第27話 さらば孤高の英雄
イジーを浄化し、レナの呪いが解けた事により、伝説の英雄パーティーとマヤーミの森の聖獣族との戦いは、ようやく終わりを告げる事となる。
ヒューイット王国、そして聖獣の森の長い歴史から眺めれば、実に小規模で些細な争いだったのかも知れない。
しかしながら聖獣族に4体、人間に1名の死者が出ており、聖獣族には更にもう1体、川に流された行方不明者も存在していた。
例え今回、レナとアランが軽はずみな行動を取らなかったとしても、種族間の僅かな意識の掛け違いから争いが生まれる火種が、常に存在していたと見ていいだろう。
戦いを終えたパーティーのメンバー達は、新たなる道に向けて慌ただしく動き出していた。
メンバー内に於ける、いわゆる王都組は、レナの全快報告と祝賀会の準備で大忙し。
完全なる人間の姿を取り戻したレナは、裏を返せば「にっぱち姫」時代の無邪気な愛嬌が通用しなくなったとも言え、まずはひたすら謝罪と決意表明に追われていた。
最後に株を上げたアランは、神官の若きスター候補生として、彼の人生で初めて周囲からの期待を集める様になっている。
元来、慢心する様なタイプではないだけに、彼が今後、レナをパートナーとして支えられるだけの男に成長する事を、王国の民も期待しているだろう。
シオンはムネタカとの関係を深めた事と、足が不自由な母親の世話をしたいという理由で、拘束時間の長い王宮専属魔導士を辞退する意向であった。
しかし、レナの再出発に彼女の力はまだまだ必要不可欠。
自身の後継者育成義務もあり、取りあえず1年間の契約延長にサインする事となる。
剣術学校の教員であるデラップは、勇退を決めたオラス校長の指名を受けて遂に校長への昇進が決定。
彼のいたポジションには、ランドールに教員就任のオファーを要請するらしいが、果たしてどうなる事やら。
ミシェールにも魔法学校校長昇進のオファーはあったものの、子育てを理由にこれを拒否。
これから多忙になる夫、デラップに代わり、いずれ学校に入学予定の息子と娘に世の中の厳しさを教える覚悟だ。
聖獣族に目を移すと、ビリーとジニーの父娘は少々甘えん坊のイジーに手を焼きながらも、彼を心優しい未来のリーダー候補として育成を開始。
コリーはイジーに代わる、マヤーミの森の新たなリーダー擁立に尽力し、道具を使える聖獣達に感情を仕込むべく、彼等をジョーラの森へと招いている。
激闘から一夜が明け、地球に帰る決意を固めたマーカスをマヤーミの森にまで見送りに来たのは、結局地球で人生を送った事のある、ムネタカとランドールだけ。
パーティーの仲間達に王都で必要とされる人材が多い事は名誉だが、命を懸けた戦いをともにした男の最後の見送りに集まる人数としては、やはり余りにも寂しい。
「忙しいのは分かるけどよ、戦友との最後の別れに駆けつけねえたぁ、冷たい奴等だぜ全く」
自身がデラップの後釜候補に挙げられているとはつゆ知らず、今後も傭兵剣士を続ける気満々のランドールは、不満も露に地面を蹴り上げた。
「……まあそう言うな、奴等だって、夜には仕事から解放される。次元のトンネルが消えかかっているから、俺が待てずに出発を繰り上げただけなんだからよ」
22年前に地球から持って来た、くたびれたリュックサックを久しぶりに背負い、何処か悟りでも開いたが如く、晴れやかな表情を浮かべるマーカス。
「……かなりトンネルが小さくなっているな。マーカスひとりの身体が通るかすら怪しい所だ。兄貴を呼んで正解だったよ」
ムネタカは風前の灯となったトンネルを見下ろしながら、ビリーとコリーの協力を得て森に入る許可を貰った家具商人である兄、ロジャーの到着を待っていた。
「お〜いアンディ! 遅れてすまんな!」
ホリフィールド家に於けるムネタカの本名、アンディを頑なに使い続ける、ムネタカの兄ロジャー。
彼は弟からの依頼を受けて、用済みになった古い家具の残骸をマヤーミの森に運び込んでいるのである。
「おお! 兄貴ここだ!」
普段は疎遠なロジャーに対し、こんな時だけは愛想笑いで大きく手を振るムネタカ。
彼は実家の焼却炉が故障し、家具のごみの処分に困っている兄に助け船を出したのだ。
「こんなごみを処分してくれるのはありがたいんだが、一体何に使うつもりなんだ? 余っても後から返すのだけは勘弁してくれよ」
商売は順調とはいえ、商人ならではのケチケチ精神で最低レベルの馬車を借りたロジャー。
積み荷の重さですっかりへばってしまった馬と、衝撃を緩和出来ない座席で尻を押さえながら下車する彼の姿に、ランドールとマーカスも思わず笑みを漏らす。
「ありがとう兄貴。これ、馬車代に取っておいてくれ」
ムネタカは今回の戦いで得た褒賞金の一部を兄に手渡そうと、上着のポケットに手を入れる。
だが、それを見たロジャーは笑いながら首を左右に振り、礼金の受け取りを拒否した。
「アンディ……いや、もうムネタカでいいだろうな。お前の金はお前の人生に使え。ごみを引き取ってくれて、こっちが金を払いたい気分だよ。じゃあまたな、彼女と結婚したら式に呼べよ」
商人であるロジャーは、世間の噂や情報には目ざとい。
恐らく、ムネタカとシオンの関係についても確信しているのだろう。
ムネタカは少々照れ臭そうに頭を掻きながら、兄が乗る馬車の後ろ姿を見送る。
