表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

第26話 終戦  〜 イジー、安らぎの世界へ 〜


 「待ちくたびれたぜ! この千両役者が!」


 額に光る汗が一際潔い光沢を放つスキンヘッドのランドールは、かつての仲間の帰還を歓迎する。


 「オラス校長!? わざわざ馬車を用意して下さったのですか? ここは危険です、森の入口にお戻り下さい!」


 剣術学校のオラス校長は、剣士時代の実力と人柄が評価されて現在の地位を得ていたものの、彼の全盛期は聖獣族との争いが起きる以前の時代。

 街のチンピラ相手の実績しかない彼の大胆な行動に、流石のシオンも驚きを隠せない。


 「……すまんねシオン君。だが私も、棺桶に入る前に武勇伝のひとつも持ちたかったのだよ。自分より若い世代の役に立ちたかったんだ」


 戦場の真っ只中に来ているとは思えない、オラス校長の清々しい表情に、隣に立つデラップも多大な勇気を与えられていた。

 

 「オラス校長、ありがとうございます! なにぶん私達夫婦は方向音痴ですので、もし2人だけで来ていたら、恐らく皆のピンチに間に合わなかったでしょう……」


 「デラップ、そんなハッキリ言っちゃダメ!」


 嘘がつけない実直な性格のデラップに、慌てて突っ込みを入れるミシェール。


 「キイイィッ……!」


 顔面の水を引き剥がそうともがいている間に、目の前で夫婦漫才を見せつけられた聖獣達。

 

 言葉の意味は分からんが、とにかく凄い屈辱だ。


 「……奴等来るぞ! 油断するな!」


 【貴様の相手は俺だ!】


 ムネタカが仲間に送る警告を遮り、イジーは土色に悪化した顔を押してその牙を剥き出しにする。


 「お前が姫様の呪いを解きさえすれば、もう少しましな解決策があったはずだ……煮沸鞭(しゃふつべん)!」


 イジーの複雑な心の叫びを、その耳に捉えるムネタカ。

 しかし、それぞれに弟とキルメスを失っており、種族の平和は望みつつも、互いを黙って見逃す事は出来なかった。


 「はあああぁっ……!」


 川から絞り上げられた水流がムネタカの指先に操られ、やがて急速に熱された周囲の空気により沸騰する。


 「でえええぇいっ……!」


 沸騰した水流による鞭が激しく波打ち、その先が牙を剥いてムネタカに襲いかかるイジーの腹部を直撃した。


 【ギャアアァァ……!】


 2度目の腹部攻撃に、激しく悶えるイジー。

 

 やがてその表情は青ざめていき、腹部を両手で押さえながら前屈みになった彼は、23年ぶりに腹の底に沈んでいた鉱物を全て吐き出していく。


 「……これは?」


 ムネタカの目前に展開される、摩訶不思議な光景。

 消化液と混じり合い、妖しげな光を放つ吐瀉(としゃ)鉱物から放たれるオーラに、イジーの側から離れた次元のトンネルが引き寄せられていたのだ。


 (……この地の未来の発展を左右するのは鉱物。それを求めて種族を争わせ、その過程で互いの進化も競わせる……。世界は俺達に、一体何をさせるつもりだったんだ!?)



 「とおっ……!」


 「どりゃあぁ……!」


 20年のブランクをものともしない、阿吽(あうん)の呼吸をすぐに取り戻したデラップとランドールは、ミシェールの魔法でスタミナを奪われた聖獣達を徐々に追い詰めていく。


 「行くわよデラップ! エアーズ……イリミネイテッド!」


 「よし! 来い!」


 ミシェールの両手から発せられる魔力は風向きをねじ曲げて押し下げ、首に掛けていたゴーグルを着用したデラップの足首を(すく)う様に浮上させる。


 「ゴー!」


 ミシェールの合図とともに、デラップは重心を下げて(かかと)に力を込め、背後から押し寄せる風に乗る事で一気に馬車を超えるスピードへと加速した。

 

