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第3話 英雄……その光と影


 ダランの街を後にしたムネタカ一行は、レナに好奇の目が集中する事を懸念して、人里離れた宿で今後の計画を練る事となった。


 「ダランの街を暫く北上すれば、エルパンの森がある。ここは聖獣族の統括エリアのひとつだが、この森の聖獣族は人間に好意的なんだ。俺の昔馴染みが偉くなっているからな」


 ムネタカはそう言って格好を崩し、王都からは疎遠になってもエルパンの聖獣族との交流は続けている事を告白する。


 「その方に他の聖獣族との橋渡しをしていただくのですね。そこまで具体的な計画をお持ちであれば、宿の見当もついているのですか?」


 文書や伝聞で聖獣族の知識を蓄えてはいるものの、人生の大半を王都で過ごしたシオン達は、今自らが歩いている土地の事すら知らない。

 徐々に人間の気配が薄れて行く道中の先に果たして宿があるのか、不安を隠せない様子だ。


 「……ああ、一軒だけ宿がある。20年前の争いの記憶を風化させない為に、ダランの街とエルパンの森から資料を集めた、記念館兼宿屋さ」


 「記念館なんて、王都にしか無いと思っていました。もっと勉強が必要ですね……」


 シオンに代わって、すっかりレナの世話役が板に着いたアラン。

 レナの今後によっては重荷を背負う事となる彼だが、裏を返せば家系のしがらみから解放される地方での仕事は、むしろ幸せな日々なのだろう。


 「着いたぞ。ここだ」


 ムネタカが足を止めた目前には、こじんまりとした宿屋がひとつ。

 5〜6人も泊まれば満員だろうか。しかしながら、草木が複雑に絡み合ったこの建築様式は何処かで目にしていた。


 「ムネタカ様、この宿はもしかして……?」


 「ああ、俺が手を貸した」



 宿の入口を開けると、カウンターにはひとりの中年男性が腰をかけている。


 「……ムネタカか。そちらが噂の姫様だな」


 カウンターの中年男性は、まるでムネタカの来訪を予知していたかの様に確信的な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。

 その手には杖が握られており、彼の右足には魔法で強引に縫合したと思われる不自然さが残っていた。


 「久しぶりだな、マーカス。こちらは王宮からの来客、魔導士のシオン、神官見習いのアラン、そして王女のレナ姫だ」


 「初めまして」


 王宮関係者を代表して、シオンがマーカスに頭を下げる。


 マーカスはムネタカと同世代らしく、壁に飾られた資料には伝説の英雄や聖獣族の武器・防具だけではなく、若き頃の両者のツーショットも散見されていた。

 浅黒い肌はヒューイット王国の民としては少数派で、ひょっとするとムネタカ同様、特殊な生い立ちを背負っているのだろうか。


 「マーカス・ルイス、地球のアメリカ軍人から移転した元剣士だ。足の怪我で途中離脱しなければ、5人目の伝説の英雄になれた男だよ」


 「……よせ、昔の話だ。大切な仲間がいれば、俺は英雄にならなくてもいい」


 両者の会話には、苦楽をともにした者同士の信頼感が滲み出ていた。

 マーカスの足、そしてこの宿屋にもムネタカが自身の魔法を惜しみなく注ぎ込み、仲間の再出発に尽くした事は想像に難くない。

 

 「……すみません、今ムネタカ様はマーカス様に、転生ではなく移転という言葉を使われました。マーカス様には私達とも、ムネタカ様とも違う背景がおありなのですか?」


 他人の話はひと言も漏らさず聞き取り、早速疑問点を追求してくるシオン。

 彼女が魔法の才能だけで今の地位を得た訳ではないという、探究心を物語る瞬間である。


 「……おいムネタカ、このお嬢さんはお前の転生を信じてくれたのか?」


 王国の庶民から見れば戯言としか思えない「地球の話」を、王宮のエリートが聞いてくれる……。

 初対面時から、何処か醒めた印象のマーカスの目に生気が宿った。


 「俺は22年前まで、地球のアメリカで軍人をしていた。だが、敵の罠にかかって地下に落ち、気付いた時にはこの世界にいたんだ。不思議と言葉は通じたが、地球やアメリカの話を信じてくれたのはムネタカだけだった。そこで俺の運命は決まったのさ」


 マーカスの余りに特殊な経験が自身の理解を超越した為、シオンは思わず視線を泳がせる。

 そんな彼女を眺めてやむ無く頷くムネタカは、自らマーカスの話に補足する。


 「実は、もうひとりの仲間のランドールも、地球のデンマークからの移転組だ。俺は隠居を始めてから、この王国に隠されている地球と繋がる何かを探す為に、ダランの街とエルパンの森を調べ尽くしたよ」


 ヒューイット王国では既に地位と名誉を確立したムネタカだが、自ら命を絶ってしまった前世には悔いがあって当然。

 ましてマーカスとランドールに至っては、地球で未だ安否を気遣う家族や友人がいる可能性が高い。


 王国に平和が訪れても、彼等の戦いは静かに続いていたのだ。

 

