恐怖も忘れてしまう。

 シオンにとっては、本来の姿のレナと話が出来る方法を見つけただけでも大収穫だが、目の前の楽しげな彼女の姿が本意ではないという現実は心苦しいものがあった。


 レナの不安や恐怖は、痛い程分かる。

 明日温泉に入る時は、辛い事を忘れさせる様な楽しい話をしよう……シオンは心にそう誓う。


 「風呂も食事も終えて、後は寝るだけ……と言いたい所だが、酒場の盛り上がりはこれからだ。俺はランドールを探しに近くの酒場へ行く。シオン、一軒だけでいいから、俺に付き合ってくれないか?」


 「はい! あ、でも……」


 ムネタカからの指名は、彼女が信頼を得たという証拠。

 しかしながら、事件があってからというものシオンはレナの元を離れた事がなく、一抹の不安を隠せずにいた。


 「シオンさん、レナは僕が責任を持って見守ります。僕に出来る事はこれしかありませんから」


 ムネタカとの交流で決意が高まったか、何処か逞しさを感じさせる表情に変わっていたアランが、レナの護衛に志願する。


 「俺も足は万全じゃないが、小娘ひとりに敵わない程歳は取っていない。大丈夫だ、行ってこい」


 獣の習性で火を恐れるレナから距離を置き、料理に使う火の番をしていたマーカスも、アランとともにレナの御守りを引き受けてくれた。


 「アラン、マーカス様……ありがとうございます! ムネタカ様、同行させていただきます!」



 宿屋から再び南下し、ダランの街から少々王都寄りへ移動。

 ダランの街からの出稼ぎ労働者と、王都からの出張労働者の中継地点であるオースティの街は、その性質上酒場や飲食店が盛んな歓楽街。


 愛称もズバリの「傭兵酒場」は、王都の酒場を除けば王国有数の規模を誇る酒場であり、かつてオースティの街を拠点にしていた伝説の英雄・ランドールの行きつけの店だった。


 「いらっしゃいませ〜!」


 傭兵酒場に入るや否や、そのスケールに圧倒されるシオン。

 

 そもそも酒に全く興味のない彼女は、王都以外でこれ程大規模な酒場の存在を知らない。

 加えて、如何にも腕っぷしの強そうな、それでいてガラの悪そうな男達をこれだけ拝むのも、生まれて初めての経験なのである。


 「……ん? あいつムネタカじゃないか?」


 「ムネタカだよ、ムネタカ! 10年ぶりじゃねえか!?」


 一部の目ざとい客が大声を上げた。

 

 ムネタカがダランの街、エルパンの森以外の地域をうろつくのは実に10年ぶり。

 王都で開催された、人間と聖獣族との終戦10周年記念式典に来賓として招かれ、僅か5分のスピーチをこなしただけで再びダランに隠居した、その瞬間以来である。


 「ムネタカ様、お久しぶりです! そちらのお方、奥様ですか?」


 若い頃は反逆者を気取り、男ながらブロンドの長髪にこだわっていたマスターも、今やすっかり禿げ上がった落武者ヘアーに。


 「バカ、違うよ! 王宮から来たエリート魔導士様だぞ!」


 互いの仲を誤解されたムネタカは、慌ててマスターの言葉を否定する。

 シオンにとっても、数時間前に出会ったばかりのムネタカはあくまで魔導士としての敬愛の対象であり、恋愛の対象ではなかった。


 「姉ちゃん、田舎じゃ見れねえ美人だな! だが、男は田舎産の方が魅力的なんだぜ〜!」


 早速シオンに接触を試みる、酔いの回った若い剣士。

 こうやって男連れの女性にちょっかいを出せば相方の男は怒り、やがて酒場名物の喧嘩が見られるとあって、周囲の客もこの剣士の振る舞いを制止する気配はない。


 「……お前には用はない。俺が探しているのはランドールだ。俺達の仕事は半端な腕の奴には務まらないんだよ」


 英雄と讃えられる課程に於いて、自身と他人の汚さを嫌という程見せられたムネタカは既に、この手のろくでなしを相手にいきがって見せる意欲を失っていた。


 殴られたら殴り返す。

 殴られなければ穏便に済ます。

 

