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最終回 明日を探して 〜 にっぱち姫再び? 〜


 レナの祝賀会が国を挙げて準備されている間、マーカスの宿屋を継ぐ決意を固めたムネタカは、まずは冷静に自身の弱さと向き合う事を余儀なくされる。


 「ムネちゃん、お客様商売ってのはね、結局午前中にどれだけ頑張るかで決まるのよ」


 接客サービス業のスペシャリストとして、ムネタカがまず頼ったのは、ダランの街の行きつけ食堂の女主人、ハミン。

 ムネタカとは20年来の腐れ縁で、「にっぱち姫」時代のレナを厳しく鍛えたのも彼女だ。


 「午前中……? 飯は前の深夜にでも用意して、客が起きてきたら温めればいいんだろ?」


 知った様な口をきくムネタカに怒り心頭のハミンは、舌打ちして容赦ない肘鉄を彼に叩き込む。


 「……ぐっ、げほっ……違うの?」


 「ムネちゃん、そんなセコイ食事と態度で、お金を払ってくれるお客様が何回も来てくれると思ってるの!? 朝食が1人前だとしても、最低朝の4時には起きて、下ごしらえだけしておいた料理を作るのよ! お風呂も沸かさなきゃいけないわよ。朝イチで入浴したいお客様も沢山いるしね」


 まるで仙人の如き浮世離れした生活を20年も続けてきたムネタカにとって、頭では理解していても、こうして肘鉄つきで言葉にされるとお先真っ暗である。


 「……ムネさん、マーカスは愛想は悪いけど、黙々と仕事をこなすプロフェッショナルだったよ。足が不自由なだけに、この辺りのキノコなんかは俺より詳しかった」


 ムネタカとの縁で、マーカスの宿屋にも野菜を卸していたジェフリー。

 彼は「にっぱち姫」に熱を上げるただのキモいおじさんではなく、立派な農家なのだ。


 「仕方ないわね……まずは効率のいい掃除と、下ごしらえの基本を教えてあげるわ!」


 自らに気合いを注入し、鬼教官の眼差しでムネタカを睨み付けるハミン。

 ジェフリーはそのオーラに圧倒され、すごすごと後退りを始める。


 「にゃあ……このおばさん、怖過ぎる……」


 ムネタカはすっかり観念し、いつか誰かが言った様な台詞を呟いていた。



 その頃王都では、祝賀会の準備の合間に休憩を取ったレナとシオンが、キルメスの墓を訪れている。


 「……キルメス、ごめんなさい……。これからのあたしと王国を見ていてね……」


 レナは胸に手を当て、自身と王国の未来の為に犠牲となった若き剣士の冥福を祈っていた。

 

 もう少し時間を置いたら、人間の代表として聖獣族側の犠牲者にも謝罪が必要。

 その時はシオンとジニーを通じて、ムネタカの力に頼らないコミュニケーションを確立する事が、両種族の未来にとって重要となるだろう。


 言葉にはしないものの、レナの決意はその横顔を通して、隣のシオンには十分に伝わっていた。


 「シオン、契約を延長してくれてありがとう。ムネタカ様やお母様の事もありますが、あたしにはまだ貴女が必要です」


 凛とした佇まいから言葉遣いまで、この一件はレナの全てを変えたと言っても過言ではない。

 そんな彼女の成長を、シオンはある意味で喜び、またある意味で心配している。


 「姫様、貴女が国のまつりごとに関わるのはまだまだ先の話です。昔の姫様に戻られると、(わたくし)どもも少々困りますが、今の姫様は王国の民に愛される王女であれば、それで良いと思います。もう少しだけ、肩の力をお抜きになられて下さい」


 「ありがとう、シオン……」


 シオンの言葉に励まされ、姉の様な存在の彼女に見せたレナの笑顔は、「にっぱち姫」の頃に見せていた、明るく無邪気なものだった。


 

 「……おう! 姫様、シオン、やっぱりここに来ていたか!」


 突然背後から、馴染みのある声がする。

 

 私用で王都を訪れていたランドールが、自身の愛弟子の墓に足を運んでいたのだ。


 「ランドール様、私達にご用でしょうか?」


 ムネタカと一緒ではなく、ランドールがひとりでシオンやレナに接触する事は珍しい。

 これは恐らくムネタカに関する話題……シオンはそう直感し、やや表情をこわばらせる。


 「シオン、マーカスは地球に帰ったよ。安否は不明だが、この世界で撮った写真から奴の姿が消えていたんだ。ここ以外の何処かに辿り着いた事は間違いねえ」


 ランドールからの報告を受け、シオンとレナは取りあえず安堵感にその胸を撫で下ろす。

 祝賀会の当事者側としてやむを得ないとはいえ、大切な仲間にちゃんとした別れの挨拶が出来なかった事は、彼女達の心残りであったからだ。


 「……そして、そいつを知ったムネタカは、奴の宿屋を継ぐ事になったんだ。宿の立地から考えても、ムネタカの資質から考えても、あそこを人間と聖獣の交流拠点にするのは理にかなっているからな。シオン、ムネタカは遂に自分の道を見つけて、この世界に骨を埋める覚悟を決めたよ!」