 「命が惜しければ……道を譲るんだな!」


 颯爽と風を切るデラップは聖獣の群れに特攻し、剣術学校教員ならではの正確な技術で相手の急所を外したダメージを与えていく。


 「凄い……これが伝説の英雄達の実力……」


 メンバーが勢揃いした途端、先程までのピンチが嘘の様に躍動する仲間達を目の当たりにして、シオン、レナ、アランの次世代組は言葉を失っていた。


 「……ウキッ、ウッキイィー……!」


 自分達の劣勢を自覚した聖獣達は互いに顔を見合わせた後、少しずつ後退りを始め、やがてその身体能力を活かしたジャンプで森の高い木の上へとその身を隠す。


 【こ、この腰抜けどもが……!】


 不甲斐ない仲間達に苛立ちを露にするイジー。

 

 だが、彼の様子も明らかにおかしい。

 23年間溜め込んだ人間への怒りと、自身の他者拒絶アティテュードの象徴であった鉱物を吐き出した彼からは、以前程の殺気を感じる事はなくなっていたのだ。


 「猿は賢いからな。勝ち目のない相手と戦うのは利益にならないと判断したんだろ。おいイジー、俺はお前を許したいとは思わねえが、姫様の呪いさえ解けば戦いを止める事に不満はねえ。イジーだけに、いい加減意地を張ってんじゃねえよ!」


 ランドール渾身の駄洒落は受けなかったが、今のイジーに必要な言葉は、これくらいシンプルなものなのかも知れない。

 ムネタカは仲間の言葉を正確にイジーへと伝える。


 【……フッ、貴様らの情けを受けるくらいなら、俺はこの世界から消えてやるさ……。レナ姫の呪いは、貴様ら一流の魔導士とやらが力を合わせて浄化してみな……あばよ!】


 イジーは捨て台詞を最後に残し、ムネタカ達に背を向けて次元のトンネルへと歩み寄る。

 役目を終えて縮小しつつあるトンネルに落ちれば、もう2度とこの地へは戻れないだろう。


 「待てイジー! 俺達が力を合わせるのは姫様の浄化じゃない、お前の浄化だ!」


 【……何だと!? 何をバカな!】


 イジーは驚きの余り後ろを振り返り、呪いをかけられたレナ本人が既に覚悟を決めている事を、その表情から受け取っていた。


 「……!? ちょっとムネタカ? どういう事なの?」


 合流したばかりのミシェールとデラップは、ムネタカが前もってパーティーに伝えていた秘策の存在を知らない為、戸惑いの表情を隠さない。


 「すまんミシェール、これは俺の独断だ。だが、イジーの怨念を浄化しない限り、姫様の呪いは解けないんだ! 俺とシオンとミシェールで、イジーに全力の浄化魔法を頼む!」


 「……えっえっ、でも、もし失敗したら、姫様はそれでいいの……?」


 目を泳がせながらおろおろするミシェールが、慌ててレナの顔色を伺う。

 レナは落ち着いた表情で頷き、ミシェールとともに不安を隠せていないアランの手を握り、全てを受け入れる覚悟を決めていた。


 「……分かったわ。イジーが逃げる前に……急ぎましょう!」


 ミシェールは自分に言い聞かせる様に深く頷き、浄化魔法の暗唱を始める。


 「私は準備完了です! 獣化……粉砕!」


 「行くぞシオン……おりゃああぁっ……!」


 聖獣であるイジーに対して放たれる、獣化粉砕魔法。

 だが、ムネタカとシオンの深い信頼に、もう揺らぎはなかった。


 「アンアニマライズ……ヒーリング……!」


 【……グオオッ……! こ、こんなもので……!】


 浄化魔法の(まばゆ)い光がマヤーミの森を包み込み、互いに抱き合いながら浄化の成功を祈るレナとアラン。


 だが、アランは考えていた。


 自分に出来る事はないのか?