「……いいじゃないか、ムネタカ。お前にはこの国にも家族がいる。シオンとだって、もう赤の他人じゃないんだろ? もう、お前が地球に未練を持つ必要はない」
マーカスは目を細めながら、親友との別れの時が近づいている事を実感していた。
「……よし、ランドール、その枝を取ってくれ」
ムネタカが家具のごみを集めた理由。
それは木材の板や柱でトンネルを強引に押し拡げ、穴の急激な縮小でマーカスの身体を傷つけない様にする目的の為である。
「……おい、こんな細い枝じゃダメだろ」
ランドールの懸念は正しい。
これはあくまで、トンネルの強度の測定だ。
ガガガガッ……バキイィッ……
まるでチェーンソーの様な切れ味で、小気味いい音をたてながら細い枝を瞬く間に切断する次元のトンネル。
「やはり、なかなかの切れ味だな……。だが、こちらにも太い柱が2本ある。こいつを俺とランドールが担いで、左右に引っ張ろう」
細い枝の10倍以上の太さは優にある柱。
これなら、トンネルを押し拡げても20秒は持つだろう。
「……よし、任せとけ。ムネタカ、お前はその柱を持てるのか?」
「ああ、既に魔法を暗唱している。強風で柱を押さえつけるんだ。安心しろ」
ランドールとムネタカのやり取りの中、遂に運命の時が迫る。
高鳴る鼓動を抑え、マーカスは深呼吸で集中力を高めた。
「……ムネタカ、ランドール。ありがとう。俺はお前らを、移転しようが転生しようが、絶対に一生忘れない」
普段は常に冷静なマーカスも、流石に感極まってしまったか、震える声を振り絞って友に最後の感謝を告げる。
「おうよマーカス! 生きている間はこれでお別れでも、あの世に行ったら真っ先に会いに行くぜ!」
「マーカス、ありがとう! お前こそ本物の英雄、孤高の英雄だよ! そおりゃああぁっ……!」
ランドールとムネタカはそう言い残し、全力で次元のトンネルを押し拡げにかかる。
「くおおおぉっ……! よっしゃあ! マーカス、早くしろ!」
ランドールに急かされ、マーカスは身体を屈めてトンネルに片足を踏み入れる。
だがその瞬間、ふと何かを思い出したのか、ムネタカの顔を振り返り、最後のメッセージを彼に残した。
「ムネタカ、俺の宿屋を継げ! お前が作った宿で、聖獣との平和記念館でもある! 浴室の温泉は、シオンのお袋さんの足にもいいだろう! 俺なんかより、お前にこそ相応しい場所だよ!」
「限界だ! 早くしろマーカス!」
ランドールの柱がトンネルに切り裂かれる瞬間、それより僅かに早くトンネルに飛び込んだマーカス。
ムネタカは魔法で自分の柱を押さえつけながら、残された家具のごみとイジーが残した鉱物をまとめて強風でさらい、マーカスの消えたトンネルへと叩き込む。
バキイィッ……
2本の柱が切断された音を最後に、マヤーミの森からその姿を完全に消した次元のトンネル。
マーカスは無事にトンネルに入る事が出来た。
だが、あくまでもトンネルに入っただけだ。
彼がその後どうなるのか、ムネタカとランドールには知る由もない。
達成感と焦燥感がないまぜになった様な、形容のしようがない不思議な感情を抱えながら、ムネタカとランドールはただ、静かに虚空を見上げていた。
放心状態でマーカスの宿屋に戻ってきた、ムネタカとランドール。
マーカスは元来、ムネタカに後を継がせたいと考えていたのだろう。
自身の荷物は綺麗さっぱり持ち出していたが、宿屋はまるで明日からでも営業出来る程に準備されていた。
「ムネタカ、こんなものが机に……」
ランドールが見つけた1冊の帳面。
それは、マーカスが宿屋の作業と手順をまとめたマニュアルである。
「こんなものを、奴は俺に……」
虚ろな目でマニュアルを読み耽るムネタカ。
ページを読み進む毎に感じる事は、確かにこの仕事は自分が継ぐべき仕事であるという確信であった。
聖獣族との和解の印にムネタカが建立した、聖獣族スタイルの住居をベースにした宿屋。
室内には20年前の戦いに関する写真や道具が展示されていたが、聖獣族と直接コミュニケーションが取れるムネタカと、人間の文字を理解する様になったジニーら新世代の聖獣の存在で、その意義が更に深まる。
そして何より、シオンやレナといった、これからの両者の架け橋となる世代とムネタカとの繋がり。
この宿屋を、ヒューイット王国に於ける人間と聖獣の交流拠点にしなければいけない。
「……おい! ムネタカ、見てみろよ!」
突如として大声を上げ、壁に飾られた写真を指差すランドール。
そこには、20年前のムネタカとマーカスが互いに微笑むツーショット写真が飾られているはずだった。
しかしながら、今現在その写真にマーカスの姿はなく、ひとりで微笑むムネタカの姿があるだけ。
マーカス・ルイスというひとりの人間が地球に帰り、この世界から消えた事を意味していたのだ。
「マーカス!」
その衝撃に思わず立ち上がる、ムネタカとランドール。
マーカスの安否は分からない。
だが、少なくともマーカスが何処かに辿り着き、もうこの世界に戻らない事を、目の前の写真は物語っている。
「マーカス、生きていてくれ……。俺はお前の意思を継ぐ。この写真の空白を、新しい歴史で埋めてみせる!」
ムネタカは友に誓いを立て、人間と聖獣族との未来に残された人生を懸ける決意を固めていた。




