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第17話 交渉決裂、そして……


 いよいよイジーとの交渉の日。


 天候は生憎の雨模様だが、雨は生き物の匂いを消してくれる効果もある。

 決して大地がぬかるむ程の大雨でもなく、人間より嗅覚の鋭い聖獣族と戦う事を前提とするならば、むしろムネタカ達には有利に働く事だろう。


 「はあっ……!」


 小雨の森林を颯爽と走る馬車の手綱を握るのは、意外にもシオン。


 王宮専属のエリート魔導士として、ひと通りの技術と教養を身につけている彼女の存在は、武勇伝にこそ事欠かないものの、キャリア的には雑草揃いの男性陣の中で一際輝いていた。


 「地球で格闘家をやっていた頃は、40歳を過ぎた頃には世界チャンピオンの賞金で豪邸に住み、いい車といい女を乗り回しているはずだったのによ……馬車に乗るのがやっとの人生とはな」


 ランドールは自身の現状を、何処か満更でもなさそうな表情で嘆いている。


 「……毎日汗をかいて、泥臭く戦うお前を皆が愛しているのさ。代謝が進めば、その頭から髪が沢山生えてくるかも知れないしな」


 「おいコラ! 俺はハゲじゃねえ、剃ってんだよ! もう1回転生したいのかムネタカー!」


 仲良く互いの首を絞め合うランドールとムネタカ。

 運命の1日のスタートとしては余りにもお気楽な雰囲気に、生真面目なシオンは少々困惑気味。


 しかしながら、この交渉の厳しさは彼等こそが最も理解していた。


 歴史を紐解けば、確かに伝説の英雄達は20年前聖獣族との和解を実現している。

 その過程ではイジーを始めとするマヤーミの荒くれ者を戦いで退け、同族を説得した事でイジーの追放にも成功している。


 だが、今回マヤーミの聖獣は次元のトンネルの力を利用して進化を遂げており、それに引き換え伝説の英雄は20年歳を取り、経験値は増したが体力的な懸念は否めない。


 この道化はシオンやキルメス、そして何よりレナに不安を抱かせてはいけない彼等なりの配慮なのだ。


 

 「どう、ど〜う!」


 マヤーミの森の入口に到達した馬車を、シオンは手慣れた技術で停車。

 これから起こるであろう事を想像すると、森の入口は驚く程静かで穏やかな雰囲気である。


 「……昔は厳重な霧がかかっていたはずだが、随分見晴らしがいいな。素朴な住居は変わっていないらしい」


 馬車の見張りを預かるマーカスは周囲を見渡し、マヤーミの聖獣族がこの20年の間、エルパンやジョーラの聖獣族の様な生活様式の向上に、殆ど興味を示さなかった事を実感していた。


 「まさに質実剛健、聖獣族としてのプライドと精神性が第一といった所か。軍隊でも一番厄介な相手はこういうタイプだよな」


 ムネタカからの言葉に、深く頷くマーカス。

 

 彼の時代の地球では、軍隊の仕事は途上国のテロリストの討伐が大半であったが、途上国のテロリストを生み出す背景には先進国の横暴で歪められた愛国心があり、大規模な軍隊は大抵、その先進国に雇われていたのである。


 「シオンとキルメスはまず、姫様を護衛してくれ。俺とランドールは前線で急襲に備える」


 パーティーはマーカスを馬車の見張りに残し、ムネタカを先頭にマヤーミの森内部へと進む。

 ムネタカは歩きながらも意識と魔力を集中させ、イジーとの対話に備えていた。


 「イジー、聞こえるか? ムネタカだ! 約束通り来たぞ! 姫様も謝罪の意思があるし、聖獣族の要望はちゃんと国王に届ける! 姿を見せろ!」


 ムネタカの叫びは静寂に眠るマヤーミの森に響き渡り、その影響か、木々から飛び立つ小鳥達の羽音と鳴き声がパーティーを包み込む。


 【ムネタカ、久しぶりだな……。貴様らとは本当の決着をつけたいと、この20年いつも思っていたよ……!】


 ムネタカの耳にだけ飛び込んで来る、低くかすれた声。

 重ねた歳月が若干肺活量を奪った様に感じるものの、地の底から沸き上がる様なそのトーンを忘れる事はない。


 「ヒャアアァッ……!」


 突然、パーティーを取り囲む様に2体の聖獣が姿を現す。

 先日戦った聖獣とは異なり、前方への並外れたジャンプ力を見せつけながら後ろ足の(かかと)で地面を踏み締め、一般的な聖獣より茶色がかった毛並みを風になびかせている。


 「こいつら、イジーの仲間か!? 地球の動物で言えば、カンガルーって所だな!」


 ランドールの推理はかなり的確だ。

 前回の戦いで相手の分析を覚えたか、カンガルーの知識のないヒューイット王国民であるレナ、シオン、キルメスと、元地球人であるランドールとムネタカの表情は明らかに違っていた。


 【……ククッ、流石だな。こいつらは俺の弟さ。こいつらがおかしな所に吸い込まれたお陰で、俺達は進化出来ると確信が持てたよ】


 ムネタカの耳にはイジーの独白が聞こえていたが、彼の弟達とはコミュニケーションが取れなかった。

 やはり次元のトンネルから生還すると、その生物の肉体と精神に何らかの変化が現れるのだろうか。


 ここでムネタカは気がついた。

 今現在、かつてと同じ様にコミュニケーションが取れるイジーは、実は次元のトンネルに入っていないのではないかと。


 「ムネタカ様、あそこに!」


 シオンがふと背後を振り返った時、切り立った岩場の崖に立つ1体の獣の影。

 