 伝説の英雄の力を借りるだけの自分が、これから先レナを守れるのか?


 「……ムネタカ! まだ浄化出来ないわ! イジーの怨念は、私達人間の力だけでは無理なのよ!」


 「……諦めるな! まだやれる……ああああぁぁっ!」


 自身の限界と戦いながら、イジーの浄化を諦めないパーティー。

 居ても立ってもいられなくなったアランは彼等に合流し、微力だが覚えたての浄化魔法で参戦する。


 「イジー、レナを許してあげて……はあああぁっ!」


 アランの手から発せられた浄化魔法は、他の3人の魔法にあっさりと隠れてしまう程のパワーしかなかったが、確実にイジーの元には届いていた。


 【グワッ……! 何だ、この魔法は? こんな弱いパワーなのに、想いが……想いが伝わる……ギャアアァァ!】


 【……結界を強めろ! 何かあるぞ!】


 森の入口で待つビリー達は結界を強化し、前代未聞の浄化儀式に備える。


 「……うわああぁっ……!」


 そこにいる誰もが、目を開けていられないほどの光。

 音もなく、静まり返った森に漂う光が消える頃、イジーの姿はそこになかった。


 

 「……イジー!」


 魔力を使い果たし、疲労困憊でありながらも慌てて駆け出していくムネタカ。

 シオンとミシェールは地面に座り込んでしまい、レナはアランに肩を貸してムネタカを追いかける。


 「イジー、何処にいる!」


 ムネタカは焦燥に駆られ、辺り一面を見渡している。

 

 次元のトンネルは姿を変えずそこに存在しており、イジーが吐き出した鉱物もそのまま。

 まだこの森に、イジーの姿はあるはずだ。


 「……みゃ〜、みゃ〜」


 何処からか聞こえてくる、子猫の様な鳴き声。

 

 激しい戦闘が行われていたこの辺りに、聖獣族の子どもはいないはず。

 それでもレナとアランは、自らの過去の過ちを戒める様に、無意識にその声を主を探す。


 「みゃ〜」


 レナの足下で鳴くその動物は、聖獣族の赤ちゃん。

 まだ目が開かないのか、ふらふらとさ迷う様に歩く様を見て、レナは堪らずその子を自身の胸に抱きかかえた。


 「よしよし……」


 獣化を経験してからというもの、野性動物への理解と愛情が格段に高まったレナ。

 

 確かに、普通の犬や猫に比べて、聖獣族の子どもは人間の目に少し暴れん坊と映るかも知れない。

 しかしながら、あの時の自分達の行動がいかに愚かなものであったか、今は痛感せざるを得なかった。


 「……うみゃっ!」


 突然身震いし、その勢いで両目が開いた聖獣族の赤ちゃん。

 その瞳は、普通の聖獣ではあり得ない赤い色。


 「……まさか、イジー?」


 「……何っ!?」


 レナの驚きの声を耳にして、慌ててレナとアランのもとに駆け寄るムネタカ。


 「みゃう〜、みゃう〜」


 怨念がすっかり浄化し、汚れのない赤ちゃんに戻ったイジーが目の前のレナをどう認識しているか、人間の目からは分からない。

 

