第25話 伝説再び
最後の戦いを前にして、川を挟んだ特殊なロケーションに思惑を巡らせるパーティー。
高まる緊張の中、ムネタカとシオンが互いに顔を合わせようとしないのは、先制攻撃、或いは防御に備えた魔法を暗唱しているから。
そう察知したランドールは自ら狂言役となり、相手の興味を引きつけて時間を稼ぐ為に奮闘する。
「……へっ、何が進化だよ! お前らの武器はどうせ爪と牙だろ? 渡るのに時間がかかる川を挟んだまま戦うなんて、バカじゃねえのか?」
当然、ムネタカ以外の人間の言葉は聖獣族に通じない。
自らの武器の剣が向こう岸に届かないにも関わらず、ランドールは大袈裟なジェスチャーをつけながら、相手の選択をバカにする様な態度を見せつけた。
【……おいムネタカ、うるさいハゲを黙らせろ】
「……よし、ありがとよランドール!」
苛立ちを隠せないイジーを尻目に、魔法の暗唱を終えるムネタカ。
パーティーが一斉に戦闘準備を整えた瞬間、川の向こう岸では一種異様な光景が展開される。
「ウキイィー!」
イジーの仲間達は、食糧としてハンティングしたと思わしき動物の皮を草木で繋いだ袋から、短い木の棒を多数取り出す。
しかしながら、その棒の先は彼等の爪と牙で削られ、尖らせてあったのだ。
「ムネタカ様、私が先に出します! 草束……衛輪!」
聖獣の遠距離攻撃を予測したシオンは、いち早く防御魔法で対応。
攻撃魔法を準備しているムネタカ以外のパーティー全員を防御できる魔法は、広範囲対応ながら草と風の力で盾を作るだけ。
砂利や岩を使えないこのロケーションでは、相手の攻撃を受け止めて耐える事は出来ても、跳ね返して相手の陣形を崩す事は難しい。
「キイイ、キイイィー!」
一気多勢とばかりに棒を投げつける聖獣達。
川を挟んでいるとは言え、聖獣達のパワーで先の尖った木の棒が投げられたら、その効果はナイフや弓矢を凌駕するだろう。
首や胸、そして額に突き刺されば、即死の可能性すらあった。
「くっ……! ムネタカ、まだ攻撃しないのか!?」
木の棒がシオンの魔法に襲いかかる光景を目の当たりにして、互いに抱き合いながら恐怖を隠せないレナとアラン。
その様子を目にしたマーカスが、声を荒げてムネタカの反撃を急かす。
「はあああぁぁっ……! 湿土層沈下!」
ムネタカがようやく放った魔法が、川から染み出る地下水を川辺の湿った土へと更に流し込み、汚泥化した土の地盤沈下を誘発する。
「ウキッ、ウキイィー!」
自らの足場が揺らぐ衝撃に、咄嗟に反応出来た聖獣は慌ててその場を飛び出したものの、反応出来なかった2体の聖獣は、無抵抗なまま下半身を汚泥に埋めた。
「……よし、チャンスだアラン! 言った通りにやれ!」
「……はい!」
マーカスの指示を受け、攻撃魔法が使えないはずのアランが勇敢にもシオンの防御魔法から飛び出し、既に暗唱してあった自身の魔法を準備する。
回復魔法や浄化魔法では相手にダメージを与える事は出来ないが、そもそもそれは攻撃が『当たれば』の話である。
シオンの魔法に隠れる事で自身の魔法の暗唱を悟られず、目前の相手に向けて当たらない程度に魔法を放てば、それは相手の動きを操れる『下手な攻撃』となるのだ。
「……ええいっ……!」
まだ未熟なアランの放つ魔法の威力は弱く、見た目の効果も小さい。
だからこそ、その小さな攻撃をかわし続ける聖獣は軽々とスピードを上げ、マーカスの予測した到達点に誘導されていく。
「……これで……どうだっ!」
最後の魔法を上から落とし、聖獣の背中を反らせてジャンプのお膳立てをするアラン。
「キキイイィー……!」
大ジャンプで一気に川を飛び越えようとする聖獣だが、全力の余り方向転換が出来ない状態。
その落下点には、右足を引きずりながら悠々と待ち構えるマーカスの姿があった。
「ああああぁぁっ……!」
熟練のタイミングから、着地前の聖獣の両足を斬りつけたマーカス。