 それは余りに突然な事であり、シオンは頭の中を整理するのが精一杯。

 だが、ムネタカが過去やプライドから解放され、未来に自分の可能性を懸ける決断を下してくれたことが、何よりも嬉しい。


 「シオン、宿屋の主人は基本ひとりで仕切るし、ムネタカ様にはピッタリの仕事じゃない? 後はサービス業の基本をハミンさんから叩き込んで貰えば完璧だわ!」


 自身の経験を交えてか、レナもムネタカの挑戦に太鼓判を押していた。


 いや、もう……叩き込まれているんですけどね。



 西陽も沈みかけた、ヒューイット王国の夕暮れ時。

 ムネタカはマーカスが残してくれたマニュアルを片手に、宿屋周辺の野草やキノコを探索し、食材の知識を自らのものにせんと奮闘する。


 彼の場合、火力や水抜き等の技術は魔法の力でどうにでもなる。

 重要なのは料理の腕ではなく、その知識と味覚なのだ。


 「……ええ!? このキノコ喰えるのかよ!」


 ムネタカはマーカスのマニュアルに書かれている、以前「にっぱち姫」状態のレナが興味を示していた黒地にオレンジ色の斑点がついたキノコが食べられるという現実に、激しい衝撃を受けている。


 「この立地では、テキスの街から新鮮な魚介類を運ぶ事は出来ない……。鶏肉は出すとしても、ジェフリーからの野菜と、俺が選ぶ野草やキノコで勝負しなければ……」


 元来動物とコミュニケーションが取れるムネタカにとって、動物性の食材で心を傷めずに食べる事が出来るのは、脳の容量でコミュニケーションの取れない鳥類と魚介類だけ。

 魚介類の輸送にハンデのあるこの土地に於いて、マーカスも野草やキノコの研究に苦心したに違いない。


 「……俺は、ひとりで落ち込んだり、ひとりで調子に乗ったりしてきたが、結局皆に支えられてきたんだよな……」


 暮れかけた夕陽に照らされたムネタカの横顔に、これまでの人生で積み重なってしまった苦味が走る。


 「ムネタカー! 大事な話がある。聞いてくれ!」


 王都を往復するスタミナを消費しても、未だ声の音量が下がらないランドールの帰還に、ムネタカは探索の手を休めて親友と合流した。


 

 「……で、デラップから呼ばれたんだろ? 何の話だったんだ?」


 ムネタカは早速、マーカスのマニュアルに疲労回復の効果があると書かれていたお茶の葉を収穫し、微力の火炎魔法で煎り出したお茶を自身とランドールに振る舞う。


 「ああ、実はデラップが剣術学校の校長になるらしい。奴が抜けたポストに俺をスカウトしたいと言ってきた……まあ、実技教員だな」


 「いい話じゃないか。お前、その話を受けるのか?」


 ムネタカからの問いかけに、暫し沈黙するランドール。

 これまでムネタカ同様、何事にも縛られない自由な人生を謳歌してきた彼は、何か意を決した様に目を見開き、その口を開いた。


 「……ああ、受ける事に決めたよ。つい昨日までは、俺は死ぬまで傭兵剣士としてフリーランスに生きるつもりだった。だがムネタカ。お前を見て考えが変わった」


 「……俺を?」


 驚きを隠さないムネタカを横目に、ランドールは言葉を続ける。


 「俺がもし動けなくなったら、俺の知識や経験が俺をただの老害にして、若い奴等の邪魔になると考えたのさ。キルメスを弟子にしたのも若い奴を育てたかったからなんだが、剣術学校みたいな、ちゃんとした後ろ楯がないと、今回みたいな悲劇はまた起こると思った。ま、大人になっちまったんだな、今更だけどよ」


 やり場のない複雑な感情を持て余し、椅子に反り返って頭を掻くランドール。


 だが、彼はフリーランスではあったが、毎日身体を張って戦ってきた。

 時に傍若無人な振る舞いはあったにせよ、大人としての責任はちゃんと果たしてきた。

 だからこそ、デラップから教員のオファーが舞い込んだのだ。


 「ランドール、俺はお前に何もしちゃいないぜ。俺がお前みたいな責任の取り方をしたければ、マーカスの意思を継ぐしかなかったのさ。今のお前なら、いい教員になれると思う。ちょっと飯喰って行けよ。俺の手料理試食第1号だ」


 「……おいおい、お前の最初の手料理はシオンに作ってやるのが男の責任ってもんだろ!?」


 ムネタカの怪しげな招待に、流石のランドールも背中に悪寒が走る。


 「……いや毒味だから。シオンが腹壊したら困るから」


 「うるせえ! 俺は喰わねえ、絶対喰わねえからな!」

 

 こうして夜も更けていくヒューイット王国。

 明日はいよいよ、全快したレナの祝賀会だ。



 「……ムネタカ様!」


 慣れない正装姿に四苦八苦しながらも、王都で数日ぶりに再会したシオンと軽い抱擁を交わすムネタカ。

 王国きってのエリート魔導士、しかも若く美人な女性との交際を、今や王国中が認めてくれている。

 