 それだけなのである。


 「ランドールだぁ? 老いぼれても金だけはある、お前ら英雄同士で金を回してどうするんだよ! 偉そうな口は俺に勝ってから叩きな!」


 若い剣士はムネタカの懐に素早く入り込み、挨拶代わりとしてはやや強力なアッパーカットを相手に繰り出す。

 相手の動きを見切りながら、ムネタカはこのアッパーカットをかわす事は出来たが、自身がここで反感を買うのは得策ではない事も、同時に理解していた。


 ビシイイィィッ……


 若い剣士のアッパーカットはムネタカの顎を捉え、僅かに直撃を避けるポジショニングに止めたムネタカはその衝撃で床に膝を着いてうずくまる。


 「……ムネタカ様!」


 周囲の客は声を潜め、ムネタカの身を案じるシオンの悲鳴はこの瞬間、美しいコントラストを描き出していた。


 「……見ろ! 20年前は英雄でも、今じゃ俺のパンチも避けられねえ! 新しい世代が英雄にならなきゃダメなんだよ!」


 予想より上手く行ったのだろうか、やや興奮気味にまくし立てる若い剣士の言葉は、常識ある人間の考えとしては決して間違っていない。


 「……お前の言う通りだよ。だが……この仕事は強いだけじゃダメなんだ。お前にいちから長々と説明してやる時間がないだけなんだよ!」


 ダメージの残る顎を擦りながら、ゆっくりと立ち上がるムネタカ。

 彼の右の拳には、この間に溜め込んだ魔力が蒼白い渦を巻いていた。


 ドオオオォォッ……


 魔力で強化した拳は、中肉中背であるムネタカのパワーを補って余りあるパンチとなって、相手のみぞおちへと食い込む。

 衝撃の余り一瞬息が止まった若い剣士はそのま床に(ひざまづ)き、細かな咳でどうにか呼吸を整える。


 「……見ていたろお前ら。これでおあいこだよな? どちらも正しくはないが、どちらも悪くない、おあいこだよな!?」


 何処か寂しげな眼差しのムネタカは周囲の賛同を煽り、やがてささやかな歓声をバックに再びマスターに声をかけた。


 「ランドールを探している。奴の居場所が分かるか?」


 「ランドール様なら、今もここの常連ですよ。王都での仕事を終えて一杯やって、この店で更にはしご酒が定番コースです。もう少しお待ち下さい」


 マスターの説明を耳にして安堵の表情を浮かべたムネタカとシオンは、酒場の隅で静かに酒を(たしな)んでいた、農家風の作業着を着た一団と相席する事に。


 「……あんた、シオンさんだろ? ジェフリーから聞いたよ! 姫様の為に聖獣に会いに行くんだってな」


 いやはや、地方都市の噂が広まるスピードはどうにかならないものだろうか。

 

 「ジェフリーは、ウチの農場でもハミンの店でもいいから、姫様に仕事を与えて王国の民に触れさせた方が人間らしさを保てるんじゃないかと言っていたぞ。俺は事情を知らないけど、姫様が完全に獣になっちまう可能性もあるんだろ?」


 酒が入って饒舌になっているだけかも知れないが、この農家らしき一団は興味深い事を言っている。

 

 確かに今のレナは、食事さえ不満なく与えれば周囲に迷惑はかけていない。

 また、彼女の本音がどうであれ、それを訊く事が出来るのは一緒に入浴出来るシオンだけ。


 アランやマーカスにも本業があり、いつまでもこのチームが保てる訳ではないし、もし一部の聖獣族と戦う事になった時、その現場でレナの野性が目覚めないとも限らない。


 「シオン、1日数時間でも、姫様を街に預けてみるのもいいかも知れないな」


 「……ムネタカ様、ですが……」


 ジェフリーの提案に乗り気のムネタカを、まだ受け入れる気持ちにはなれないシオン。

 例え過保護と自覚していても、王宮で育ったも同然の彼女に、レナを庶民に預けるという発想自体が生まれないのだ。



 「どうした!? 今夜はやけに静かじゃねえか!」


 突然、酒場のドアが荒々しく開けられ、店内でも一際大きなシルエットが皆の目に飛び込んでくる。

 その野太い声、ムネタカを頭ひとつ上回る程の長身、そしてあくまで自己中心的な振る舞い……。


 間違いない、ランドールのお出ましだ。

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