ジニーからのメッセージを受け取ったのか、足を切り落とす程の全力ではなく、そのまま川に転落した聖獣が流されるのを無言で見送っている。
「……生きるか死ぬかはこいつ次第だ。これを残酷と言われたら、誰も自然では生きていけない……」
「マーカス、アラン、やったな!」
ランドールの陽気な雄叫びに刺激されたか、残された聖獣達は長い木の棒を剣に見立て、次々と川を飛び越えにかかる。
既に木の枝のレベルとは言えない、まるで長い切り株とでも言うべき棒を軽々と振り回すそのパワーに、パーティーはアランとマーカスの作戦がもう使えないと覚悟せざるを得なかった。
【おのれ貴様ら……グオオッ!】
その真っ赤な瞳を更に燃え上がらせ、イジーの攻撃魔法による強烈な風圧がムネタカを襲う。
「ぐはああぁっ……!」
防御魔法の暗唱が間に合わずイジーの攻撃を左肩に喰らったムネタカは、もんどり打って地面に転がった。
「……ムネタカ様!?」
ムネタカの身を案ずるシオンだったが、レナとアランを守る為には迂闊に自身の魔法を解く訳にはいかない。
【ガアアアァッ……!】
聖獣として若くはないものの、人間以上の身体能力はまだまだ健在。
イジーは長い助走から川を飛び越え、左肩からの出血を抑えながらもどうにか防御魔法を準備したムネタカにマウンティングした。
【冥土の土産に教えてやるよ、ムネタカ! 俺達の要求は、森の外で怪しい動きを見せる人間どもを始末出来る権利と、人間の街に見張りを常駐させる権利だ!】
イジーの鋭い爪が、ムネタカの防御魔法を打ち破らんばかりに叩きつけられる。
ムネタカは防御魔法の手を緩める事なく、反撃に出る為の手段を頭の中で目まぐるしく思考する。
「昔の作業員から聞いたよ。鉱物を発掘する為に、未だにウロウロと森を調査する人間がいる事はお前らの信用をなくすよな。だが、キルメスを殺したお前らも人間の信用は失ったんだぜ!」
ムネタカはイジーの隙を突いて右足を振り抜き、未だ23年前に飲み込んだ鉱物の欠片の残る腹部を全力で蹴り上げた。
【……グハッ……!】
予期せぬ激痛に顔を歪め、腹部を押さえて地面に転がった倒れ込むイジー。
(予想以上に効いている……まさか、奴の体調に変化が……?)
イジーのマウントを素早く離れたムネタカは、今がチャンスとばかりにイジーの浄化のタイミングを模索する。
だが、ふと視線を横に移すや否や、そこには7体もの聖獣に囲まれ絶体絶命のパーティーの姿があった。
「ムネタカ様、防御魔法が……もう限界です!」
「畜生、俺とマーカスだけじゃこの数は無理だ!」
残された力を振り絞り、汗まみれの顔で必死に戦う仲間達。
だが、今からムネタカが攻撃魔法を暗唱している暇はない。
「うおおおぉぉっ……!」
ムネタカはイジーに背を向け、何の策もなく聖獣達に体当たりを試みる。
ただ、仲間を救う為に。
自分が1体でも聖獣を抑えれば、陣形の乱れをランドールかマーカスが突いてくれると信じて。
「チェンジング……タイドアール!」
不意に遠方から聞こえてくる、人間の声。
その言葉が終わらないうちから川面にさざ波が立ち始め、やがてそれは大きなうねりとなって激しい水飛沫を上げる。
「ギョッ、ギョッ……!」
水飛沫は瞬く間に1枚の長い板状となり、聖獣達の顔面を包み込む。
呼吸を止められた聖獣達は慌てて顔面の水を引き剥がそうと攻撃の手を緩め、その場にうずくまった。
「……この魔法、もしかして……? 俺が名づけ親じゃない魔法、久し振りに聞いたな!」
ムネタカが自身のノウハウを注ぎ込んだテキストが、王国の魔導士の基本となったのは20年前の事。
それ以前の魔法を使いこなす人間……それはもう彼女しかいない。
ムネタカとランドール、そしてマーカスは確信を持った笑顔で後ろを振り向く。
「お待たせ〜! 間に合って良かった〜!」
「校長に尽力して貰ったよ! 皆、待たせたな!」
そこには、剣術学校のオラス校長が直々に運転する馬車から身を乗り出した、20年前の伝説の英雄、デラップとミシェールの姿があった。




