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第15話 イジーの罠


 「……シオン、ごめんなさい。あたしのせいで、こんなに皆を苦しめるなんて……」


 獣の本能が顔を出し始め、ジェフリーを猟銃ごと突き飛ばしてしまったレナは、更なるトラブルが発生する可能性があった為に、大事を取ってダランの街から宿へと戻されてしまう。

 

 ようやく街の皆から認められた矢先の事だっただけに、浴室でも沈んだ表情のまま。

 それだけ、彼女の落胆は大きかったのだ。


 「……姫様、今はどうしようもありません。あと少しの辛抱です。街の皆も事情は理解してくれていますよ」


 レナを励まし続けるシオンだったが、彼女とて先の展望は見えていない。

 

 獣化の呪いをかけたイジーと会わなければ事態は進まず、例えビリーやコリーの協力を得られても相手がこちらを避け続ければ、レナの獣化は更に進行してしまう。

 シオンとムネタカの魔法で一時的に獣化を遅らせる事は出来ても、ひとつでも懸念材料があれば王女としての公務はおろか、街で食事のひとつも出来なくなるだろう。


 「……シオン、あたし、皆に自分の気持ちをちゃんと伝えたい。力を貸して」


 レナはそう呟き、浴室の壁に掛けられている一風変わった衣装を指差した。

 

 レナが本来の姿に戻れるのは、水やお湯に入って皮膚呼吸が制限されている瞬間だけ。

 とは言うものの、一国の王女として浴室に男性を招く訳にも行かない。


 「あの衣装、不思議な素材で作られているの。水を通さないのよ。多分、マーカスさんがお風呂の掃除中に来ているんだと思う。ちょっと試してみたい事があるの」


 シオンは一旦浴室を離れ、マーカスに事情を説明する為に駆け出した。



 「……みんな、今のあたしが本当のレナです。あたしの気持ちを伝えに来ました」


 ムネタカが持ち帰ったビリーとコリーからの情報を元に、部屋で今後の対策を練っていた男性陣の前に突如として現れる、レナとシオン。


 シオンは普段着に戻っていたが、レナはマーカスがこの世界にやって来た時に所持していたとみられる、軍隊仕様のボディスーツを着用している。


 「……姫様、その格好……?」


 この時代、この王国には存在しない素材の衣装に違和感を隠せないキルメスだったが、持ち主のマーカスとランドール、世代的にギリギリ理解出来るムネタカの表情は落ち着いていた。


 まさに、その手があったか、と言わんばかりの表情である。


 「マーカスさん、わがままを聞いてくれてありがとうございます。これで少しの間、本当のあたしでいられます」


 小柄なレナにとって、屈強な軍人だったマーカスのサイズのボディスーツは大き過ぎる。

 だが、そこを逆手に取った彼女はスーツの内部からお湯を入れ、顔を除いて入浴時と同じ環境を作り出していたのだ。

 

 「姫様……お相撲さんみたいだな」


 お湯を入れ、大きなサイズのスーツを更に膨らませている為、年頃の女性としてはふくよか過ぎる体形に、思わず前世の文化の記憶が蘇るムネタカ。

 スモウレスラーの存在を知るマーカスとランドールからも、無礼とは知りつつ失笑がもれている。


 「……ちょっと何よ、笑い事じゃないでしょ! 謝りたい気持ちが薄れちゃうわ!」


 「ひ、姫様……」


 わがまま王女の片鱗がうっかり顔を出すレナを、慌ててなだめるシオン。

 そんな彼女の姿に冷静さを取り戻したレナは、まずは目前の男性陣に深く頭を下げた。


 「……今回の件で、貴方達に迷惑をかけている事を、深くお詫びします。そして、シオンとアラン、ダランの街の皆様を含めて、こんなあたしの為に尽力してくれる人達には、本当に感謝の言葉もありません。ありがとうございます」


 ここ数年聞いた事のない、レナの心からの謝罪と感謝に、部屋は静寂に包まれている。


 「……あたしは今、人間と獣の間で揺れながら、人間と聖獣、そして野性動物との真の共存について考える様になりました。いつの日か、あたしが王国の未来に携わる様になる時、この経験を活かせる為の協力をもう少し、もう少しだけ宜しくお願いします」