 水も滴るいい獣、弟達と比べて随分と古風な登場の仕方ではあるが、ランドールさえ小さく見えるその巨体と、身体に残された無数の傷。

 そして他の聖獣族とは明らかに違う、燃え上がる様な真っ赤な瞳。


 間違いない、彼がイジーだ。


 「……これが、イジー……」


 初対面のイジーが持つ圧力に身構えるシオンとキルメス。

 そして、自らに獣化の呪いをかけた当事者を初めて目の当たりにするレナは、謝罪以前に恐怖で足がすくんでしまっている。


 「イジー、久しぶりだな。もっと大勢で来ると思ったが、随分弟達に自信があるんだな。今回は姫様が無礼を働いた事は確かだが、俺達は謝罪する覚悟は出来ているし、そもそも被害者であるジョーラの森の子どもと代表のコリーには許されたよ。姫様の呪いを解いてやってくれないか?」


 ムネタカはイジーに話しかけ、その声を聞いたレナは震える足を一歩前へと進め、深く頭を下げた。


 「王女の身分でありながら、聖獣族の歴史と尊厳を傷つけた事をお詫びします。申し訳ありませんでした……」


 謝罪するレナを目にしても、イジーの表情に変化は全くない。

 彼にとってレナの謝罪など、実は大した問題ではないのである。


 【……レナ姫様、これからは互いの歴史と尊厳を大切にして公務に励んで下さい。ですが、貴女の呪いを解く為には、ここにいるムネタカと2人だけで話し合いをして、納得出来る回答を得ないといけません】


 イジーの本心を引き出したムネタカは、雨水を避ける様に顔を伏せながら仲間達にアイコンタクトを行い、臨戦体勢を指示。

 ムネタカは攻撃魔法を、シオンは防御魔法の暗唱を始めた。


 「……イジー、ここで話せよ。ここにいるシオンは王宮専属魔導士、姫様とともに国王に謁見出来る立場なんだ。それとも、2人だけにならないといけない程に俺の存在が邪魔なのか?」


 皮肉めいた微笑みを見せるムネタカに、その赤い瞳を細めるイジー。

 軽く喉を鳴らすと、崖から颯爽と飛び降り、ネコ科の猛獣をルーツに持つ身体能力を駆使して、鮮やかに回転着地する。


 【……大人しくついて来れば、手荒な真似はしないでやろうと思ったものを……仕方ないな!】


 「来るぞ! 草刀……集束!」


 イジーの実力行使を確信したムネタカは、準備していた攻撃魔法を発動させ、彼の周囲を地面から刈り取られた草が取り囲む。

 やがてその草は一本の刀となり、研ぎ澄まされた側面がイジーに迫った。


 「砕岩……衛輪!」


 シオンの魔力は岩場の砂利を浮上させ、自分達の周りを衛星の様に回転する事で、殺傷能力を有する防壁を築く。


 「ヒャアアァッ……グオッ!」


 シオンの防壁を突破しようと試みたイジーの弟の片割れは、雨水を含んで重くなった砂利の直撃を喰らい、堪らず後退りしたが、もう1体が背後からレナに襲いかかった。


 「危ない! 姫様!」


 慌ててレナを庇いに剣を構えたキルメスの脇の間を縫って、イジーの弟の後ろ足キックがレナの肩口を叩く。


 「くっ……!」


 痛みと衝撃に膝を着くレナ。

 大事に至る怪我ではないものの、切り傷を負った肩から若干の出血が見られていた。


 「……姫様!? 畜生!」


 激昂したキルメスはシオンの防壁を飛び出し、レナを襲った聖獣を追跡する。


 「キルメス! 無茶するな! 防壁に戻れ!」


 キルメスの暴挙を目の当たりにしたランドールはムネタカとの陣形を崩し、愛弟子を援護するべく2体の聖獣に猛スピードで突進した。


 「ランドール……? ぐわっ……!」


 ランドールを追って一瞬視線を外したムネタカに、草の刀をかわしたイジーが体当たりを喰らわせる。


 【貴様の相手は俺だ! 本当に邪魔な奴だよ……貴様さえいなければビリーも奴の娘も殺して、見せしめにエルパンの森も俺のものに出来た! 人間に勝てたはずだった!】


 「……ぐはっ……!」


 咄嗟に防御魔法でカバーしたものの、イジーの体当たりで後方に飛ばされたムネタカは地面の水溜まりに頭を打ちつけてしまった。


 「喰らえ! 姫様のお返しだ!」


 イジーの弟を岸壁に追い詰めたキルメスは一瞬勝利を確信したが、カンガルーの様な跳躍力を持った聖獣はいとも簡単に岸壁を蹴り返し、三角跳びの要領で反転後、キルメスに再び襲いかかる。


 「何っ……!?」


 呆気に取られたキルメスは、相手のジャンプの着地点と自身の剣の軌道が雨に霞んで噛み合わず、空を斬った剣の上から遅いかかる鋭い爪に気がついていなかった。


 「ぐわあああぁぁっ……!!」


 イジーの弟の後ろ足の爪がキルメスの左右の胸を貫く。

 心臓を抉られたキルメスは断末魔の叫び声を上げ、やがて白眼を剥いて冷たい地面へと転がり落ちていく。


 

 


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