第22話 決意の絆
『強くなったり、偉くなったりして、昔と変わってしまう人は嫌。アラン、貴方は剣士になれなくても、子どもの頃からずっと変わらない、あたしの大切な友達よ』
アランは王宮への道のりを急ぎながら、今日まで彼をずっと支えていた、レナのこの言葉を思い出していた。
名だたる剣士を輩出してきた名門、ゴールドワーズ家に生を受けながら、身体の弱さで剣士への道を絶たれたアランは、その虚弱さ故の優しさもあり、家系から追放される事はなかった。
しかし、ゴールドワーズ家の落ちこぼれというレッテルを貼られる事により、コネや利権が目的の幼馴染みは次々と彼に見切りをつけていく。
王女であるレナは、常に自分のわがままを聞いてくれる人間に囲まれてはいたものの、幼い頃からともに遊び、その本音の部分を理解してくれるアランは特別な存在。
彼の処遇に悩んでいたゴールドワーズ家に、神官への道を提案したのもレナだったのだ。
「……ん? アランか? 久しぶりだな! お前も王宮に行くのか?」
聖獣族代表との話し合いをレナに報告する為、王宮に向かっていたムネタカとシオンは、数日ぶりに見るその懐かしい顔を呼び止める。
「ムネタカさん、シオンさん……」
無我夢中で王宮に向かっていたアランは、頼れる先輩との偶然の再会に驚き、やがて胸を撫で下ろす。
レナをジョーラの森に連れ出した前科により、王宮のメイドとは顔を合わせ辛かったからだ。
「……お? アランお前、何かいい顔になったな。少し自信がついたか?」
アランに発破をかけた張本人の自覚なのだろう。
ムネタカは、彼の内面の変化をいち早く察知する。
「いや、僕なんてまだまだですけど、ムネタカさんのおかげで、何とか乗り切れましたよ……」
やや謙遜気味に微笑むアランの姿に、シオンも彼が自信と余裕を身につけ始めている事を確信していた。
「……アラン、もう聞いているとは思うが、お前と入れ替わりでパーティーに参加したキルメスという剣士が死んだ。お前と歳が近く、姫様とも親しくなっていた」
「…………」
再会の和やかなムードに敢えて水を差すムネタカの言葉に、シオンとアランは一瞬沈黙する。
「……今の姫様はそういう心境だ。お前が姫様に会いにいっても、必ずしも事態が好転するとは限らないし、今の俺達と行動するという事は、それだけの危険があるという事なんだ。俺もシオンも、キルメスを救えるだけの力がない人間だと理解してくれ」
苦虫を噛み潰して己の現状を吐露し、アランに覚悟を求めるムネタカ。
だが、アランの答えはすぐに返ってきた。
「危険な目に遭っても、僕には裏切る事の出来ない人がいます。まだレナの役には立てないけれど、初級の浄化魔法も覚えました。一緒に行きます」
「分かった、ありがとう」
ムネタカはアランの成長に深く頷き、力強く拳を握り締めて応える。
「……ムネさん!」
ムネタカ達が王宮に到着した時、既にレナの寝室には多数の来客が訪れていた。
「にっぱち姫親衛隊第1号」を勝手に自認するジェフリーを始め、ダランの街の保護者とも言えるハミンとマリン、そしてレナを慕う子ども達が彼女を見舞っていたのである。
「ムネちゃん、色々大変だったわね。姫様はだいぶ元気になったけど、時間が経って猫に戻っちゃったみたい。これで良かったのかしら……?」
レナに社会性を身につけさせる為、娘のマリンと日々奮闘してきたハミンの表情は少々複雑だったが、自分のやれる事をやってきた自信は揺らいでいない。
「ネコねーちゃん、早く元気になって、また一緒に遊ぼうね!」
「にゃ〜、ありがとう!」
レナが背負っているものをまだ理解出来ない、無邪気な子ども達とのやり取りに、ジェフリーとメイド長のマリオン、第2メイドのブラウニーは目を細めた。
「姫様、可愛い過ぎる……。安定してにっぱち姫でいて欲しい……」
「この姫様可愛いし、シンプルな思考で余り手がかからないからいいわ……食欲だけは凄いけど」
翌日、キルメスの母親を説得して王都に連れて来たランドールが合流し、キルメスの告別式が行われる。
母親の要請もあり、当初の国を挙げての規模は縮小。
王都以外で自身の存在が広まる事を恐れた母親に静かな余生を約束し、キルメスの遺体は王国の英雄が眠る墓地に埋葬された。
「……ムネタカ様の業績は知っていましたし、娘は貴方を大変尊敬していました。ですが、気難しい伝説の英雄との噂を耳にしていましたので、正直娘が貴方と上手くやれるのか、心配していたんですよ……」
冠婚葬祭の正装が板についているシオンの父親は、農業組合の中間管理職。
第1次産業に支えられたヒューイット王国に於いて、ある意味安泰とも言える職業ではあるものの、その分しがらみも多いのだろう。
ムネタカより8歳歳上の50歳だが、既に頭髪は寂しくなっていた。
「でも、こうしてお会いして、貴方が素晴らしい方であると分かり安心しました。これからは是非表舞台でも活躍していただいて、公私ともに娘の面倒を見ていただきたいくらいですよ!」
シオンの父親から認められた事実を前にしても、何故か素直に喜ぶ事が出来ずにいるムネタカ。
そもそもキルメスの告別式という場所だからなのか?