 「……姫様、任せとけ! 俺が必ず姫様と王国の未来を守ってみせるよ!」


 若く恐れを知らないキルメスが、第一声とともにレナの決意を盛り立てる。

 

 その発言はある意味軽率で、無責任とも言える。

 しかし、若い世代がこの気概を持つ事こそが王国の未来を、そして自分達の理想的な引き際を築くという現実を、ムネタカ、ランドール、マーカス各々が理解していた。

 

 「ありがとうキルメス……あっ……!」


 お湯に浸かり過ぎてのぼせたか、それとも自身の任務を遂行出来た安心感からか、立ちくらみを起こすレナ。

 シオンとキルメスが彼女を支えたその時、ムネタカの耳にテレパシー通信が入り込む。


 【……聞こえるかムネタカ? ビリーだ。つい先程だが、イジーからお前とコンタクトを取りたいという連絡を受けた!】


 「……何だと!?」


 所構わず上げたムネタカの大声に皆が振り向く中、テレパシーは更に続く。


 【コリーです。ムネタカさん、イジーはレナ姫の呪いを解く条件として貴方と話し合い、聖獣族の権利と居住領地を拡げる様、王国に交渉すると言っています。時間が空けばすぐにでも会いたいとの事ですが、気になる点があります……】


 「何だ? 聞かせてくれ!」


 レナの獣化進行の為に時間がなく、自分達が圧倒的に不利な立場にあると理解しているムネタカは、コリーに交渉を急がせた。


 【……交渉はマヤーミの聖獣と人間だけで行い、私達は参加出来ません。そして、交渉場所も相手の地元であるマヤーミの森です。正直、何か裏があるとしか思えません……】


 ムネタカはここまで通信を聞くと、早速概要をパーティーに伝える。


 「奴等の本当の狙いはお前なんだろ? 罠だ、罠に決まってる! 今回は見送ってもう少し様子を見ろ!」


 イジーからの提案を真っ先に拒否したのはランドール。

 彼は元来、王国からの高額報酬を前提にこの依頼を引き受けただけであり、レナや聖獣族に特別な感情は持っていないのだ。


 「……ランドール、もしこいつが罠だとしたら、何を言っても奴等を穏便に説得する事は出来ないだろう。その時はイジーを締め上げて、無理矢理に呪いを解かせてからでも交渉は出来る。このチャンスを逃せば、姫様が元の姿に戻れないかも知れない」


 ランドールの考えが正しい事を、ムネタカも当然理解はしていた。

 だが、事は一刻を争う状況である。

 

 「……あたしは、時と場合によっては地面に頭を擦り付けてでも彼等に謝罪しなければならないでしょう……。でも、皆の命が危険に晒されるのならば、このまま半人半獣で生きる運命も受け入れます……」


 レナの決意を周囲も認めざるを得ず、決断はムネタカに一任される事となった。


 「ビリー、コリー、イジーに提案を受け入れると伝えてくれ! ただし、ここからマヤーミの森までは遠い。馬車を用意するから明日じゃ無理だ、明後日になると言ってくれ!」


 【……分かりました。非常事態には誰かひとりでもジョーラに回して下さい】


 コリーから承諾を得たムネタカは一瞬呼吸を落ち着け、パーティーに改めて概要を伝える。


 「イジーと交渉する為にマヤーミの森に行く。シオンは王国から馬車を用意して貰ってくれ。マーカス、悪いがお前もマヤーミの入口で馬車を見張ってくれ。出発は明後日の早朝、明日は最後の訓練だ。皆、宜しく頼む!」


 ムネタカは自身に気合いを入れ直し、マーカスは因縁深いイジーと次元のトンネルの詳細に興味津々、シオンはキルメスとともにレナを浴室に戻す為、部屋を後にする。


 「……ムネタカにもしもの事があれば、王国とあんたらを訴えるからな」


 ランドールはひとりまだ納得が行かないものの、シオンとレナにひと釘を刺し、気を取り直して自身の剣を握っていた。

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