 ほんの数週間前までの自分は、20年前の偉業こそ評価されていたものの、気難しい変わり者として、住居を構えるダランの街以外では相手にされる事もなかった。

 しかしながら今回の一件で、彼が王都の人間と距離を置いてまで交流を続けていた聖獣族の友人の顔を立てようと重い腰を上げた事が、結果として全てを変えたのだ。


 「……現在の我が国の産業に関して、不満をお持ちの方も多い事と存じます。ですがわたくしは、今回の一件で獣化を経験した事により、いずれは聖獣族との和平を重視する祖父、そして父の国策を受け継いでいく所存であります!」


 熱の入ったスピーチで、改めて自身が王位継承者であるという自覚を示したレナ。

 彼女がわがまま王女だった頃の唯一の名残りであった一人称の「あたし」も、遂に「わたくし」に正されている。


 「姫様、立派になられたな。後は姫様の器に見合うパートナーが見つかれば、王国も安泰だろうが……」


 10年ぶりの来賓席に若干の窮屈さを感じつつ、将来レナと交際する男性の気苦労を察するムネタカ。

 そんな彼の様子を怪訝に感じたシオンは、ムネタカにその真意を問いかけた。


 「……ムネタカ様、姫様のパートナーは、アランではないのですか?」


 「……ん? そりゃあそうなれば理想だが、恋愛には色々と……」


 シオンからの突然の突っ込みに、ムネタカが慌てていたその最中、国王から何やら重大発表があるとの事。

 王国中から集まった大観衆の目は、国王に集中する。


 「……国民の皆様と、尊い犠牲を含む英雄達の尽力により、我等が王国は危機を乗り越える事が出来ました! ありがとうございます!」


 観衆から拍手を浴びる国王。

 

 今回の件は、王都やダラン以外の街に住む国民には詳細が理解出来ないかも知れない。

 しかしながら、一歩対応を間違えば種族間抗争に発展したかも知れない、重大な出来事だったのである。


 「数奇な経験をしたレナではありますが、彼女はまだ18歳。王国のまつりごとよりも先に、いち人間として、更なる経験が必要な年頃であります。この度レナが獣化中にお世話になったダランの街で、再び社会人としての経験を積みたいと、本人からの申し出があった為、我々も彼女をダランの街へ派遣致します!」


 王国に吹き荒れる大歓声。

 その声の主の大半は、勿論ダランの街からやって来た観衆達だ。


 「やった! またネコねーちゃんと遊べる!」


 「あの娘は王女様なの! もうネコねーちゃんじゃないの!」


 微笑ましい家族漫才である。


 「こいつは良かったな! ハミンやマリン、ジェフリーも喜ぶだろう! もうネコにはなれないけどな……」


 ムネタカが歓喜の表情を浮かべていると、先程の質問の続きを引き連れ、シオンが顔を近づけてきた。


 「……ムネタカ様、あれ程姫様に尽くして、互いに認め合っているアランでも、姫様のパートナーにはなれないのですか?」


 恋愛には時として、愛だけでは乗り越える事の出来ない壁が存在する。

 決して恋愛経験が豊富ではないムネタカでも、その現実は理解している。


 だが、目の前のシオンは相当な堅物人生を送って来たのだろう。

 両者の間に信頼と愛情があれば、全ての壁を乗り越える事が出来るとばかりに。


 こと恋愛に関しては、なかなか自分に自信を持てないムネタカにとって、これは最初にして最後のチャンス。

 目の前のシオンの為に限界まで頑張り、シオンの為に限界まで愛情を注げば、この幸せを手放さずに済むかも知れないのだ。


 「シオン! 俺は宿屋を頑張る! 君も後1年はレナを頑張って支えてくれ! お母さんの足に温泉が効くはずだから、ご両親も宿に呼んでくれ! 俺達2人なら、きっと上手く行くよ!」


 「あっ……」

 

 ムネタカは自身の熱い気持ちに逆らえなくなり、無意識のうちに人目もはばからず、まるでチャンスにすがるかの様にシオンを強く抱き締める。

 

 最初は戸惑いの表情を見せていたシオンも、小刻みに震えるムネタカの両腕から、理屈を超越した彼の気持ちを感じ取っていた。

 

 これから待つ戦いは、魔導士としての戦いではない。

 

 互いに目の前の幸せを手放さない為の、自分自身との戦いが待っているのだ。



 

  『野獣プリンセス「2:8姫 (にっぱちひめ)」 完』

これで完結です。


最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全ての事件が過去になり、 平和な日常へと移り行くエンディング。 レナ姫も、しっかりしちゃって、 大団円でしたね。 お疲れさまでした。 [一言] ムネリンとシオン、お幸せに。
2021/05/06 20:53 退会済み
管理
[良い点] 完結お疲れさまでございました。(*_ _) それぞれが、それぞれの未来に向かって歩み出す、これぞエピローグと言うべき綺麗な終わり方でした。 最後にムネタカがわずかに姫様化したのがクスッと来…
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