まだ、レナと王国の未来を懸けた戦いが残っているからなのか?
それとも……。
「ありがとうございます。光栄です。しかしながら私は今まで何度もレールを外れ、時に問題に背中を向けて生きてきた人間です。シオンさんの様な素晴らしい女性には、より若く、より堅実な人生を歩んだ者が力を貸すべきではないかと思う時もありまして……」
ムネタカの言葉をここまで聞いた瞬間、突然シオンが両者の間に割り込み、ムネタカを睨みつけた。
「……ムネタカ様は、いつまで過去を悔やみ続ければいいのですか!? 貴方の今は貴方の力で掴んだものでしょう? そして貴方の力はそもそも、過去を変える事までは出来ないではありませんか!」
潤んだその瞳は、ムネタカへの愛情なのか。
それとも若干の憎しみでもあるのか。
ただひとつ確かな事は、ムネタカが自分を貫く事がプライドではなく、今の自分に妥協する言い訳に使われているという懸念をシオンが批判してみせた。
聡明であり、ムネタカに少しずつ好意を寄せてきた彼女には、そこを見抜かれてしまった。
それだけなのだ。
「……!! シオン、待ってくれ!」
自分でもどうしていいか分からず、ムネタカに背を向けて走り出すシオン。
ムネタカは直感した。
今、ここで彼女を放置すれば、自分は一生後悔する事になると。
ムネタカは無意識のうちに彼女を追いかけ、別れの挨拶もなく現場に取り残されたシオンの父親は、自らの頭を掻きながら意味ありげな笑みを浮かべていた。
「……ふふ、流石俺の娘。なかなかやるな」
あてもなく駆け出したシオンはやがて失速し、彼女の足は墓地の通路奥にある、最も古い墓標にまで到達する。
まだ墓石が発明される前、木の板に掘り込まれた墓標にあるその名は、ヒューイット王国の初代国王。
彼の享年は僅かに38。
だが、墓標には当時の生活水準を物語る言葉が刻まれていた。
『ゴードン・ヒューイットは自らの名を掲げた王国を築き上げ、激動の人生を送りながらも38年の大往生を遂げた』
「……こんなにも若く偉業を成し遂げ、こんなにも若く燃え尽きた先人達……。俺のちっぽけな悩みや迷いは、彼等の全力の人生の上に築かれた歴史の中で燻っていたんだろうな……」
ようやくシオンに追いついたムネタカは、自身の過去を断ち切る決意を遂に固める。
「……シオン、俺が悪かった。俺は過去ばかり見ていたが、それは自分の能力に安住して未来を見るのが怖かったんだと思う。親はひょっとして、まだ地球でかろうじて生きているかも知れないが、俺の事を覚えていられる年齢じゃないだろうし、もう地球には何も残っていないはずなのに……」
ムネタカもシオンと同様、自分の言いたい事が整理されていない状態だったが、今、言わなければならない事だけはどうにか言葉にした。
「お、俺は……シオンにいて欲しいんだよ。この戦いが終わっても、一緒にいて欲しいんだよ……」
年甲斐もなく、頬に涙が伝わるのが分かる。
悲しいとか、嬉しいとか、そんな勘定を超越した何かが、ムネタカを突き動かしているのである。
「……ムネタカ様、私も……ごめんなさい」
両者は互いに引き寄せられる様に抱き合いながら、やがて見つめ合い、長い接吻を交わしていた。