 だが、この場に於けるレナの行動が、この赤ちゃん聖獣の未来を左右するだろう。

 それだけは間違いない事実。


 「イジー! ごめんなさい……! あたしに、優しさをありがとう……! もう、あなた達をいじめたりしないから……!」


 「ふみゃああぁ〜」


 自身を抱きかかえたレナからの誠意ある謝罪を受け取ったイジーは、一際大きな鳴き声を上げ、その鳴き声に包まれる様な風が一陣、レナの耳と尻尾、そして肉球を取り去った。


 「……あ、あたし……元に戻ってる?」


 「……レナ! やった〜!」


 「姫様〜!」


 イジーの呪いが解け、完全なる人間の姿を取り戻したレナに抱きつくアラン。

 そして、笑顔で駆け寄るパーティー。


 遂に心に安らぎを得たイジーは、レナの膝の上でスヤスヤと寝息を立てていた。



 【おめでとうレナ姫、これからは貴女が、人間と聖獣との架け橋になってくれる事を願っております】


 戦いを終えたパーティーのもとに駆けつけた、ビリー、コリー、ジニーの聖獣トリオ。

 ムネタカはコリーのメッセージを訳してレナに伝える。


 【……皆さん、浄化されたイジーはもう暴れん坊ではありませんが、独りぼっちです。ですから、私がイジーを自分の子どもとして、人間と争う事のないよう大切に育てます】


 イジーに自分の命を狙われた過去がありながら、赤ちゃんとなった彼を引き取る姿勢を見せるジニー。

 その彼女の選択を誰もが称賛し、いずれは自身の後継者を探さなければならなかったビリーも、ご満悦の表情を浮かべている。


 【道具を使う聖獣達は、どうにかしてウチの森で調べてみたいですね。我々に残された進化の可能性ですし、ゆくゆくは鉱物を掘らせて、人間と商売が出来るかも知れませんしね……】


 「おいおい、悪徳領主コリーの誕生だな!」


 ムネタカはコリーの背中をどつきながら、このやりとりで笑えるのが当人達だけである事を、この時ほど残念に思った事はなかった。



 「やれやれ、これで一件落着か……。このトンネルも、もう用済みだろうな。イジーが吐き出したコイツを放り込めば、塞がるのかな?」


 ムネタカは残された次元のトンネルを眺めながら、後始末の方法を模索している。


 結局このトンネルは、この世界に暮らす生物全ての代弁者なのだ。

 この世界の発展が必要な時、争いを解決したい時、進化や転生、移転という飴玉をぶら下げながら一部の人間や聖獣に犠牲を強いてきたのだ。


 世界に平和が訪れ、人間や聖獣が自立の意思を持った時点で、潰してしまうべきだろう。

 シオンとともに、これから新しい人生を歩もうと決めていたムネタカには、特に強くそう思えていたのである。


 「ムネタカ、ちょっと待ってくれ! 俺はこのトンネルを、地球に戻る最後の可能性として試したい。これから宿に帰って荷物をまとめる。せめて明日まで、こいつをそのまま残しておいてくれ!」


 右足を引きずりながらムネタカに追いつき、その背中にタックルを喰らわせるマーカス。

 どうやら、彼の決意は固い様だ。


 「マーカス? この世界に戻れなくなるぞ! ちゃんと地球とやらに着く保証もないんだし、無茶するなよ!」


 デラップとミシェールには、マーカスが地球に帰りたがっている事が本気とは思えず、何処か他人事の様な実感しかないが、生粋のヒューイット王国民である彼等には無理もない話だろう。


 「マーカス、お前にはお袋が待っているから、俺は止めはしない。迷っている暇もねえだろうからな。だが……」


 ランドールはマーカスに理解を示したものの、そのリスクに両手を挙げて賛成は出来なかった。

 トンネルの先で万が一彼が死んだら、その事実は誰にも知らされる事はなく、マーカス・ルイスという男の最期が記録にも記憶にも残らないのだから……。


 「……皆さん、この度はあたしのわがままで皆さんを振り回してしまい、キルメスからは人生までも奪ってしまいました。本当に申し訳ありませんでした……。王国の民が命を懸けてでも帰りたい、残りたいと思える国を作る事が、これからあたし達に課された使命であると、受け取らせていただきます!」


 遂にわがまま王女を卒業したレナの瞳には、これからのヒューイット王国を支える強い覚悟と情熱が燃え盛っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] イジーとの決着の幕引き方が、 復讐の連鎖に終わらなくて、 良かったと思います。 この終わり方じゃなければ、 姫の決意も生まれなかったでしょう。 [一言] ムネリンは、そういう選択なのですね…
2021/05/02 21:13 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