 「……とにかく、こんな僻地(へきち)の宿へようこそ。疲れているだろう、ここの浴室は地下から涌き出ている温泉だ。食事は入浴の後にすればいい」


 入浴を提案するマーカスの言葉に、長旅の疲れと汚れを落としたいシオンは一旦気持ちを切り替える。


 「お言葉に甘えます! さあ姫様、やっとお風呂に入れますね!」


 「わあぁ! 濡れるのヤダよ〜!」


 軽度の獣化状態である現在のレナは、言わば人間寄りの猫の様なもの。

 年頃の女性でありながら、野性の本能が入浴を拒むのだ。


 「流石に入浴までは手伝えないな。シオンなら何かあっても大丈夫だろう。アラン、先に男湯に入ってろ。俺も後から行く」


 「はい!」


 こちらは年頃の男性であるアラン。

 レナとシオンのあられもない姿を想像した自分を恥じながら、そそくさと男湯に消えて行く。


 「タッチの差だな、ムネタカ。昨日までランドールが来ていたんだぞ」


 「……本当か!? 奴は今何処に?」


 聖獣族との和解の過程で戦いが避けられない場合、いずれは剣士の力が必要になる。

 そう考えていたムネタカは、やはり昔馴染みの剣士・ランドールとコンタクトを取りたがっていた。


 「……奴の居場所は分からん。だが、歴史を学ばせると言って若い剣士を連れていた。奴は弟子を取る様な男ではないから、その若い剣士はランドールが惚れ込む程の腕前なんだろう」


 マーカスからの情報に期待を膨らませるムネタカ。

 ランドールと同じレベルの剣士をもうひとり味方につける事が出来れば、自身とシオンの魔力と合わせて最強クラスの聖獣とも渡り合える。


 「マーカス、風呂から出たら酒場の地図を見せてくれ! 姫様とアランを預けて、2〜3日奴を探したい」



 「さあ姫様、少し熱いですけど、我慢して下さいよ〜!」


 バスタオル1枚の姿ながら、騒動以来落ち着いて入浴も出来なかったシオンはテンション最高潮。

 嫌がるレナを魔力つきの腕力で強引に洗い場へと引きずり込む。


 「嫌、やめて〜! ぎゃっ!」


 シオンの有無を言わせぬシャワー攻撃に激しく暴れるレナ。

 しかしその時、彼女の身体に変化が訪れている事に、シオンは遅れて気がついた。


 「……これは……姫様!?」


 浴室のお湯が毛穴を塞ぎ、皮膚呼吸を鈍らせた事が原因なのか、レナの背中の体毛は抜け落ち、やがて耳・肉球・尻尾も消え、完全なる人間体のレナが姿を現す。


 「……シオン……ここは何処?」


 耳馴染みのある、レナ本来の口調。

 目前の光景を信じる事の出来ないシオンは激しく動揺しながらも、どうにか思考回路を巡らせて現状の把握に努めた。


 「……姫様! ひょっとしてお湯で元の姿に……自分がどうなっていたか分かりますか?」


 慌ててレナに詰め寄り、その細い肩を抱くシオン。

 つい先程までの獣化パワーはすっかり影を潜め、普通の18歳の少女のか弱さに戻っている。

 

 「……シオン、あたし怖い! 身体が言う事を聞かないの! 勝手に動いて、勝手に食べてる!」


 獣化以来、初めて本人の意思を完全に取り戻したレナは、シオンに恐怖と不安をまくし立てた。


 「大丈夫です、姫様。私とムネタカ様、そしてアランもお側についております。必ずや姫様を元の姿にお戻ししますから、姫様ご自身の行動を改めた上で、もう少し辛抱して下さい!」


 レナとの意志疎通に大きなヒントを得たシオンは、決意も新たに親愛なる妹分を強くその腕に抱き締める。



 「アラン、お前……姫様が好きなんだろ?」


 立場の違いを乗り越え、男湯で飾らぬ親交を深めた両者。

 しかしながら、ムネタカからの突然の指摘にはアランも言葉を失う。


 「……そ、そんな事……」


 ムネタカの言葉をはっきりと否定出来ないアランは、こんな所だけ育ちの良さが隠せない。


 「……分かるよ。俺も気が弱いから、好きな娘を甘やかして取り入ろうとした。フラれたら悔しくて相手のせいにしたよ……。何かひとつでも上手く行ってたら、自殺なんてしなかったんだけどな」


 若い頃の自分とアランを重ね合わせていたムネタカは、それが余計なアドバイスとなる事を一瞬危惧はしたものの、やはり言わずにはいられなかった。


 「……アラン、今のお前では姫様を守れない。だが、お前には仕事がある。王宮に戻っても周囲の目に負けず、早く神官として独り立ちする事だ。お前の戦いは聖獣が相手じゃない、自分自身が相手なんだ」


 本人も自覚していたのだろう。

 アランは無言で、ムネタカの言葉に頷く。

 

 「……僕から見れば、ムネタカさんは全てを手に入れた人の様に見えます。ムネタカさんはどうして、王都での暮らしを捨ててダランに隠居したんですか?」


 言葉を振り絞る様に、ムネタカに質問をぶつけるアラン。

 魔導士を目指すモチベーションにもなっていたはずの栄光を、何故簡単に捨てられるのか、彼はどうしても知りたかったのである。


 「……そうだな。英雄と讃えられるのは楽しかったよ。酒にご馳走、選び切れない程の花嫁候補もいた。だが……それらは全て、英雄なら誰でもいいものだったんだ」


 言葉の意味をまだ理解出来ないアランを横目に、更に続けるムネタカ。


 「俺に近付いて来る女は、デラップやランドールにも近付いていた。酒もご馳走も、その場でプライドを捨てて食いつかなければ、より金のある奴や、より見た目のいい奴に消えて行く。デラップはいち早く虚しさに気づいていたんだろうな。さっさとミシェールと結婚して、他の女に脇目も振らずに堅実な人生を生きた。だが俺は、自分の欲深さに嫌気がさすまで堕落し続けていたんだ」


 静寂が浴室を包む中、アランは自らの生きる道を見定め、ムネタカと固い握手を交わしていた。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふむふむ、異世界転生、転移要素もあるんですね。 なろうの基本、テンプレも押さえつつ、 独自性もある作品ですね。 これは先の展開が楽しみです。
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